結果、「関係人口」が増えていた - 地域資源の物々交換とつながりで面白い大人をつくるキャンプディレクターの「創る家」

結果、「関係人口」が増えていた - 地域資源の物々交換とつながりで面白い大人をつくるキャンプディレクターの「創る家」:





『「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します。

地方圏は、人口減少・高齢化により、地域づくりの担い手不足という課題に直面していますが、地域によっては若者を中心に、変化を生み出す人材が地域に入り始めており、「関係人口」と呼ばれる地域外の人材が地域づくりの担い手となることが期待されています。』(総務省「関係人口ポータルサイト」より抜粋)

日本全国の地方はこれまで、地域おこし協力隊や起業家の誘致などを通じて町の活性化を模索してきた。しかし、肝心な「人」がなかなか付いてこないというのが現状だ。本稿では、新しい形で地域と関わっているキャンプディレクターの女性を「関係人口」というキーワードを元に取り上げる。

はじめに断ってしまうと、彼女は直接的に地域に貢献したいという動機で活動しているわけではない。しかし地域の産物を物々交換したり旅人と交流するなどの日々の活動は、結果として関係人口の増加に貢献する最先端の取り組みになっている。





元々長野県でキャンプディレクターとして働いていた浅井彩さん。キャンプディレクターとは、キャンプの企画・運営を行う責任者のことだ。年間およそ20名のこどもたちと過ごし、薪ストーブや五右衛門風呂、仲間たち数十人分の食事を作ったり田んぼの世話をしたりして、日用品として使うものは全て手づくりといった日常。キャンプディレクターとして3年間をそんな共同生活で過ごしたのちに、石川県に移住した。

新しい土地に移った先で、「面白い大人を創る」ことをコンセプトにした場をつくりたいと自宅を開放し、「創る家(つくるうち)」と名付けて運営を始めた。

浅井さんがつくろうとしている「面白い大人」は、地域にどのような価値をもたらすのだろうか。

「自分が面白いと思えることをやっている大人は面白い」という気づきから"場づくり"へ





幼少の頃より、家族と一緒にキャンプやボーイスカウト活動を楽しんできたという浅井さん。中学時代には、日本の学生とアメリカの学生が集う3週間のキャンプイベントに参加し、そこでキャンプインストラクターという職を知る。遊びながら暮らしているかのように見え、「そういう仕事をしたいなあ」と自然に思い至ったという。

キャンプインストラクターのような仕事を目指そうと思ったときに、該当しそうなのは長野県泰阜村にある山村留学施設『だいだらぼっち』だった。

大学時代までキャンプを企画する生活を続け、卒業後は長年の夢だった『だいだらぼっち』に就職。しかし、遊んで暮らせるかのように思っていた現場は、難しい現場でもあった。そんな職場を経験する過程で、浅井さん自身は子どもを導くような指導者としての存在ではなく、子どもと一緒に暮らすことの楽しさを発見していったという。

「子どもたちと一緒にいるためには、自分自身が面白いと思えることをしなければいけないと痛感しました。たとえば木登りとか。大人自身がやったことがないと子どもにも伝えられないし、一緒に楽しむことはできないんです。自分が登った経験があれば、その楽しさを伝えられるので。今は体験を伝えられない大人が多くいますよね」(浅井さん)

「自分自身が面白いと思えることをしなければ」という想いから「まずは自分が面白くなろう」と考えた浅井さんは、やがて「面白い大人」をつくる“場づくり”へと駆り立てられてゆく。





『だいだらぼっち』を退職後、まずは暮らしたい場所に暮らすことを目指し、実家の愛知県から比較的近くて日本海が楽しめる場所に焦点をあてた。情報を集めているうちにたどり着いたのが石川県七尾市だったという。

軽い気持ちで七尾市役所に連絡したところ、市役所の起業担当者が「君、面白いね」と言ってくれた。そうした人のつながりで、現在の住まいである能登島で、理想にほど近い一軒家に出会う。家屋が想像以上に広かったので「自分で何かやってみよう」と思うに至り、面白い大人を創る家、すなわち「創る家(つくるうち)」の構想を始めたという。

もらったお米は総量230kg! 宿泊料と手作り品、地域のお手伝いなどで自活  - 物々交換で成り立つコミュニティづくり





彼女の定義する面白い人はこうだ。「仕事でも趣味でも、やらされているとか、お金のためとか、子どものためとか、社会のためとか。やらなくちゃいけないからやっているのではなくて、自分がやりたいからやっている。そういう人はとても活き活きしている。どんなに忙しくても。そういう人と話すと自分も楽しい。そんな人が面白い」そういう人が増えたらいい、という彼女の思いを実践する場が「創る家」となった。

