ストレスチェック制度は、どこまで浸透したか、今後どこまで浸透するのか
ストレスチェック制度は、どこまで浸透したか、今後どこまで浸透するのか: ■要旨
メンタルヘルス対策は、企業における健康増進政策の柱の1つである。
メンタルヘルス不調の発症や重症化は、職場が要因となることがあるため、企業で改善に向けた取り組みを行う必要がある。
2015年に、ようやくストレスチェック制度が導入され、常時雇用する労働者が50人以上の職場で義務づけられたが、結果の活用は、まだあまり進んでいないようだ。
本稿では、企業におけるメンタルヘルス不調者数の状況とストレスチェック制度の実施状況を確認し、今後のストレスチェック制度活用について検討する。
■目次
1――メンタルヘルス対策は企業の課題の1つ
2――メンタルヘルス不調者の現状
3――ストレスチェック制度の概要と結果の活用の状況
1|ストレスチェック制度とは
2|実施状況
3|結果の活用状況
4――より実効性のある制度とするために
1|現状のまとめ ~結果の活用に課題が残る
2|労使による結果の共有のあり方~「やりっぱなし」にならないように企業における健康増進政策は、生活習慣病対策と、メンタルヘルス対策が中心となる。
糖尿病をはじめとする生活習慣病の発症や重症化は個人の生活習慣によるところが大きい。しかし、日本人の死亡原因の約6割が生活習慣病であることに加えて、医療費の3割が生活習慣病によるものとされており、企業でも、生活習慣病に関する知識の普及のほか、40~74歳の公的医療保険加入者を対象にはじまった特定健診の受診率向上や、再検査率の向上を働きかけている。特定健診は2009年度から始まり、今年で10年になる。
一方、メンタルヘルス不調の発症や重症化は、環境要因によるところが大きく、個人が注意をしていても予防しきれない可能性がある。職場が要因となることがあるため、企業で改善に向けた取り組みを行う必要があるが、対策は、長年各社・各職場に任されてきた。2015年に、ようやくストレスチェック制度が導入され、常時雇用する労働者が50人以上の職場で義務づけられた。
厚生労働科学研究費補助金研究「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」によると、ある企業を追跡調査した結果、「高ストレス者」が1年後に1か月以上の休業を開始する割合は、それ以外の者に対して、男性で6.6倍、女性で約2.8倍だったとされ1、高ストレス者のフォローは企業にとって重要であることが改めて認識されている。
しかし、ストレスチェック制度の結果の活用は、まだあまり進んでいないようだ。
本稿では、企業におけるメンタルヘルス不調者数の状況とストレスチェック制度の実施状況を確認し、今後のストレスチェック制度活用について検討する。
1 川上憲人、厚生労働省厚生労働科学研究費補助金「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究 2015~2017年度総合研究報告書」
2――メンタルヘルス不調者の現状
(1)メンタルヘルス不調で、休業または退職した従業員は1年間で0.7%程度
厚生労働省「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した従業員は、常時従業員全体の0.4%、メンタル不調により退職した従業員は、0.3%である2(図表1)。
企業規模が大きいと、休業者の割合が高く、企業規模が小さいと、退職者の割合が高い傾向がある。業種別にみると、「情報・通信業」と「金融業、保険業」が、休業者の割合が高く、「運輸業,郵便業」が、退職者の割合が高い。
2 1か月以上休業の後、退職した従業員は、退職者でカウントしている。2015年調査で、休業者が0.4%、退職者が0.2%。(2)メンタルヘルス不調者は増加傾向
厚生労働省の「患者調査」で、企業のメンタルヘルスと関連する疾病の総患者数を見ると、「気分[感情]障害(躁うつ秒を含む)3」は、以前は70歳代をピークとして高年齢ほど多かったのに対し、近年では40歳代を中心とする就労世代で多くなっている。また、「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害4」は、男性は20~64歳、女性は40~64歳で増加傾向にある5(図表略)。
さらに、厚生労働省「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害等の労災の請求件数と支給決定件数は、企業でのメンタルヘルス不調に関する取組み強化にも関わらず、ともに増加している(図表2)。
3 国際疾病分類第10版の分類コードF3。
4 国際疾病分類第10版の分類コードF2。
