リーマンショックから10年、日本のベンチャー環境を振り返る

リーマンショックから10年、日本のベンチャー環境を振り返る: ■要旨

 



  • 日本のベンチャーの事業環境は、リーマンショック後しばらく低迷が続いたが、アベノミクスで息を吹き返し、足もとは盛り上がりを見せている。


     
  • 現在、ベンチャー・エコシステムを育て、根付かせる絶好のチャンスを迎えている。今日の盛り上がりを、一過性のブームで終わらせてはならない。


     
  • 起業やベンチャーへの就職に挑戦する文化の醸成、ベンチャーキャピタリストやベンチャー支援・協業を行う人材の育成、官民の持続性・継続性ある取り組みに期待したい。


■目次



1――はじめに

2――この10年で劇的に改善したベンチャー市場

  1|リーマンショックの衝撃、一方で変化の兆しも(2008年~2012年)

  2|アベノミクスの追い風、ベンチャー企業をめぐる環境が大きく改善(2013年~2018年)

3――一過性の「ブーム」で終わらせてはならない

  1|日本のベンチャーの課題

  2|世界は先を行く

  3|更なる発展に向けてリーマンショックから10年が経過した。日本のベンチャーの事業環境は、リーマンショック後しばらく低迷が続いたが、アベノミクスで息を吹き返し、足もとは盛り上がりを見せている。本稿では、この10年間の軌跡を概観し、日本のベンチャーの更なる発展に向けた課題について論じたい。

 



2――この10年で劇的に改善したベンチャー市場

まず、新規上場数と株式市場、ベンチャーの資金調達の動向を中心に、この10年を概観する。1|リーマンショックの衝撃、一方で変化の兆しも (2008年~2012年)

i)ベンチャー企業の経営環境の悪化

2008年9月の米リーマン・ブラザーズ破綻を機に、世界的な金融危機が発生し、株価は大きく下落、景気も大きく後退した。東証マザーズ等の日本の新興株式市場も下落し、その後しばらく低迷が続く。2007年には100社以上あった新規上場も、リーマンショック後に大きく減少した(図表1)。 上場予備軍のベンチャー企業の中でも、業績悪化や株価低迷を受けて、当面の上場を断念、もしくは延期する先が増加した。仮に業績が持ちこたえて上場しても、株式市場の低迷で大きな資金調達が望めない上に、経営陣やベンチャーキャピタル(VC)が保有株式を市場で売却しても、期待していたほどの利益が獲得出来ない。過去の相場が良かった時期に未公開のベンチャー企業を高値掴みした結果、仮に上場しても株式市場の低迷で投資資金すら回収出来ない例もあった。VC等の投資家は、ベンチャー企業を発掘・投資・育成し、新規株式公開(IPO)や事業売却(M&A)で保有株式を売却(EXIT)することで、投資リターンを上げている。投資先の多くは失敗するが、一部が投資額の何倍にもなる「ホームラン」級のEXITとなって、全体の投資額を回収し、超過リターンを狙うビジネスモデルである。「ホームラン」の主要機会であるIPOが減ってしまうと、VCのビジネスモデルは苦しくなる。EXITがIPO偏重となってきた日本の場合は、よりその影響を受けやすい。VCの投資リターンが悪化すると、VCが運用するファンドに資金が集まらず、投資活動が停滞する。結果として、ベンチャー企業の資金調達環境の悪化に繋がってしまう。ベンチャー企業の資金調達額(第三者割当増資等、株式発行による資金調達)について見てみると(図表3)、リーマンショックを機に資金調達額は減少し、しばらく低迷が続く。資金調達が出来ずに、資金繰りが行き詰るベンチャー企業も多かった。シード・アーリーステージと呼ばれる設立してから間もないステージ(成長段階)1のベンチャー企業は、売上がほとんど無い中で投資が先行するため、赤字、キャッシュアウトが続く。また、バイオテクノロジー等、多額の研究開発費がかかる研究開発型ベンチャーは、事業が立ち上がって黒字化するまでの期間が長くなるのが一般的だ。研究や開発が順調に進んでいても、資金が尽きれば事業は先に進めない。資金調達環境の悪化はベンチャーの死活問題だ。景気後退によるベンチャー企業の経営悪化が、VCの投資活動の停滞を招き、結果としてベンチャー企業の資金調達が難しくなって経営環境が更に悪化する、といった悪循環にあった。





