EU内の金融システムのリスク-2018秋の、ESA合同委員会報告書を紹介
EU内の金融システムのリスク-2018秋の、ESA合同委員会報告書を紹介: ■要旨
EUにおける、EIOPA、ESB、ESMAの合同委員会は、毎年春秋の2回、EUの金融システムの直面するリスクと脆弱性に関する報告書を発表してきている。2018秋の報告書では、資産評価リスク、リスクプレミアムや金利上昇のリスク、そしてそれらがセクター等を越えて伝染するリスク、及び英国のEU離脱に関するリスクについて指摘している。2018春の報告書でふれていた気候変動リスクとICTリスクについても、引き続き注意が必要だとしている。
■目次
1――この報告書の位置づけ
2――指摘されたリスク~前回からの変化
3――リスクの内容
1|資産評価、リスクプレミアムの再計算、金利の上昇に関するリスク
2|評価リスクが実現する場合の伝染リスク
3|英国のEU脱退に関連するリスク
4――合同委員会からの勧告
5――おわりに~消えたリスクの内容EUにおいては、金融関係の3つの監督局が設けられている。すなわち
EBA(European Banking Authority :欧州銀行監督局)、
EIOPA(European Insurance and Occupational Pensions Authority:欧州保険年金監督局)、ESMA(European Securities and Markets Authority:欧州証券市場監督局)
である。
この3者(をまとめて、ESA :European Supervisory Authoritiesと呼ぶ)の合同委員会は、毎年春(4月頃)と秋(9月頃)に、EUにおける金融システムのリスクと脆弱性に関する報告書を公表し、各国の監督者、金融機関、あるいは一般投資家に向けて注意喚起するとともに、必要な行動の提言を行っている。
2018秋の報告書1は9月11日に発表されており、ここではその内容を紹介するが、前回の報告書からの変化や、特に保険・年金の立場から見て重要なものを中心にみていきたい。
2――指摘されたリスク~前回からの変化
今回2018年秋の報告書に入る前に、前2回の報告書で指摘されたリスクの項目だけあげておく。
2017年秋の報告書2
・英国のEU脱退に関連するリスク
・利回りの見通しが不透明な状況下で、持続する評価リスク
・金融機関の低収益性
・FinTechの急速な発展
2018年春の報告書3
・リスクプレミアムの評価と再計算に関するリスク
・英国のEU脱退に関連するリスク
・オペレーショナルリスク~ICTリスク
・気候変動リスク
そして、今回言及されたリスク等は以下の3点である。
2018秋の報告書
・資産評価、リスクプレミアムの再計算、金利の上昇に関連するリスク
・評価リスクが実現する場合の伝染リスク
・英国のEU脱退に関連するリスク
これらについては次に紹介する。
3――リスクの内容
以下、リスクの内容と、特に保険会社に関して言及された部分を抜粋する。
1|資産評価、リスクプレミアムの再計算、金利の上昇に関するリスク
金利が突発的に上昇することは、債券などの資産において価格の下落をもたらし、損失を被る恐れが高まる。このことは既に過去の報告書でも指摘してきている。2018年上期には株価の急激な下落や、ソブリン債と社債スプレッドの大幅な拡大が相次いだ。それに加えて、英国のEU離脱に関する地政学的リスクも増大しており、加えて、2018年8月にはトルコと米国との政治的緊張からくるトルコリラの急落があった。一般に地政学的リスクが高いと、経済活動の低下、株式収益率の低下、新興国から資本の引き上げなどが生じる可能性が高く、投資家の心情に悪影響を及ぼす。
また、金利の上昇は、不良債権への対応にも影響を与える。EUの銀行の不良債権は減少してきているものの、まだ貸付残高の4%弱残っており、その約半分は返済期限を1年以上過ぎたものである。金利が上昇すると、新たな不良債権が発生すると考えられており、銀行が金利の動きを注意深く管理する必要がある。