浅井さんにとっての創る家は、何かしらの事業を立ち上げたという認識ではなく、あくまでも自らの暮らしの延長線上にある。住み始めたときの準備金にはこれまでの収入を充て、現在の主たる運営コストは月々15,000円の家賃と光熱費。それに充てる収入源は宿泊する人から一定額を徴収していて、手作りしたクラフト品の販売も行っている。ほかに必要なものは、訪問者にあらかじめ依頼して調達することもあるという。

ご近所さんからのいただきものも多く、これまでにいただいたお米の量はのべ230kgになるという。その代わりに頼まれごとを労働力として提供することもあり、お互いの必要なもの・ことの交換という循環も生まれている。

何をしたらいいかわからないゲストには宿題を出す――再訪される「創る家」流の旅人の迎え方





最初は口コミで友だちや知り合いが来る程度だった「創る家」だが、浅井さん自身も旅をすることで、新たなつながりができ、新しいゲストを迎えるようになった。

やりたいことをやりたいが何をしたらいいのかわからない旅人が「創る家」にやってくることがある。こんな時、浅井さんは自身の生活や考え方を示した上で「明日何をやるか(自分で)考えて」と宿題を出す。ゲスト自らが能登島という場所で“何ができるか”を考えて、海や丘や畑へと奔走するように遊んでもらうのだという。その中で各人は何かしらの刺激を受けて帰ってくれる。教えるという視点ではなく、あくまでもフラットな立場での交流を重ねているという。

あるときは「ゲストハウスをやりたい」という同年代の旅人が訪れた。塾講師をやっているが、実は政治経済のことを語れるゲストハウスを作りたいと言う。しかし話をする中で、まずは「すでにあるゲストハウスの中で語り場を作ってみたらいい」ということになり、近いうちに実現することになった。

あるときは「自己肯定感が低い」という旅人がやってきた。彼女ができたことがないという彼には、その場の旅人みんなでいいところを出し合った。彼自身が「頑張れる」という気持ちになり、5ヶ月後には彼女を連れて、もう一度訪ねてきてくれたそうだ。

すでにやりたいことをやっている旅人とは、お互いに刺激を与えあう関係になるという。彼らは自分よりも言語化ができたり、思考が早かったり、行動力や瞬発力がある。自分の知らない世界もたくさん知っている。こうした出会いを通して「世の中にはすごい人がいるんだ、近づきたい」と希望を新たにしている。

海や丘や畑が「ねっこ」を育てる教育資源となり、過疎化する地域のファンを増やす





近年、子どもの自立心を育てるために、自然豊かな国内への山村留学を選ぶ親は増えている。浅井さんが所属していた山村留学施設『だいだらぼっち』は30年の歴史を有し、数多く表彰され社会的評価も高い。掲げている「ねっこ教育」というコンセプトは、「感じる心、生み出す心、楽しむ心」という3つの「ねっこ」を育てることだ。

『だいだらぼっち』卒業生の進路は多種多様で、その一覧には有名大学も名を連ねるが、浅井さんは「そういうものは親の意思とお金さえあればなんとでもなる」とさらりと語る。彼女にとって進学先や就職先というのは、面白いかどうかの目安にはならない。生み出して、楽しめて、感じることのできる人間教育を目指すことが、自然と浅井さんのライフスタイルに現れ、それが「創る家」という現場に込められている。

一方、彼女自身が「ねっこ教育」のコンセプトを実践していく過程では、教育は長期的なものであることを改めて感じるようになったという。短期的な宿泊体験だけで”面白い大人”を作ることは難しい。「イベントを打ち立てて誰かが来たとしても、準備されて与えられた中で、本来目指している“面白い”体験に必ずしも出会えないかもしれない」という考えもよぎる。

大人の限られた時間はとても“短期的”だ。その中で、大人はどうやって、自分自身の「ねっこ」を見つけることができるだろうか。何もないと言われがちな過疎化する地方で、そこにある海や丘や畑といった資源を教育的視点で活用しながら、浅井さんの試行錯誤は続く。





こうした彼女の取り組みには、派手さはないのかもしれない。貨幣経済ではない物々交換が地域にもたらすメリットは一見すると分かりにくいかもしれない。しかし、直接的なお金の発生はなくとも、労働力として貢献してくれる場合もあれば、訪れる人々がその土地を好きになってファン化し、再訪してくれることもある。

関係人口とは、直接的に定住人口を増加させることを目指す従来の地域活性化とはコンセプトが異なる。それゆえ、地域への波及効果を感じにくい側面はあるが、貨幣経済の中心である都市部では難しいこうしたコミュニティをきっかけに、地域に興味をもつ若者は確実に増えている。

(執筆:須田恵)

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