 




1 ベンチャー企業のステージについては、拙稿「ベンチャー企業の成長ステージ~早いステージや研究開発型ベンチャーならではの難しさ~(2018年4月16日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58430?site=nliを参照されたい。
ii)変化の兆し

リーマンショック後、大きく後退したベンチャーの事業環境であるが、変化の兆しも見られた。1つ目の変化は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS)やスマートフォン等、新しいテーマのITベンチャーが登場してきたことである。この時期、ミクシィ・DeNA(モバゲー)・グリーといった日本のSNS関連プラットフォーム企業が成長し、TwitterやFacebookが日本に「上陸」した。また、iPhoneが発売され、スマートフォンの普及が進み始めた。こうした流れを受けて、ソーシャルゲームやスマートフォンアプリ等、SNS・スマートフォン関連のITベンチャーが増加した。他にも、クラウド・コンピューティングやアド・テクノロジー(インターネット広告)等、IT分野に新しい投資テーマが増えてきた。新しく創出される市場の成長性が魅力的であり、株式市場でグリー等のIT系新興企業の株価が好調だったことから、IT分野に力を入れるVCが多かった。一方で、経済環境や株式市場に力強さが見られない中では、EXITまでに時間と資金がかかる研究開発型ベンチャーやものづくり関連ベンチャーは、ITベンチャーと比較すると、投資家にとっては手掛けにくい一面もあった。



2つ目は、VCの投資戦略における変化である。日本の主要VC、とりわけ金融系VC(銀行・保険・証券会社傘下のVC)は、ある程度成長してIPO等のEXITが展望出来るミドル・レイターステージのベンチャー企業に、少額分散投資を行うことが多かった。しかしながら、株式市場が低迷し、多くのIPOが望めない環境の中、シード・アーリーステージ投資の強化や、より多くの持ち株比率を獲得しようとする動きが一部のVCで見られた。早いステージでの投資は、リスクが高まるものの、他の投資家に先駆けて良質案件に入り込めると同時に、成長前で企業評価(株価)が低いうちに投資することが出来る。また、持ち株比率を高めることで、投資先企業の経営に深く関与し、影響力を発揮出来る。経営支援・管理を強化して、投資先の成長とEXITへの確度を高め、低い株価で多くの持ち株比率を持つことでEXITの利益を大きくする。比較的小規模のM&AによるEXITでも利益が出せるようになる。例えば、大手VCのジャフコは、リーマンショック後に「厳選集中投資」路線に舵を切った。投資企業の数を絞り込み、持ち株比率や1社当たりの投資金額を引き上げ、投資先の経営支援を強化した。その後、株式市場の回復という追い風もあって、業績は大きく改善し、現在もその路線を継続している。



3つ目の変化は、IT・インターネット領域を中心に、新しい投資家層が登場し活動を広げた点である。ジャフコや、金融系VC、独立系VC(グロービス・キャピタル・パートナーズ等)といったメインプレイヤーに、違ったタイプの投資家が加わり、その幅が広がりつつあった。例えば、この時期、創業間もないベンチャー企業に対し、比較的少額の投資実行と、育成プログラム(アクセラレーションプログラム)やオフィススペースの提供等を組み合わせた支援を行う、アクセラレーター/インキュベーターと呼ばれるプレイヤーが登場し、活動を広げ始めた。2005年から活動を開始したY Combinatorのような米国・シリコンバレーのアクセラレーターが成功を収め、そのビジネスモデルが注目を集めていたことが背景にある。2008年に設立されたサムライインキュベートは、創業間もないベンチャー企業に対して数百万円ずつの少額出資を実施し、2011年には東京・天王洲アイルにコワーキングスペースを設立した。他にも、IT・インターネット系上場会社傘下のVCが活動を広げていた。サイバーエージェント(サイバーエージェント・ベンチャーズ)、グリー(グリーベンチャーズ)、ヤフー(YJキャピタル)等が該当する。SNS・スマートフォン等に関するビジネスチャンスが拡大する中で、その領域で実際にビジネスを展開しているからこそ出来る目利き力や経営支援力(販路拡大等)が強みとなった。有力VCの一部がリーマンショックの影響で投資を縮小・停止し、業界に暗い影を落とす一方で、新しいプレイヤーの登場は明るい兆しでもあった。