5 詳細は、村松容子「企業における「メンタルヘルス対策」~健康経営における柱の1つ(2016年2月22日)」をご参照ください。(3)休職・退職が「増えた」企業が多い
日本生命保険相互会社が、取引先企業に対して行った調査6によると、メンタルヘルス不調による休業・休職制度の利用者数、および同理由による離職者数がこの5年間で「増えている」と感じている企業が、それぞれ34.7%、19.6%と、「減っている」と感じている企業を上回る(図表3)。
6 日本生命保険相互会社「福利厚生アンケート調査(2018年1月)」。2017年5~10月実施。日本生命保険相互会社の顧客企業・団体(従業員・職員数300人以上)1,274社が対象。898社が回答(回収率70.5%)。(4)「メンタル不調」への20~30歳代の不安は大きい
メンタルヘルスの不調は、他の疾患とは異なり、若年でも発症のリスクを感じている。ニッセイ基礎研究所が行ったアンケート調査7によると、病気やケガ等に関するリスクを21項目あげて、それぞれについて自分に起こりうるかを尋ねた結果、「メンタルヘルスの不調」を「きっと起きる(既に起きている)」「近いうちに起きるかもしれない」と感じている割合は、20~30歳代で2割弱と、他項目と比べて高かった(図表4)。特に、「きっと起きる(既に起きている)」は、20~30歳代で5%を超え、他年代より高かった。
7 「健康に関する調査」。2014年9月実施。20~69歳の男女個人(学生を除く)を対象としたインターネット調査。
3――ストレスチェック制度の概要と結果の活用の状況
1|ストレスチェック制度とは
(1) 制度の概要
このような背景の中、メンタルヘルス不調を未然に防止するために、2015年12月に「ストレスチェック制度」が導入された8。ストレスチェック制度は、主に2つの使い方がある。1つは、従業員が、アンケートに答えることで、自分のストレスの状態を知り、ストレスをためすぎないように対処したり、ストレスが高い状態の場合は医師の面接を受けて助言をもらったり、会社側に仕事の軽減などの措置を実施してもらうことで予防するものである。もう1つは、職場が、部署等の集団ごとの集計結果9を分析し、集団ごとの職場環境の改善を行うことで予防するものである。
国では、1) ストレスの原因、2) ストレスによる心身の自覚症状、3) 従業員に対する周囲のサポートの3つの視点からストレスの状況を確認できる質問を推奨している。
8 「労働安全衛生法」により、常時雇用する労働者が50人以上の事業場で義務付けられた。契約期間が1年未満の従業員や、労働時間が通常の従業員の所定労働時間の4分の3未満の短時間従業員は義務の対象外である。
9 個人が特定されるおそれがあるため、受検者全員の同意がない限り、10人未満の集団の集計は行ってはいけない。(2) 実施結果と個人情報の取扱い
ストレスチェックの結果は、センシティブな情報であるため、ストレスチェック実施者(定められた基準を満たす産業医、医師、保健師等。基準を満たす機関への外部委託も可。)から本人に通知され、本人の同意がない限り、会社には伝わらない。職場には、部署等一定規模の集団ごとの結果のみが通知され、それを使って職場の改善を行うことが努力義務とされている。
高ストレス状態にある従業員に対しては、ストレスチェック実施者が、直接、面接指導の申し出を勧奨する。その従業員は、希望すれば、医師や専門家等による面接を受けることができる。
しかし、面接指導の希望は、会社に申し出る必要がある。また、健康に関する情報のうち、診断名、検査値、具体的な愁訴の内容等は、医師等のみが扱い、会社には直接は伝わらないが、面接指導結果報告書兼意見書は人事労務部等で保管され、就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報については、職場の管理者や上司にも伝わる10。
職場環境が要因となっている可能性がある場合は、会社や職場に知らせないままにはできないと思われる。現在の制度で、従業員の情報は必要最小限にとどめる工夫がなされているが、高ストレスで面接を勧められた従業員の中には、面接指導の申し出を躊躇することがあると考えられる。
10 面接指導を実施した医師から提供された面接指導結果報告書兼意見書(面接指導結果の記録)の共有は、必要最小限の範囲に留めることになっている。結果は、人事労務部門内のみで保有し、そのうち就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報に限定して、該当する社員の管理者及び上司に提供することになっている。2|実施状況
2017年7月に厚生労働省が公表した「ストレスチェック制度の実施状況」によると、ストレスチェック制度の実施が義務付けられた事業場のうち、所轄の労働基準監督署に実施報告書の提出があった事業場は約83%だった。