これらに関して、特に保険会社への影響をみると、現在、保険会社における新興国市場へのエクスポージャーは非常に限られている(資産ベースで1%未満)が、トルコの状況から他の新興国への影響がないとはいえず、引き続き厳重な監視が必要である。
また、生命保険会社の投資ポートフォリオは、2017年第4四半期において、社債36%、国債32%などとなっており、金利上昇による資産価格の下落は大きな懸念事項であるが、この場合、逆に負債評価額も低下するので、損失の一部は相殺される。一方、損害保険会社は、債券の割合は生命保険会社に比べて低いが、株式の割合は倍以上ある。金利の急激な上昇による債券価格の下落は、株価へも影響する可能性があるなど、価格変動の影響を受けやすい状況にある。」
2|評価リスクが実現する場合の伝染リスク
上で述べたことと関連するが、リスクプレミアムの再評価や金利上昇リスクは金融機関や消費者に直接影響を及ぼし、伝染する可能性がある。
保険会社と銀行などのセクター間の関係を見ても、欧州における銀行部門、市場等の金融部門、保険会社・年金基金部門、それらと関わる民間の非金融部門(投資ファンド4など)が互いに連動しているので、あるセクター・会社の保有資産の価格の下落が、他に悪影響を及ぼす可能性がある。
4 原文では、Collective investment undertakings (有価証券の集合的な投資事業体?)となっている。3|英国のEU脱退に関連するリスク
英国のEU離脱に関しては、離脱の条件交渉が未だ不確実であることから、EU27カ国と英国を経済的・財政的に不安定な状況にさらしている。
特に、交渉が無秩序に終わった場合には、市場の信頼を格段に弱めるものとなってしまう恐れがある。従って、市場インフラへのアクセスや、諸契約の継続に関して、円滑に離脱が準備される必要性があり、非常に重要な課題となっている。
4――合同委員会からの勧告
こうしたリスク、不確実性に照らして、あらゆる分野における監督者による警戒と、相互の協力が引き続き重要となっている。そこで、この合同委員会は、欧州内の監督当局、あるいは規制上の権限を有する当局、金融機関、あるいは市場参加者に対し、以下の政策措置を勧告している。
(1) 金利やリスクプレミアム上昇の可能性を背景として、すべての分野にわたる更なるストレステストの実施。
EIOPAの主導する保険会社のストレステスト、EBAの主導する銀行のストレステストにはすでに、こうしたシナリオが組みこまれてきた。ESMAにおいては、さらに進んだ取り組みとして、資産運用におけるストレステストの概念を発展させ、マネーマーケットファンドのストレステストや流動性ストレステストのガイドラインの策定を行っているところである。
(2) 監督当局は、金融機関のリスク選好に引き続き注意を払うこと
特に銀行は不良債権処理を加速し、収益性を持続的に改善するべくビジネスモデルを実態に適応させていく必要がある。また全ての金融機関は金利リスクを注意深く管理することが重要である。行政機関は、投資家の変わり行く嗜好を監視し、適宜、リスキーな金融商品に対し警告すべきであり、一方で投資家もより高利回りでレバレッジの高い商品へと資金を移すリスクを注意深く考慮すべきである。
(3) 金融システム全般あるいは個別の金融機関に対する監督当局は、伝染する可能性のあるリスクを引き続き特定することに努め、貸出基準のモニタリング、資産の質を監視し改善する努力を継続すべきである。
(4) EUの金融機関とそのカウンターパーティー、投資家、消費者すべてが、英国のEUからの離脱に備えるための、適切な緩和措置をタイムリーに計画することが重要である。金融機関サイドと関連する行政当局が、業務の実施内容やスケジュールについて、十分意思疎通を図り、緊急時の対応や偶発事象への適切な対応ができるようにするべきである。
5――おわりに~消えたリスクの内容
