イスラエル・イノベーションの源泉「タルピオット・プログラム」の何が凄いのか?
イスラエル・イノベーションの源泉「タルピオット・プログラム」の何が凄いのか?:
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の主催で、「タルピオット・プログラムにみるイスラエルのイノベーション・システム」という講演会が11月13日に虎ノ門の中央合同庁舎で開催された。
講師のTomer Shussman氏は、まだ28歳という若さ。同氏は、2009年から2012年の3年間、タルピオット・プログラムを経験し、その後、物理学者として防衛省で勤務、テルアビブ大学で物理学の博士号を取得した後、2016年から今年9月まで、タルピオット・プログラムのチーフ・インストラクターとしてこのプログラムのマネジメントに携わってきた。
タルピオット・プログラムとは、ひとことでいえば「技術エリート」を養成する人材育成プログラムなのだが、現在のイノベーション大国イスラエルを実現した基盤、といっても過言ではない。今回、「中の人」により紹介されたこのプログラムの凄さについて紹介したい。
そんな状況で、初代の首相、David Ben-Grionは、国を維持・発展させるために、
"We need our best young people, those of high virture and moral, and of the highest intellectual abilities, to dedicate their time, skills, and lives for the proserity of our country.(私たちは、私たちの国の繁栄のために自らの時間と力と人生を捧げてくれる、高い倫理観と知力を持った優れた若者たちを必要とする)"
と言った。
このように、唯一の資源が「人」であり、できる限り人に投資することが必要だ、という思想の下、タルピオット・プログラムが開発されたのである。1979年に最初のクラスが実施された。プログラムは、イスラエル軍、ヘブライ大学、選抜された産業界メンバーという三者の協力により運営されている。こういった形態で運営をされている教育プログラムは、世界でも他に例がない。
イスラエル軍が関わっているという点から、タルピオットは軍事技術の研究開発をするプログラムと誤解をされることも多いが、あくまでプログラムのゴールは「Best Technological Leadership」を育てることである。
18歳から始まる3年間のプログラム卒業後は、6年間の兵役が義務となる。従って、この期間には、軍が求める技術開発に従事する。しかし、その後は大学の教授となったり、起業したり、と様々な道に進む。
現在、卒業生は累計で1074名いるが、そのうち約200名はアカデミズムに進んでいるという。例えば、ヘブライ大学の数学の教授であるElon Lindenstrauss氏も卒業生であり、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞している。また、サイバーセキュリティの老舗であるチェックポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ社もタルピオットの卒業生が創業した。
最初のステップは、毎年1万人の候補者のスクリーニングから始まる。まず、学校の成績や、軍による簡単なテストで候補者を3000人に絞り込む。この3000人は、第二ステップとして丸1日の「創造性テスト」を受ける。このテストは、物理、数学、コンピュータ・サイエンス、歴史、その他一般常識のテストである。ポイントは、単なる知識のテストではなく、テストを通して各自の創造性を評価する、という点にある。
このテストにより、候補者は200から300名に絞られる。合格者には第三ステップとして。グループワークショップが課せられる。このワークショップは、2泊3日の合宿で行われる。各グループには様々な課題が与えられる。例えば、ハーバードのビジネスケースを二つ与える。グループは二つに分かれ、各ケースの分析をし、なぜ自分たちのケースが他のケースより優れているか、を議論する。いわゆるディベートだが、単なるロジックではなく、必ず、技術的・数学的な分析と論点が求められる。