企業規模別の実施率は、全体で82.9%で、企業規模が大きいほど高かった。一方、在籍従業員の受検率は、全体で78.0%で、企業規模によらずおおむね同程度だった。
ストレスチェック対象従業員全体のうち、受検したのは6割強にとどまる計算となる。
3|結果の活用状況
(1) 医師による面接実施状況
厚生労働省による上記公表資料には、高ストレス者と判定された従業員の割合は公表されていない。高ストレスと判定され、医師による面接を受けた従業員は、全受検者の0.6%だった。
(公社)全国労働衛生団体連合会が、ストレスチェック制度の標準的な質問票を使って行った調査11では、全体の1割強が高ストレスであったことを参考にすると(詳細は後述)、高ストレスと判定された従業員の中で、面接を行った割合は、高くはないものと思われる。
11 「平成29年 全衛連ストレスチェックサービス実施結果報告書」(2018年9月)(2) 集団分析実施状況と結果の活用状況
厚生労働省の「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、部署等集団ごとの分析を行った割合は、ストレスチェック制度を実施した事業所の58.3%だった。
そのうち、結果を活用した事業所は72.6%だった。活用方法は、衛星委員会等での審議が34.8%と多かったが、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施などの対策に至った割合は、それぞれ15~20%程度だった。結果を活用していない企業も、27.1%あった。3|ストレスチェック結果の分析例~仕事の量だけでなくコントロール度やサポートの有無も、ストレス反応に影響する
国が推奨する標準的な質問票は、(1)ストレスの原因として17項目12、(2)ストレスによる心身の自覚症状として29項目、(3)周囲のサポートとして9項目13、(4)満足度に関して2項目の計57項目からなる。
それぞれ4段階で回答し、ストレスが高い方から4~1点の点数を割り振り、3つの視点それぞれの合計点から高ストレス者を判定する。
(公社)全国労働衛生団体連合会の調査14によれば、(1)ストレスの原因、(2)ストレスによる心身の自覚症状、(3)「周囲のサポート」の平均は、全体でそれぞれ、41.4点、57.2点、20.1点だった。高ストレス者は全体の13.6%で、それぞれ49.4点、82.9点、24.2点だった。
医師等への相談を希望していたのは、全体の1.1%、高ストレス者の2.8%だった。従業員の自発的な申し出だけでは、高ストレス者を医師等の面接につなげるのは難しい可能性がある。
一般に、仕事上のストレスには、「仕事の負担(量)」「仕事のコントロール度」「上司・同僚のサポート」の3つの要素が影響すると言われている。同調査によると、心身の自覚症状でストレスが大きい人と小さい人とのストレスの点数差は僅差だったが、大きい順に、「上司・同僚のサポート」「仕事のコントロール度」「仕事の負担(量)」の順だった。このことから、心身の自覚症状には、「仕事の負担(量)」だけでなく、「仕事のコントロール度」や「上司・同僚のサポート」の影響も大きいとしている。
12 仕事の負担(量)に関する質問3項目、仕事のコントロール度に関する質問3項目を含む。
13 上司のサポートに関する質問3項目、同僚のサポートに関する質問3項目を含む。
14 分析対象の従業員(分析を承諾した者)数は1,590,524人。国が推奨する標準的なストレスチェック項目に加えて、残業時間と医師に相談したいことがあるかどうかを尋ねている。
4――より実効性のある制度とするために
1|現状のまとめ ~結果の活用に課題が残る
以上見てきたとおり、近年、メンタルヘルス不調への予防に向けた取り組みが活発になってきているが、現在のところ、メンタルヘルス不調者数や離職者数に大きな改善は見られない。
2017年には、対象となる企業の8割がストレスチェック制度を実施し、在籍する従業員の8割程度が受検したことから、実際に受検したのは対象者の6割強に留まった。高ストレス者は、希望すれば医師による面接を受けることができるが、面接を受けた割合は全受検者の0.6%程度である。過去1年間のメンタルヘルス不調を理由とする休業や離職が0.7%だったことを考えると、低い水準だと言えるだろう。現在の制度では、本人の同意がない限り、個人の結果は職場に知らされないが、高ストレス者の面接は職場に申し出る必要があり、職場にストレス状態を知られてしまうため、高ストレス者、またはその予備群が、受検や面接を敬遠している可能性がある。