リーマンショック後を経て、2010年の上場ベンチャーの粉飾決算発覚、2011年の東日本大震災の影響もあり、ベンチャーの事業環境はまだまだ力強さには欠けたものの、徐々に新しい変化や市場の底打ちが見られ始める。2012年10月には山中伸弥教授によるノーベル生理学・医学賞受賞が発表されたことを契機に、再生医療等のバイオベンチャーに改めて注目が集まった。そのような中、2012年末の第2次安倍内閣発足を迎える。2|アベノミクスの追い風、ベンチャー企業をめぐる環境が大きく改善(2013年~2018年)

i)政策の後押し

2012年末の第2次安倍内閣発足、2013年4月の日銀による量的・質的金融緩和の導入によって、状況は一変する。アベノミクスによって、株価は大きく上昇、景況感の改善もあって、ベンチャー企業の経営環境が改善する。マザーズ指数等の新興株式市場が大きく上昇し、IPO数も2015年頃まで回復基調を続けた(図表4)。ペプチドリーム(2013年上場/バイオベンチャー)、CYBERDYNE(2014年上場/介護支援ロボット)といった独自性・話題性のある新規上場銘柄が株式市場で人気を集め、時価総額が数千億円に達するに至った。こうした株式市場の回復を受けて、VC等投資家の投資パフォーマンスが大きく改善した。リーマンショック後の苦しい時期には、ベンチャー企業の企業評価(株価)は現在より低かった。安い株価、有利な条件で投資した先が、アベノミクス後に晴れてIPOに至り、投資した当時は思いもよらなかった大きな利益を上げる、という事例も見られた。こうした背景もあって、リーマンショック後とは打って変わって、ベンチャー投資に資金が集まり始める。ベンチャー企業の資金調達金額は2012年に底を打ち、2014年頃から力強い伸びを見せ始める (図表6) 。景況感が回復し、VC等投資家の動きが活発化したことで、積極的に資金を調達しビジネスを拡大しようとするベンチャー企業が増加した。ベンチャー企業を取り巻く環境は、劇的に改善した。アベノミクス三本の矢のうち、金融政策、財政政策に続く第三の矢である成長戦略で、ベンチャー育成・支援が強く打ち出されたことも、大きなサポート要因となった。2013年6月に閣議決定された成長戦略「日本再興戦略 – JAPAN is BACK -」では、民間の力を最大限引き出し、新陳代謝とベンチャーを加速することが謳われた。最新の成長戦略「未来投資戦略2018」でも、その位置付けや重要性は変わらない。開業率・廃業率の引き上げ、VC投資額の倍増、ユニコーン2の創出等の成果目標が掲げられ、支援策が進められている(図表7)。この6月からは、世界で戦い、勝てるベンチャー企業を育成するプログラム「J-Startup3」が開始され、第一弾として92社の「特待生」ベンチャー企業が選抜された。そして、成長戦略の柱である「Society5.0」は、自動運転、IoT、人工知能(AI)等の先端技術を最大限に利活用して経済成長と社会課題の解決を図る社会モデルであり、イノベーションの担い手としてのベンチャー企業への期待は大きい。規制緩和に向けて規制のサンドボックス制度も新たに整備され、成長戦略によってビジネスチャンスは拡大している状況だ。

 




2 一般に、創業10年以内で企業価値が10億ドル以上(1ドル=112円換算で1120億円)の未上場ベンチャー企業を指す。
3 同プログラムの詳細については、拙稿「出でよ、次のユニコーン~経済産業省のプログラム「J-Startup」がスタート!~(2018年6月21日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58883?site=nliも参照されたい。
ii)投資家層の拡大

官民ファンドや大企業の投資によるところも大きい。2009年に設立された官民ファンド・産業革新機構(現・産業革新投資機構)は、2013年頃から人員を増強し、ベンチャー投資を拡大させてきた4。民間単独では事業化が難しい分野・テーマ、具体的には事業化や黒字化に時間と資金のかかる研究開発型ベンチャーへの支援、または、一定成長したベンチャーが世界展開等の更なる成長加速を目指して大規模資金調達するケースへの支援等に取り組んでおり、ベンチャー企業の資金調達で大きな存在感を示している。



