売りはディープな「日本臭さ」。本物志向の外国人観光客をターゲットに、アドベンチャートラベルの手法で過疎地の魅力を掘り起こす田舎インバウンドの挑戦

売りはディープな「日本臭さ」。本物志向の外国人観光客をターゲットに、アドベンチャートラベルの手法で過疎地の魅力を掘り起こす田舎インバウンドの挑戦:

日本の田舎を世界ブランドに。オールドスタイルこそ外国人にモテる

武士、着物、囲炉裏、神社仏閣…。少々オールドスタイルに過ぎるかもしれないが、外国人目線での日本といえば、こういった要素が思い浮かぶ。そして、日本人にとっては古くさく感じられても、外国人にとっては魅力的な「ザ・日本」。

訪日観光客向けに、都市部にも古風な日本を体験できる仕掛けは揃えられているが、お膳立てされた感は否めない。

たいして、地方の田舎に目を向けてみると、外国人が求める「日本らしさ」「日本臭さ」がありのままの姿で息づいているのに気づく。

本物の体験を渇望しつつも、知る機会すらない外国人旅行者ー。

訪日観光客を誘致し地域活性につなげたいが、ノウハウのない地方ー。

すれ違ってきた両者のジレンマを解消するために、田舎周遊型ツアーを企画するのは、リベルタ株式会社の澤野啓次郎さんだ。インバウンド観光事業「ハートランド・ジャパン」の一貫として、2018年秋には、実際に欧米豪のトラベルジャーナリスト、旅行会社のバイヤーを招き、阿蘇エリア(熊本県)、萩・津和野エリア、出雲・石見銀山・江の川エリア(島根県)にてモニターツアーを敢行。

欧米豪などの西洋諸国では、アウトドアアクティビティと異文化体験を組み合わせたアドベンチャートラベルという体験型の旅行形態が人気だ。その手法を日本の田舎に取り入れることで、主要観光地に代わる新たな旅先としてニッチな地方を世界にアピールする。



澤野さん(左)とモニターツアー参加のトラベルジャーナリストやバイヤーたち


▲澤野さん(左)とモニターツアー参加のトラベルジャーナリストやバイヤーたち

外貨獲得こそインバウンドの本意。田舎が持つ、アドベンチャートラベルとの好相性に着目し、今ある素材のまま勝負する

インバウンドの主要ビジネスモデルには、大きく3つある。チケットやツアーなどを仲介するプラットフォーム型、事業アドバイスをおこなうコンサル型、関連情報を発信するメディア型。どれも基本的には国内企業を顧客とし収益をまわす邦貨獲得型の仕組みだ。

「もちろん、いろんな形があると思いますが、そもそもインバウンドのあるべき姿は、訪日客にいいサービスを提供して外貨を獲得し、日本経済を活性化することにあります」と澤野さんは語る。

澤野さんはもともとYahoo! JAPANなどで事業開発をしていたバリバリのIT畑出身。リベルタもIT・コンサルティング事業を主要サービスとして立ち上げた会社だ。旅行事業に乗り出した根源には、ほかの地方にもれず過疎化が進む故郷・山口県萩市(旧・須佐町)に関わるビジネスを作りたいという思いがあった。

「海外では、日本イコール東京・京都・大阪・広島が現実です。確かに、わざわざリスクを侵さずとも、ゴールデンルートだけを売っていれば一定の売上は確保できる。海外のエージェントも顧客もそこしか知らないんだから、リクエストもこない。だからそのまま放置していた。その結果、ゴールンルート以外のエリアは海外ではほとんど知られていない、というのが日本の観光産業の実態ではないでしょうか」



ハートランド・ジャパンのパンフレットより。写真は萩市の江崎漁港(旧・田万川町)。西堂寺の六角堂をはじめ、美しい歴史や文化が息づく。一方で、県内でもっとも少子高齢化、過疎化が激しく進むエリアでもある


▲ハートランド・ジャパンのパンフレットより。写真は萩市の江崎漁港(旧・田万川町)。西堂寺の六角堂をはじめ、美しい歴史や文化が息づく。一方で、県内でもっとも少子高齢化、過疎化が激しく進むエリアでもある

そこで澤野さんが着目したのが、欧米豪などで人気のアドベンチャートラベルという旅行形態だ。

アドベンチャートラベルは、ウォーキングやトレッキングなど自然のアクティビティとともに積極的な異文化体験をおこなうレジャー要素の強いスタイルで、経済的余裕、知的好奇心を兼ね備えた富裕層を中心に人気だ。西欧における市場規模は約49兆円(約4500億ドル)、2012〜2017年の年成長率11.4%と、同エリアでの観光関連産業全体の成長率が6.2%なのに対し、約2倍の数字を打ち出している。(※)