このワークショップを通して、誰が良く発言をしたか、誰がグループをリードしたか、誰が拙速な議論で誤った方向に議論を進めたか、といった各自のパーソナリティを含めた評価を行う。その結果、100名が選抜され、第四ステップのインタビューへと進む。
インタビューは、心理学者とプログラム・スタッフにより行われる。ワークショップの内容や結果について質問し、どれだけ各自が自分自身を理解していたか、改善点を見つけているか、などを評価し、最終的に50名が選ばれる。評価基準は、どれだけプロフェッショナルであるか、社会性があるか、世の中を良くしていこうという気概があるか、というような指標であるという。
日本の大学入試は、数時間のペーパーテストで競争率は数倍での選抜というものだが、これでは知識の量や問題解決能力は評価できるだろうが、パーソナリティや創造性は評価できないであろう。
タルピオットでは、1年以上の時間をかけて候補者の人物を精査し、1万人の中からわずか50人(0.5%)のベストな人材を選抜する。「人材育成」ということにイスラエルが真剣であることの表れといえるのではないだろうか。
極めて日本的な発想かもしれないが、このような厳しいテストの対策を目的とした学校での特別な教育プログラムや専門の塾などがあるか、を質問したところ、全く無いという回答だった。タルピオット・プログラム自体も、毎年内容を改善する努力をしているという点と、これだけ多面的なスクリーニング・プロセスというのは「小手先の傾向と対策」で対処できるようなものではない、ということであろう。
また、最終的に選抜される50名のうち、約30%が女性だという。10年前は女性比率が10%から20%程度だったようだが、近年は増加傾向にある。
これらの科目に加えて、"active seminars"というプログラムがある。これは、生徒自身が作りお互いに教え合うプログラムである。テーマは、national security、 economyy in Israel、 creative thinkingといったもので多岐にわたる。生徒自身が調べ、資料を作成し、プレゼンテーションを行う。必要に応じてグループ作業も行う。
エリート技術者を育てるプログラムではあるが、単に技術を教えるのではなく、経済やCreative Thinkingまで議論させるという点も特徴だ。東京工業大学に「リベラルアーツセンター」を開いた池上彰氏も理科系の学生が「教養」を身につけることの重要性を語っているが(リベラルアーツセンターのページへ)、通じる点があるように思う。
最後は、Hands-on Techonlogy Group Projectsという経験をする。タルピオット・プログラムは、生徒一人ひとりに3年間を通して何か「技術成果」を作ることを課す。昨年は、自動運転車や戦場で負傷した兵士の腕の血管を素早く正しく捜すシステムなどを開発した事例があるそうだ。
このプロジェクトのポイントは、生徒自身が他のアサインメントを持ちながら開発に割けられる自分の時間を決めたり、予算の使い方などすべてをマネジメントしなくてはならない点である。スタートアップ企業を経営するのに匹敵する経験をさせるのだ。生徒は3年間の間に3から4のプロジェクトを経験することを求められる。
1年は二つの学期で構成されるが、その学期の間に基礎的な軍のトレーニングも受ける。パラシュートの訓練やフィールドでの戦車の運転や潜水艦の操艦なども実際に経験する。インテリジェンス部隊も訪問し、軍の各部署でどのような業務を行っているかを学ぶ。一般の兵役では特定の部隊に従事することになるが、タルピオットの生徒は軍の様々な部署での経験を通じて幅広い視野を持つことになる。
これらの経験は「実用性」の視点を養う経験となる。例えば、彼らの技術力が優れていて、高性能な戦車が開発できたとしても、実際のフィールドで動かなくては意味がない。この視点は、彼らが将来、起業するときにも大きな力になる。
さらに重要なのは、"Leadership and Personal Developmet"と呼ばれる経験である。50名の生徒は3年間ヘブライ大学で寮生活をし、昼夜共に過ごす。学期と学期の間は軍のトレーニングを受ける。またクラスには、2名のタルピオット卒業生の兵士が付き、3年間を彼らと共に過ごす。彼らの役割は、50名の生徒の個別プログラム開発とコーチングである。したがって、同じグループワークをしながらも、個々の生徒に合わせたパーソナルな研修を受けていることになる。また、この3年間、繰り返し生徒同士がお互いを評価し、フィードバックをすることも求められる。このような経験を通して、個々の生徒にリーダシップが養われ、人間的な成長にもつながる。