大企業がベンチャーとの連携(投資・提携等)に積極的になっていることも挙げられる。これまで自前主義で強みを築いてきた大企業がオープンイノベーションに取り組み始めたこと、AI、IoTやFintechといった先端技術、新しいビジネスモデルへの期待や関心が高まってきたこと等が背景にある。大企業本体によるベンチャー投資も増加傾向だが、機動的に投資活動を行う「別働隊組織」として、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を傘下に設立する事例が相次いでいる5。CVCは、投資リターンだけでなく、事業シナジーも追求するのが特徴だ。リーマンショック後の時期は、IT・インターネット系事業会社傘下のVCが投資活動を広げていたが、現在はメーカー(オムロン:オムロンベンチャーズ等)、放送(フジテレビ:フジ・スタートアップ・ベンチャーズ等)、不動産(三井不動産:31 VENTURES等)、鉄道(東日本旅客鉄道:JR東日本スタートアップ等)といった幅広い業種でその動きが広がっている。



また、上場を果たしたベンチャー企業が、更なる成長を目指して、未上場ベンチャーに対して資本提携や買収をする動きも増えてきている。加えて、上場やM&Aで保有株式を売却し、創業者利益を獲得した起業家が、エンジェル投資家としてベンチャー企業に投資する例も増えてきた。そして、米国シリコンバレーで活動するアクセラレーターが日本にも進出した。投資家等、ベンチャー企業をサポートするプレイヤーが一層多様化し、厚みを増してきたことで、ベンチャー企業の資金調達環境、事業環境は大きく改善したと言えよう。



 




4 同機構の投資活動については、拙稿「産業革新機構のこれから~ベンチャー・エコシステムを育てる重責を担う~(2018年7月10日)」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59028?site=nliも参照されたい。
5 大企業によるCVC設立動向については、拙稿「大企業のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)~大企業によるオープンイノベーション~(2018年7月5日)」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=59010?site=nliも参照されたい。iii)環境好転の中でも注意したい点

こうした中で、色々な変化も起きている。まずは、有望ベンチャー企業を、投資家や大企業が取り合うような事態が起きている。こうした環境下では、ベンチャー企業が有利に資金調達を進めることも可能で、その企業評価(株価)は高くなる傾向がある。また、事業シナジーを優先する事業会社が株価をあまり気にせず投資を進めてしまうと、その傾向は強くなる。大きなEXITが望めるような環境であれば良いが、将来EXITする際に景気や市場環境が良いとは限らない。こうした現状では、有望ベンチャー企業であったとしても、採算が合わない投資案件については、無理せず投資を見送っているVCもあるだろう。同様に、投資に限らず、提携や共同研究といった協業の話も有望ベンチャー企業に集中する。資金や人員に限りがあるベンチャー企業にとって、多くの申し出を全て検討出来るわけではない。信頼して一緒にやっていける相手か、将来大きなビジネスに結びつくのか、ベンチャー企業側も大企業を選びたい。大企業側も、選ばれる「努力」が必要な状況だ。



また、最近は大型の資金調達が増えてきている。リーマンショック直後には、10億円を超えるような大型の資金調達はほとんど見られなかった。しかし、資金調達環境が大幅に改善し、10億円を超える大型の資金調達が増加している。その背景には、未上場でも大型の資金調達が可能な環境となったこと、無理して上場を急がずに事業の拡大を優先するベンチャーが増えてきていること等が挙げられる。



2018年に入っても、ベンチャーをめぐる環境は堅調に推移してきた。6月には、注目の日本発ユニコーン、メルカリ(フリーマーケットアプリ)がIPOを果たして話題になった。AI、IoT、宇宙関連等、幅広いジャンルのベンチャーが登場し、大型の資金調達を実施している。ベンチャー投資額の増加もあって、新たな上場予備軍が育ちつつある中、景気と株価が崩れなければ今後のIPO数も底堅さが期待出来そうだ。しかしながら、足もとではマザーズ指数に力強さが感じられない展開が続いている。世界経済が底堅く推移し、世界的な低金利環境の中で、日本のベンチャーも勢いを増してきたが、足もとでは米中貿易戦争の激化、米国の利上げの影響等、気になるリスクが増えてきている。景気拡大が長期化していることもあり、EXITまで長期の視点が必要なベンチャー投資では、景気循環、つまり景気拡大の終わりも視野に入れなくてはならない状況だ。景気や新興市場の底堅さがどこまで持続するのか、また次の景気後退期にベンチャー企業をめぐる環境がどうなっているのか、ベンチャー企業や投資家にとって気になるところだ。