本物志向の海外の旅行者は、ほかにはないユニークな目的地、体験を求めているため、インバウンド観光において未開の地である地方を題材にするハートランド・ジャパンは、競合を気にせず独自の価値を提供していける。海山川などの豊かな自然と、地域独特のリッチな歴史や文化が色濃く残る日本の田舎はアドベンチャートラベルと相性が良い点も追い風だ。

また、アドベンチャートラベルはその性質上、一人あたりの消費額が高い。さらに、アジア圏からの顧客に比べ、西欧からの観光客は長い時間と距離をかけて来日するぶん、滞在日数も長く、使う金額も大きい傾向にある。実際に、ツアーで顧客が支払う平均額は、一週間弱の滞在で30〜35万円/人と、なかなかリッチな設定だ。だが、これも西欧では妥当な金額というから、誘致によって得られるメリットは大きい。

物質的なものより精神的な満足感を得ることにお金を払いたいと思っている目の肥えた西洋人を対象に、ハートランド・ジャパンは、歴史、伝統、文化、食、そして地域に根ざす人たちとの触れ合いをコンテンツとして提供する。今あるスポットや施設を活かしそこに顧客を送り込むだけでなく、地元クリエイター、通訳ガイドといった雇用も生まれるので、過疎化対策にもつながるだろう。

旅行業界はまったくの未知だったという澤野さんだが、現地の素材と好相性の海外の旅行業界の動向を見極め、無理のないかたちで両者を結びつけた。

旅行業界は初心者、英語も中途半端、でも躊躇しない。単身海外に渡り現地の旅行会社と商談をおこなう

トラベル事業をやろうと決めたものの、初心者だった澤野さんがはじめにしたことは、人脈作りだった。インバウンドの集まりに積極的に足を運び、トラベル関連のメディアや会社にも話を聞き知識を蓄えていった。また、1万件もの世界の旅行会社をリスト化、オーストラリアやニュージーランドの旅行会社にアポをとり、1人で営業に赴くこともした。机で腕組みして悩まず、とにかく足を動かし人に会った。

とはいえ、こんなに精力的なのだから、さぞ英語が堪能なのかと思いきや、澤野さんの英語の基本は、いわゆるブロークンな“中学英語”。留学経験もないどころか、初海外は新婚旅行でとのこと。

「夢あるでしょ? みんな英語ができないからと躊躇するけど、本当にやりたいなら絶対挑戦すべき」と笑う。

ただ、そもそも九州の「き」の字も知らないような相手に日本の田舎の魅力を伝えるには工夫が不可欠で、動画などわかりやすくビジュアルで見せたり、広島駅からたった3時間で秘境に行けたりするといった交通情報など、具体的なアプローチを準備していった。

また、ツアーの内容は、地元の情報に精通する地元有志との協働を重視。直接外国人観光客と接する機会が多いガイドへのヒアリングも欠かさない。

モニターツアーでも、地元の方々の声をもとに、阿蘇の地獄温泉や石見神楽のお面作り体験などオーセンティックな日本を体験要素として加えたところ、好評を得たという。



2019年の春の再開に向けて工事が進む地獄温泉 青風荘の秘湯「すずめの湯」。道中、鹿やタヌキが現れるなどアドベンチャー感満載。熊本地震の影響で休業中のところを、今回のツアーのため特別に受け入れを許諾


▲2019年の春の再開に向けて工事が進む地獄温泉 青風荘の秘湯「すずめの湯」。道中、鹿やタヌキが現れるなどアドベンチャー感満載。熊本地震の影響で休業中のところを、今回のツアーのため特別に受け入れを許諾



ツアー参加者に好評だった島根県温泉津の「石見神楽」。スローな狂言や能にくらべ躍動的でストーリーがわかりやすく、海外に向けた日本の伝統芸能のキラーコンテンツだと澤野さんは語る


▲ツアー参加者に好評だった島根県温泉津の「石見神楽」。スローな狂言や能にくらべ躍動的でストーリーがわかりやすく、海外に向けた日本の伝統芸能のキラーコンテンツだと澤野さんは語る



島根県邑南町の玉櫻酒造。日本酒のテイスティングを楽しみにしていたジャーナリストも多かった。見学だけで終わらず、実際に何を体験できるかが重要のようだ


▲島根県邑南町の玉櫻酒造。日本酒のテイスティングを楽しみにしていたジャーナリストも多かった。見学だけで終わらず、実際に何を体験できるかが重要のようだ

モニターツアー1回につき300万円の先行投資。着実な結果につながるよう、すり合わせは綿密に

澤野さんはすでに日本のアドベンチャートラベル界ではパイオニア的存在と言える。だが、先陣を切るということは、参考にできる先例がなく、手探りで進まなければならない。特に、旅行ビジネスは一朝一夕で結果が出るものではないため、思い切りと同時に先行投資の資金に加え、運転資金をいかに調達し、運用するかも重要だ。