なお、2018春の報告書に言及されていた、オペレーショナルリスク(ICTリスク)と気候変動リスクについては、今回2018秋の報告書では、大項目としてはとりあげられていない。しかし、「引き続き監督上の注意は必要である」と、一言だけ触れられており、心配がなくなったわけではない。むしろ長期的な観点からは、こうしたリスクに対する対応策をより考慮すべきなのかもしれない。
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■目次
1――この報告書の位置づけ
2――指摘されたリスク~前回からの変化
3――リスクの内容
1|資産評価、リスクプレミアムの再計算、金利の上昇に関するリスク
2|評価リスクが実現する場合の伝染リスク
3|英国のEU脱退に関連するリスク
4――合同委員会からの勧告
5――おわりに~消えたリスクの内容EUにおいては、金融関係の3つの監督局が設けられている。すなわち
EBA(European Banking Authority :欧州銀行監督局)、
EIOPA(European Insurance and Occupational Pensions Authority:欧州保険年金監督局)、ESMA(European Securities and Markets Authority:欧州証券市場監督局)
である。
この3者(をまとめて、ESA :European Supervisory Authoritiesと呼ぶ)の合同委員会は、毎年春(4月頃)と秋(9月頃)に、EUにおける金融システムのリスクと脆弱性に関する報告書を公表し、各国の監督者、金融機関、あるいは一般投資家に向けて注意喚起するとともに、必要な行動の提言を行っている。
2018秋の報告書1は9月11日に発表されており、ここではその内容を紹介するが、前回の報告書からの変化や、特に保険・年金の立場から見て重要なものを中心にみていきたい。
2――指摘されたリスク~前回からの変化
今回2018年秋の報告書に入る前に、前2回の報告書で指摘されたリスクの項目だけあげておく。
2017年秋の報告書2
・英国のEU脱退に関連するリスク
・利回りの見通しが不透明な状況下で、持続する評価リスク
・金融機関の低収益性
・FinTechの急速な発展
2018年春の報告書3
・リスクプレミアムの評価と再計算に関するリスク
・英国のEU脱退に関連するリスク
・オペレーショナルリスク~ICTリスク
・気候変動リスク
そして、今回言及されたリスク等は以下の3点である。
2018秋の報告書
・資産評価、リスクプレミアムの再計算、金利の上昇に関連するリスク
・評価リスクが実現する場合の伝染リスク
・英国のEU脱退に関連するリスク
これらについては次に紹介する。
3――リスクの内容
以下、リスクの内容と、特に保険会社に関して言及された部分を抜粋する。
1|資産評価、リスクプレミアムの再計算、金利の上昇に関するリスク
金利が突発的に上昇することは、債券などの資産において価格の下落をもたらし、損失を被る恐れが高まる。このことは既に過去の報告書でも指摘してきている。2018年上期には株価の急激な下落や、ソブリン債と社債スプレッドの大幅な拡大が相次いだ。それに加えて、英国のEU離脱に関する地政学的リスクも増大しており、加えて、2018年8月にはトルコと米国との政治的緊張からくるトルコリラの急落があった。一般に地政学的リスクが高いと、経済活動の低下、株式収益率の低下、新興国から資本の引き上げなどが生じる可能性が高く、投資家の心情に悪影響を及ぼす。
また、金利の上昇は、不良債権への対応にも影響を与える。EUの銀行の不良債権は減少してきているものの、まだ貸付残高の4%弱残っており、その約半分は返済期限を1年以上過ぎたものである。金利が上昇すると、新たな不良債権が発生すると考えられており、銀行が金利の動きを注意深く管理する必要がある。
これらに関して、特に保険会社への影響をみると、現在、保険会社における新興国市場へのエクスポージャーは非常に限られている(資産ベースで1%未満)が、トルコの状況から他の新興国への影響がないとはいえず、引き続き厳重な監視が必要である。