 



3――一過性の「ブーム」で終わらせてはならない

1日本のベンチャーの課題

日本のベンチャーをめぐる環境を振り返ると、ネットベンチャー、バイオベンチャー、そして大学発ベンチャー等、過去何度かの大きな「ブーム」が到来し、去っていった。シリコンバレーに代表されるような、ベンチャー企業が次々と生まれる土壌、ベンチャー・エコシステム(生態系)がしっかりと根付くまでには至らなかった。



ベンチャーに関して日本が抱える課題は、今日に至るまで幾度となく議論されてきた。海外と比較して、起業にチャレンジする人、ベンチャー投資に回るリスクマネー(投資資金)、グローバルな視点、そして大企業とベンチャーの連携のいずれもが足りないこと、リスクが高く時間がかかる研究開発型・技術開発型のベンチャーが少ないこと等が挙げられてきた(図表8)。こうした課題は、即効性のあるソリューションがあるわけではなく、一朝一夕に解決するものではない。戦後の高度成長期から大企業中心に自前主義のイノベーションで成功してきた日本の産業構造、新卒一括採用・年功序列・終身雇用といったベンチャー企業に人材が流れにくい雇用慣習、バブル崩壊・デフレという低迷した経済環境、失敗に対して非寛容的な社会風潮等、日本の経済や社会の様々な要因・事象が絡み合った結果としての課題とも言える。



しかしながら、こうした課題に対して、足もとでは変化の兆しが見えてきているのも事実だ。ベンチャー投資家の多様化が進み、ベンチャー企業に流れる投資資金も増加基調にある。大企業もオープンイノベーションに前向きで、ベンチャーとの連携を前向きに検討し、動き始めている。そして、メルカリやペプチドリーム等、大きな成功事例が増えており、起業家を勇気づけるロールモデルが登場し始めている。政府も、成長戦略でイノベーションを力強く推進する姿勢を打ち出している。日本は、長年の課題解決に、そしてベンチャー・エコシステムを育て、根付かせる絶好のチャンスを迎えている。今日の盛り上がりを、一過性のブームで終わらせてはならない。官民を挙げた更なる取り組みが期待される状況だ。2世界は先を行く

この10年における国内の推移を見ると、日本のベンチャーをめぐる環境は大きく改善したと言ってよい。有望ベンチャー企業に人気が殺到し、一部ではバブルを心配する声も出る程の盛況ぶりである。この劇的な改善は、リーマンショック後の惨状から比べれば、大いに歓迎すべきものである。



しかし、世界を見渡すと、この現状に安心は出来ない。世界的にイノベーションを求める動きが加速し、低金利環境もあって、ベンチャー企業に巨額のリスクマネーが流れ込んでいる。日本と比べると、米中のベンチャー企業に流れ込むリスクマネーは「一桁違う」規模感であり、その差は圧倒的だ。米中を中心に、ユニコーンと呼ばれる巨大ベンチャー企業が次々と生まれ、調達した巨額の資金を元手に新たなビジネスを拡大している。急速なデジタル化が進み、巨大ITプラットフォーマーが業種の垣根を越えて席巻し、既存の市場や企業に脅威を与えている。米国のシリコンバレーだけでなく、中国(北京・上海・深圳)、インド(バンガロール)、イスラエル(テルアビブ)、英国(ロンドン)、フランス(パリ)等、各国政府による後押しもあって、各地でベンチャー・エコシステムが成長し、国際競争の様相を呈している。こうした世界的な潮流の中、日本の国際競争力を維持していくためにも、そして少子高齢化や人手不足等の社会課題をイノベーションで解決していくためにも、現状に満足することなく、更なる高い視座を持って、官民を挙げたベンチャー支援策に取り組んでいく必要性があろう。3更なる発展に向けて

世界で活躍し、イノベーションで社会課題を解決するベンチャー企業が、次々と自律的に生まれ育まれる土壌、豊かなベンチャー・エコシステムが構築されることが理想だ。夢破れたベンチャー企業であっても、その人材や技術が「養分」となって、次なる「芽」を生む。こうしたエコシステムの構築に向け、政府や大企業等、官民のベンチャーへの取り組みに、以下の3つの視点を期待している。