職場では、個人ごとの結果を見ることができないため、主に集団分析の結果を活用することになるが、集団分析を行ったのは半数強で、残りは行っていなかった。集団分析を行った企業に限ってみても、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施などの対策に至った割合は、それぞれ、集団分析実施企業の1~2割で、結果を活用していない企業が3割弱にのぼった。従業員からは、受検のメリットが実感しづらい可能性がある。2|労使による結果の共有のあり方 ~「やりっぱなし」にならないように
ストレスチェック制度を導入することによって、自分が高ストレスであることに気付いていても、職場に伝える方法がなかった従業員にとっては、職場に状態を伝え、医師等の助言をもらう機会を得ることができる。または、心身の自覚症状がなく、自分のストレスに気付いていなかった従業員にとっては、アンケートに回答する中で、自分のストレス状況に気付くきっかけとなる可能性がある。
集団分析によって、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施につながった例もあるほか、(公社)全国労働衛生団体連合会の報告にあるように、仕事量を調整できない職場であっても、周囲からサポートを行ったり、仕事のコントロール度を増すことで、ストレス反応への効果が表れる可能性がある等、分析を行うことで、その職場にあった対応策が見つかる可能性もあると考えられる。
しかし、制度導入当初から指摘されていた、高ストレス者が面接を申し出ない、正直に回答しない、受検しない、という課題は残されたままだ。従業員のストレス状態を改善し、生産性を上げるような効果的な制度とするためには、面接を受ける機会を増やす必要があると思われる。たとえば、高ストレス者の面接は、職場に知られることなく受けることができ、職場での対応が必要になる場合に、本人が納得の上で職場に伝えられる等、現在よりも匿名性を高めること、あるいは、ストレスチェック制度とは関係なく、定期的に医師等による面接を受ける機会を作ること等が考えられないだろうか。
さらに、現在、受検している高ストレス状態でない従業員においては、受検のメリットを感じることができなければ、いずれ受検をしなくなったり、いい加減な回答をするようになりかねず、制度が形骸化する恐れがある。受検率を上げ、現状を正確に答えるようにするためには、衛生委員会で議論するだけでなく、ストレスチェック結果の概要や職場課題、今後の対応策について、従業員と共有していくことが必要だろう。
このような対応を行うことで、従業員自身にストレスチェック実施の意義について理解を深めることが重要だろう。
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メンタルヘルス対策は、企業における健康増進政策の柱の1つである。
メンタルヘルス不調の発症や重症化は、職場が要因となることがあるため、企業で改善に向けた取り組みを行う必要がある。
2015年に、ようやくストレスチェック制度が導入され、常時雇用する労働者が50人以上の職場で義務づけられたが、結果の活用は、まだあまり進んでいないようだ。
本稿では、企業におけるメンタルヘルス不調者数の状況とストレスチェック制度の実施状況を確認し、今後のストレスチェック制度活用について検討する。
■目次
1――メンタルヘルス対策は企業の課題の1つ
2――メンタルヘルス不調者の現状
3――ストレスチェック制度の概要と結果の活用の状況
1|ストレスチェック制度とは
2|実施状況
3|結果の活用状況
4――より実効性のある制度とするために
1|現状のまとめ ~結果の活用に課題が残る
2|労使による結果の共有のあり方~「やりっぱなし」にならないように企業における健康増進政策は、生活習慣病対策と、メンタルヘルス対策が中心となる。
糖尿病をはじめとする生活習慣病の発症や重症化は個人の生活習慣によるところが大きい。しかし、日本人の死亡原因の約6割が生活習慣病であることに加えて、医療費の3割が生活習慣病によるものとされており、企業でも、生活習慣病に関する知識の普及のほか、40~74歳の公的医療保険加入者を対象にはじまった特定健診の受診率向上や、再検査率の向上を働きかけている。特定健診は2009年度から始まり、今年で10年になる。
一方、メンタルヘルス不調の発症や重症化は、環境要因によるところが大きく、個人が注意をしていても予防しきれない可能性がある。職場が要因となることがあるため、企業で改善に向けた取り組みを行う必要があるが、対策は、長年各社・各職場に任されてきた。2015年に、ようやくストレスチェック制度が導入され、常時雇用する労働者が50人以上の職場で義務づけられた。
厚生労働科学研究費補助金研究「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」によると、ある企業を追跡調査した結果、「高ストレス者」が1年後に1か月以上の休業を開始する割合は、それ以外の者に対して、男性で6.6倍、女性で約2.8倍だったとされ1、高ストレス者のフォローは企業にとって重要であることが改めて認識されている。