また、生命保険会社の投資ポートフォリオは、2017年第4四半期において、社債36%、国債32%などとなっており、金利上昇による資産価格の下落は大きな懸念事項であるが、この場合、逆に負債評価額も低下するので、損失の一部は相殺される。一方、損害保険会社は、債券の割合は生命保険会社に比べて低いが、株式の割合は倍以上ある。金利の急激な上昇による債券価格の下落は、株価へも影響する可能性があるなど、価格変動の影響を受けやすい状況にある。」
2|評価リスクが実現する場合の伝染リスク
上で述べたことと関連するが、リスクプレミアムの再評価や金利上昇リスクは金融機関や消費者に直接影響を及ぼし、伝染する可能性がある。
保険会社と銀行などのセクター間の関係を見ても、欧州における銀行部門、市場等の金融部門、保険会社・年金基金部門、それらと関わる民間の非金融部門(投資ファンド4など)が互いに連動しているので、あるセクター・会社の保有資産の価格の下落が、他に悪影響を及ぼす可能性がある。
4 原文では、Collective investment undertakings (有価証券の集合的な投資事業体?)となっている。
英国のEU離脱に関しては、離脱の条件交渉が未だ不確実であることから、EU27カ国と英国を経済的・財政的に不安定な状況にさらしている。
特に、交渉が無秩序に終わった場合には、市場の信頼を格段に弱めるものとなってしまう恐れがある。従って、市場インフラへのアクセスや、諸契約の継続に関して、円滑に離脱が準備される必要性があり、非常に重要な課題となっている。
4――合同委員会からの勧告
こうしたリスク、不確実性に照らして、あらゆる分野における監督者による警戒と、相互の協力が引き続き重要となっている。そこで、この合同委員会は、欧州内の監督当局、あるいは規制上の権限を有する当局、金融機関、あるいは市場参加者に対し、以下の政策措置を勧告している。
(1) 金利やリスクプレミアム上昇の可能性を背景として、すべての分野にわたる更なるストレステストの実施。
EIOPAの主導する保険会社のストレステスト、EBAの主導する銀行のストレステストにはすでに、こうしたシナリオが組みこまれてきた。ESMAにおいては、さらに進んだ取り組みとして、資産運用におけるストレステストの概念を発展させ、マネーマーケットファンドのストレステストや流動性ストレステストのガイドラインの策定を行っているところである。
(2) 監督当局は、金融機関のリスク選好に引き続き注意を払うこと
特に銀行は不良債権処理を加速し、収益性を持続的に改善するべくビジネスモデルを実態に適応させていく必要がある。また全ての金融機関は金利リスクを注意深く管理することが重要である。行政機関は、投資家の変わり行く嗜好を監視し、適宜、リスキーな金融商品に対し警告すべきであり、一方で投資家もより高利回りでレバレッジの高い商品へと資金を移すリスクを注意深く考慮すべきである。
(3) 金融システム全般あるいは個別の金融機関に対する監督当局は、伝染する可能性のあるリスクを引き続き特定することに努め、貸出基準のモニタリング、資産の質を監視し改善する努力を継続すべきである。
(4) EUの金融機関とそのカウンターパーティー、投資家、消費者すべてが、英国のEUからの離脱に備えるための、適切な緩和措置をタイムリーに計画することが重要である。金融機関サイドと関連する行政当局が、業務の実施内容やスケジュールについて、十分意思疎通を図り、緊急時の対応や偶発事象への適切な対応ができるようにするべきである。
5――おわりに~消えたリスクの内容
なお、2018春の報告書に言及されていた、オペレーショナルリスク(ICTリスク)と気候変動リスクについては、今回2018秋の報告書では、大項目としてはとりあげられていない。しかし、「引き続き監督上の注意は必要である」と、一言だけ触れられており、心配がなくなったわけではない。むしろ長期的な観点からは、こうしたリスクに対する対応策をより考慮すべきなのかもしれない。
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