長いプロセスを見据えたなか、今回のモニターツアーは、海外のバイヤーやジャーナリストに「まずは新たなデスティネーションの存在を知ってもらうこと」に一義を置いた第一ステップだった。そして「気に入ってもらい」「売ってもらう、リコメンドしてもらう」。そうしてようやく顧客に「当地に来てもらえるようになる」。

気になる費用だが、航空チケット費、滞在費、食費など諸々すべてをハートランド・ジャパン側で負担するため、モニターツアー1回につき300万円ほどかかった。資金は、リベルタの他事業の売り上げから投資している。大きな先行投資なため、エージェント選抜の際は「実際に売ってくれるか」「我々のサービスのコンセプトに共感してくれているか」「実際にどんなメディアに記事を書いてくれるか」を基準にしているが、事前にこちらの期待値と参加者側のコミットメントのすり合わせが十分におこなえたかというと、そこは「初めて取り組みだったので微妙だった」と苦笑する。

ただ後追いでミーティングをしたり、こちらの期待値を強く伝えていったりした結果、ASOやHAGIといったニッチな地名が、世界のメディアで露出する機会も徐々にだが出てきた。地道な取り組みだが、今後もニュースレターやSNSでの発信、電話会議や人と直接会うことを通して、海外との関係を深めていく。



紅葉の銀山街道をウォーキング。1日10kmの距離を散策したが、もっと歩きたいという声もみられた。参加グループの志向に応じた細かなカスタマイズも必要かもしれない


▲紅葉の銀山街道をウォーキング。1日10kmの距離を散策したが、もっと歩きたいという声もみられた。参加グループの志向に応じた細かなカスタマイズも必要かもしれない



漁網と夕陽のコントラストが美しいと、夢中でシャッターを切るイギリス人ジャーナリスト。当たり前の風景も、外国人には新鮮に映るようだ(萩市江崎漁港)


▲漁網と夕陽のコントラストが美しいと、夢中でシャッターを切るイギリス人ジャーナリスト。当たり前の風景も、外国人には新鮮に映るようだ(萩市江崎漁港)



萩市笠山の椿群生林。舗装路ではない、美しい自然のままのトレイルが好評


▲萩市笠山の椿群生林。舗装路ではない、美しい自然のままのトレイルが好評

ホストとゲスト間のギャップなど課題もあるが、まだまだこれから。継続的な取り組みが成功への道

モニターツアーを終えた今、訪日外国人がどんなポイントにグッとくるのか、逆にどこにあまり興味を示さないのか、日本人とは違う目線を間近で知ることができたのは大きい。

食に関する例でいえば、現地の特産を食べてほしい思いから、刺身や川魚がホスト側から連続して提供されることがあった。だが、ゲスト側では、「また昨日と同じものか」「イカづくしも日本人にはいいかもしれないが、自分は苦手だから食べられない」「たまに洋食も食べたい」といった声も上がり、好き嫌いやアレルギー、ベジタリアンなどへの配慮の必要性もわかった。

ツアーリーダーの英語レベルやホスピタリティ、デジタルマーケティング面での課題も見つかった。地域のプロフェッショナルなツアーリーダー育成とストーリー開発、インターネットを使った直接の顧客獲得に2019年は注力するそうだ。すでに全国の通訳案内士が400人以上同社に登録しているという。

一方、海外エージェントとの継続的なリレーションの構築のため、会社として、やはりネイティブスピーカーの協力も欠かせない。澤野さんは積極的に海外のインターンを受け入れ、架け橋となる人材育成・活用にも励んでいる。

「こうした地道な活動や受け入れ態勢の整備をおこない、やっと安定した収益が望めるようになるのは3〜5年後」と、澤野さんは構想を語る。

ただ、ニュージーランドをはじめ、ドイツ、スウェーデンなどの顧客を皮切りに、実際にツアーが売れ始めており、「確実に需要はあり、海外エージェントとの提携も順調に進んでいる。行く先々で高評価を得ているので、まったく先行きは心配していない」と言う。

まだまだスタートアップフェーズであり、壮大で気の長い計画だが、潜在的な魅力溢れる地方は世界に打って出るポテンシャルを秘めた宝の山だ。また、アドベンチャートラベルの手法を取り入れることは、日本人が自分たちの文化や歴史、故郷の自然にもう一度目を向け始めるきっかけにもなるだろう。

世界の目線で見たとき、古い日本こそ新しい日本としての需要があるのだ。

(執筆:齋藤玲乃)

「日本初、アドベンチャーツーリズムマーケティング戦略策定!~道東エリアをモデルとした地域AT戦略~<全体版> 経済産業省 北海道経済産業局」より

参照:
ハートランド・ジャパン(英語)
ハートランド・ジャパン(日本語)

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