しかし、ストレスチェック制度の結果の活用は、まだあまり進んでいないようだ。
本稿では、企業におけるメンタルヘルス不調者数の状況とストレスチェック制度の実施状況を確認し、今後のストレスチェック制度活用について検討する。
1 川上憲人、厚生労働省厚生労働科学研究費補助金「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究 2015~2017年度総合研究報告書」
2――メンタルヘルス不調者の現状
(1)メンタルヘルス不調で、休業または退職した従業員は1年間で0.7%程度
厚生労働省「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した従業員は、常時従業員全体の0.4%、メンタル不調により退職した従業員は、0.3%である2(図表1)。
企業規模が大きいと、休業者の割合が高く、企業規模が小さいと、退職者の割合が高い傾向がある。業種別にみると、「情報・通信業」と「金融業、保険業」が、休業者の割合が高く、「運輸業,郵便業」が、退職者の割合が高い。
2 1か月以上休業の後、退職した従業員は、退職者でカウントしている。2015年調査で、休業者が0.4%、退職者が0.2%。
厚生労働省の「患者調査」で、企業のメンタルヘルスと関連する疾病の総患者数を見ると、「気分[感情]障害(躁うつ秒を含む)3」は、以前は70歳代をピークとして高年齢ほど多かったのに対し、近年では40歳代を中心とする就労世代で多くなっている。また、「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害4」は、男性は20~64歳、女性は40~64歳で増加傾向にある5(図表略)。
さらに、厚生労働省「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害等の労災の請求件数と支給決定件数は、企業でのメンタルヘルス不調に関する取組み強化にも関わらず、ともに増加している(図表2)。
3 国際疾病分類第10版の分類コードF3。
4 国際疾病分類第10版の分類コードF2。
5 詳細は、村松容子「企業における「メンタルヘルス対策」~健康経営における柱の1つ(2016年2月22日)」をご参照ください。
日本生命保険相互会社が、取引先企業に対して行った調査6によると、メンタルヘルス不調による休業・休職制度の利用者数、および同理由による離職者数がこの5年間で「増えている」と感じている企業が、それぞれ34.7%、19.6%と、「減っている」と感じている企業を上回る(図表3)。
6 日本生命保険相互会社「福利厚生アンケート調査(2018年1月)」。2017年5~10月実施。日本生命保険相互会社の顧客企業・団体(従業員・職員数300人以上)1,274社が対象。898社が回答(回収率70.5%)。
メンタルヘルスの不調は、他の疾患とは異なり、若年でも発症のリスクを感じている。ニッセイ基礎研究所が行ったアンケート調査7によると、病気やケガ等に関するリスクを21項目あげて、それぞれについて自分に起こりうるかを尋ねた結果、「メンタルヘルスの不調」を「きっと起きる(既に起きている)」「近いうちに起きるかもしれない」と感じている割合は、20~30歳代で2割弱と、他項目と比べて高かった(図表4)。特に、「きっと起きる(既に起きている)」は、20~30歳代で5%を超え、他年代より高かった。
7 「健康に関する調査」。2014年9月実施。20~69歳の男女個人(学生を除く)を対象としたインターネット調査。
3――ストレスチェック制度の概要と結果の活用の状況
1|ストレスチェック制度とは
(1) 制度の概要
このような背景の中、メンタルヘルス不調を未然に防止するために、2015年12月に「ストレスチェック制度」が導入された8。ストレスチェック制度は、主に2つの使い方がある。1つは、従業員が、アンケートに答えることで、自分のストレスの状態を知り、ストレスをためすぎないように対処したり、ストレスが高い状態の場合は医師の面接を受けて助言をもらったり、会社側に仕事の軽減などの措置を実施してもらうことで予防するものである。もう1つは、職場が、部署等の集団ごとの集計結果9を分析し、集団ごとの職場環境の改善を行うことで予防するものである。
国では、1) ストレスの原因、2) ストレスによる心身の自覚症状、3) 従業員に対する周囲のサポートの3つの視点からストレスの状況を確認できる質問を推奨している。