1つ目は、起業やベンチャーへの就職に挑戦する文化の醸成だ。優秀な若者が起業し、経営者として成功する事例も見られるとは言え、多くの人にとって起業やベンチャーへの就職はまだまだ縁遠く感じるだろう。学校教育における「起業家教育」の充実や、ベンチャー企業へのインターン推奨、更なるロールモデルの育成・周知、政府支援策の広報活動等を通じて、多くの人がより起業やベンチャーへの挑戦に前向きになれるような文化・環境を整えていくことが求められる。



2つ目は、人材育成だ。ベンチャーキャピタリスト、またはベンチャー支援や協業を行う人材を育成していくことが必要だ。起業家が、リスクをとって創業し、事業を大きくしていく上で、ベンチャービジネスや専門領域に精通したサポーターの存在は大きい。日本にも力のあるベンチャーキャピタリストは存在するが、より高いレベルのエコシステムを目指すのであれば、絶対数はまだまだ足りない。より大きなリスクマネーを獲得し、起業家を増やしていくためにも、力あるベンチャーキャピタリストを一層増やしていくことが求められる。とりわけ、研究開発型ベンチャーを力強くサポート出来るベンチャーキャピタリストをもっと増やしていく必要があろう。地方自治体等の支援組織にも、スペシャリストが多くいれば起業家は心強い。大企業にも、技術やビジネスモデルの目利きだけでなく、保有資源や企業文化が大きく異なるベンチャー企業と大企業の間の架け橋となって、オープンイノベーションを導き出せる人材を育てていくことが求められる。



例えば、官民ファンドについて言えば、難易度が高く民間VCが手掛けにくい分野において、民間VC等との共同投資を進めることで、彼らのリスクテイクを後押しし、貴重な経験を共有化出来る。また、ベンチャー企業への直接投資だけでなく、民間VCのファンドに出資することで、VCが投資活動を広げ、民間側でもノウハウ蓄積や人材育成が進んでいく。官民ファンドには、投資先ベンチャー企業そのものだけでなく、人材を含めたベンチャー・エコシステム全体を育成する役割を期待したい。また、大企業について言えば、ベンチャー企業の特性や、彼らとの仕事の進め方を深く理解している人材はまだまだ少ない。下請けとして振り回す、不用意に意思決定を先延ばしにする、といったことは資金も人員も足りないベンチャー企業の育成を阻害しかねない。ベンチャー企業に「選ばれる」、Win-Winの関係が築ける人材を育成していく必要がある。投資ノウハウを持つパートナーと組んでCVCを設立したり、ベンチャー企業との人材交流を積極化する中で、大企業側にも「起業家精神」に溢れ、オープンイノベーションを担える人材が増えていって欲しい。



そして最後の3つ目は、持続性・継続性だ。ベンチャー企業が育つには時間がかかる。例えば、CYBERDYNEは会社設立から上場を果たすまでに9年9ヶ月を要している。その間、リーマンショック、東日本大震災という厳しい環境にも遭遇した。景気後退といった環境の悪化があっても、軸足ぶれずに有望ベンチャー企業をサポートする長期的な視点が、政府や投資家等の取り組みに求められる。また、上述の人材育成にも時間がかかる。例えば、ベンチャーキャピタリストの場合、新米担当者がベンチャー企業の発掘、投資、経営支援、EXITの一連の流れを経験するだけでも数年かかる。また、目利き力や経営支援力の向上だけでなく、良い投資案件や最新トレンドの情報を入手するためには、良質なネットワーク(人脈)を築くことが求められる。いかに表に出てこない良質な情報にアクセス出来るかが勝負だからだ。このネットワークは、他のプレイヤーとの共同投資、投資先の販路開拓や人材採用といった経営支援等にも活きてくる。このネットワーク作りは、個人であっても組織であっても、ベンチャー業界の中で時間をかけて信頼関係とレピュテーションを築いていくしかない。これは、ベンチャーキャピタリストだけでなく、大企業のCVCやベンチャーとの協業に従事する担当者にも同じことが言える。人材育成やノウハウ蓄積に時間がかかることを考えると、ベンチャー企業への取り組みは、一旦止めると再開するハードルは相応に高い。やはり、果実を得るには継続が重要だ。



いつかくる次の景気後退期、次なる「ショック」が起きたときに日本の取り組みの真価が問われる。今回はブームに終わることなく、日本ならではのベンチャー・エコシステムが確立することを期待している。 



 







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