8 「労働安全衛生法」により、常時雇用する労働者が50人以上の事業場で義務付けられた。契約期間が1年未満の従業員や、労働時間が通常の従業員の所定労働時間の4分の3未満の短時間従業員は義務の対象外である。
9 個人が特定されるおそれがあるため、受検者全員の同意がない限り、10人未満の集団の集計は行ってはいけない。
ストレスチェックの結果は、センシティブな情報であるため、ストレスチェック実施者(定められた基準を満たす産業医、医師、保健師等。基準を満たす機関への外部委託も可。)から本人に通知され、本人の同意がない限り、会社には伝わらない。職場には、部署等一定規模の集団ごとの結果のみが通知され、それを使って職場の改善を行うことが努力義務とされている。
高ストレス状態にある従業員に対しては、ストレスチェック実施者が、直接、面接指導の申し出を勧奨する。その従業員は、希望すれば、医師や専門家等による面接を受けることができる。
しかし、面接指導の希望は、会社に申し出る必要がある。また、健康に関する情報のうち、診断名、検査値、具体的な愁訴の内容等は、医師等のみが扱い、会社には直接は伝わらないが、面接指導結果報告書兼意見書は人事労務部等で保管され、就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報については、職場の管理者や上司にも伝わる10。
職場環境が要因となっている可能性がある場合は、会社や職場に知らせないままにはできないと思われる。現在の制度で、従業員の情報は必要最小限にとどめる工夫がなされているが、高ストレスで面接を勧められた従業員の中には、面接指導の申し出を躊躇することがあると考えられる。
10 面接指導を実施した医師から提供された面接指導結果報告書兼意見書(面接指導結果の記録)の共有は、必要最小限の範囲に留めることになっている。結果は、人事労務部門内のみで保有し、そのうち就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報に限定して、該当する社員の管理者及び上司に提供することになっている。
2017年7月に厚生労働省が公表した「ストレスチェック制度の実施状況」によると、ストレスチェック制度の実施が義務付けられた事業場のうち、所轄の労働基準監督署に実施報告書の提出があった事業場は約83%だった。
企業規模別の実施率は、全体で82.9%で、企業規模が大きいほど高かった。一方、在籍従業員の受検率は、全体で78.0%で、企業規模によらずおおむね同程度だった。
ストレスチェック対象従業員全体のうち、受検したのは6割強にとどまる計算となる。
3|結果の活用状況
(1) 医師による面接実施状況
厚生労働省による上記公表資料には、高ストレス者と判定された従業員の割合は公表されていない。高ストレスと判定され、医師による面接を受けた従業員は、全受検者の0.6%だった。
(公社)全国労働衛生団体連合会が、ストレスチェック制度の標準的な質問票を使って行った調査11では、全体の1割強が高ストレスであったことを参考にすると(詳細は後述)、高ストレスと判定された従業員の中で、面接を行った割合は、高くはないものと思われる。
11 「平成29年 全衛連ストレスチェックサービス実施結果報告書」(2018年9月)
厚生労働省の「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、部署等集団ごとの分析を行った割合は、ストレスチェック制度を実施した事業所の58.3%だった。
そのうち、結果を活用した事業所は72.6%だった。活用方法は、衛星委員会等での審議が34.8%と多かったが、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施などの対策に至った割合は、それぞれ15~20%程度だった。結果を活用していない企業も、27.1%あった。3|ストレスチェック結果の分析例~仕事の量だけでなくコントロール度やサポートの有無も、ストレス反応に影響する
国が推奨する標準的な質問票は、(1)ストレスの原因として17項目12、(2)ストレスによる心身の自覚症状として29項目、(3)周囲のサポートとして9項目13、(4)満足度に関して2項目の計57項目からなる。
それぞれ4段階で回答し、ストレスが高い方から4~1点の点数を割り振り、3つの視点それぞれの合計点から高ストレス者を判定する。
(公社)全国労働衛生団体連合会の調査14によれば、(1)ストレスの原因、(2)ストレスによる心身の自覚症状、(3)「周囲のサポート」の平均は、全体でそれぞれ、41.4点、57.2点、20.1点だった。高ストレス者は全体の13.6%で、それぞれ49.4点、82.9点、24.2点だった。
医師等への相談を希望していたのは、全体の1.1%、高ストレス者の2.8%だった。従業員の自発的な申し出だけでは、高ストレス者を医師等の面接につなげるのは難しい可能性がある。
一般に、仕事上のストレスには、「仕事の負担(量)」「仕事のコントロール度」「上司・同僚のサポート」の3つの要素が影響すると言われている。同調査によると、心身の自覚症状でストレスが大きい人と小さい人とのストレスの点数差は僅差だったが、大きい順に、「上司・同僚のサポート」「仕事のコントロール度」「仕事の負担(量)」の順だった。このことから、心身の自覚症状には、「仕事の負担(量)」だけでなく、「仕事のコントロール度」や「上司・同僚のサポート」の影響も大きいとしている。
12 仕事の負担(量)に関する質問3項目、仕事のコントロール度に関する質問3項目を含む。
13 上司のサポートに関する質問3項目、同僚のサポートに関する質問3項目を含む。
14 分析対象の従業員(分析を承諾した者)数は1,590,524人。国が推奨する標準的なストレスチェック項目に加えて、残業時間と医師に相談したいことがあるかどうかを尋ねている。
4――より実効性のある制度とするために
1|現状のまとめ ~結果の活用に課題が残る
以上見てきたとおり、近年、メンタルヘルス不調への予防に向けた取り組みが活発になってきているが、現在のところ、メンタルヘルス不調者数や離職者数に大きな改善は見られない。
2017年には、対象となる企業の8割がストレスチェック制度を実施し、在籍する従業員の8割程度が受検したことから、実際に受検したのは対象者の6割強に留まった。高ストレス者は、希望すれば医師による面接を受けることができるが、面接を受けた割合は全受検者の0.6%程度である。過去1年間のメンタルヘルス不調を理由とする休業や離職が0.7%だったことを考えると、低い水準だと言えるだろう。現在の制度では、本人の同意がない限り、個人の結果は職場に知らされないが、高ストレス者の面接は職場に申し出る必要があり、職場にストレス状態を知られてしまうため、高ストレス者、またはその予備群が、受検や面接を敬遠している可能性がある。
職場では、個人ごとの結果を見ることができないため、主に集団分析の結果を活用することになるが、集団分析を行ったのは半数強で、残りは行っていなかった。集団分析を行った企業に限ってみても、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施などの対策に至った割合は、それぞれ、集団分析実施企業の1~2割で、結果を活用していない企業が3割弱にのぼった。従業員からは、受検のメリットが実感しづらい可能性がある。2|労使による結果の共有のあり方 ~「やりっぱなし」にならないように
ストレスチェック制度を導入することによって、自分が高ストレスであることに気付いていても、職場に伝える方法がなかった従業員にとっては、職場に状態を伝え、医師等の助言をもらう機会を得ることができる。または、心身の自覚症状がなく、自分のストレスに気付いていなかった従業員にとっては、アンケートに回答する中で、自分のストレス状況に気付くきっかけとなる可能性がある。
集団分析によって、業務配分の見直し、人事体制・組織の見直し、管理監督者向けの研修の実施につながった例もあるほか、(公社)全国労働衛生団体連合会の報告にあるように、仕事量を調整できない職場であっても、周囲からサポートを行ったり、仕事のコントロール度を増すことで、ストレス反応への効果が表れる可能性がある等、分析を行うことで、その職場にあった対応策が見つかる可能性もあると考えられる。
しかし、制度導入当初から指摘されていた、高ストレス者が面接を申し出ない、正直に回答しない、受検しない、という課題は残されたままだ。従業員のストレス状態を改善し、生産性を上げるような効果的な制度とするためには、面接を受ける機会を増やす必要があると思われる。たとえば、高ストレス者の面接は、職場に知られることなく受けることができ、職場での対応が必要になる場合に、本人が納得の上で職場に伝えられる等、現在よりも匿名性を高めること、あるいは、ストレスチェック制度とは関係なく、定期的に医師等による面接を受ける機会を作ること等が考えられないだろうか。
さらに、現在、受検している高ストレス状態でない従業員においては、受検のメリットを感じることができなければ、いずれ受検をしなくなったり、いい加減な回答をするようになりかねず、制度が形骸化する恐れがある。受検率を上げ、現状を正確に答えるようにするためには、衛生委員会で議論するだけでなく、ストレスチェック結果の概要や職場課題、今後の対応策について、従業員と共有していくことが必要だろう。
このような対応を行うことで、従業員自身にストレスチェック実施の意義について理解を深めることが重要だろう。
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