イスラエル軍にはサイバーセキュリティで有名な8200部隊があり、タルピオットも8200部隊と並列に語られることが多いが、あくまでタルピオットは研修プログラムであり、その卒業生の一部が兵役として8200部隊にも行くと考えるのが正しい。
思い出してほしいのは「この時点で彼らはまだ21歳」という点である。タルピオット・プログラムは3年間で終わるが、プログラムの運営側は、個々の生徒が30歳前後になるまで、そのキャリアをエスコートするそうだ。育てた人材がその力を発揮できるように、卒業後も見守るのである。
6年間の兵役の間にさらに大学に学び、二つ目の学位を取る人もいる。6年間の兵役後、引き続き軍に残る人材もいれば、アカデミズムに進む人間もいるし、起業を志す人間もいる。それぞれが最適な道を選べるように、タルピオット側が個々のキャリア開発を支えているのである。そして、どの道を選択するにせよ、3年間寝食を共にしたクラスメートの絆は非常に強い。
この人材育成プログラムを経験したトップエリートの50名が、非常に深い人間関係を維持し、折に触れて相談・情報交換することができる、というのがイスラエルの強みの源泉の一つであろう。
イスラエルのイノベーション・エコシステムとして兵役や投資の仕組みが語られる事は多いが、タルピオット・プログラムの詳細を知る機会はなかなかなかった。その意味で、今回は大変貴重な講演会であった。
日本の初等教育では、出る杭を引き上げることは少なく、落ちこぼれをなくす側に注力した「平等」な教育が行われている。結果として、「他者と同じであること」に気を配る子供が増え、高等教育側も学ぶ目標をはっきり持てない学生のモラトリアムの場、になっている事が多いのではないだろうか。
エネルギーや鉱物資源がなく、人に投資をする必要がある、という意味では日本もイスラエルと大差はない条件にあるはずだ。高度経済成長期に日本が発展を遂げられたのは、その教育のおかげで国民の平均レベルが比較的高く、質の良い労働者が会社という組織の中で活躍できた、ということはいえるだろう。
しかし、人口が減少傾向に転じ、経済も停滞しつつある現在、日本に新たな変革をもたらすのは、高度経済成長を支えた平均点の高い人材ではなく、志が高くリーダシップもある少数精鋭のエリートではないだろうか。
教育、人材育成が国家の基盤であることは論を待たない。イスラエルのように大きな手間をかけて優秀な人材を育てている国が現実にあり、しかも成果を上げている、という事実を知ることは、今日の日本にとって大変重要な観点ではないだろうか。
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の主催で、「タルピオット・プログラムにみるイスラエルのイノベーション・システム」という講演会が11月13日に虎ノ門の中央合同庁舎で開催された。
講師のTomer Shussman氏は、まだ28歳という若さ。同氏は、2009年から2012年の3年間、タルピオット・プログラムを経験し、その後、物理学者として防衛省で勤務、テルアビブ大学で物理学の博士号を取得した後、2016年から今年9月まで、タルピオット・プログラムのチーフ・インストラクターとしてこのプログラムのマネジメントに携わってきた。
タルピオット・プログラムとは、ひとことでいえば「技術エリート」を養成する人材育成プログラムなのだが、現在のイノベーション大国イスラエルを実現した基盤、といっても過言ではない。今回、「中の人」により紹介されたこのプログラムの凄さについて紹介したい。
プログラム創設の背景とビジョン
イスラエルは1948年に建国されたが、その当時のユダヤ人の人口は約70万人程度でしかなく、中東地域にありながらその国土には石油・天然ガスなどの鉱物資源は全くなかった。しかも、南半分は砂漠地帯である。地政学的にも、対立する(イスラエルという国の存在自体を認めない)国々に周囲を囲まれている。そんな状況で、初代の首相、David Ben-Grionは、国を維持・発展させるために、
"We need our best young people, those of high virture and moral, and of the highest intellectual abilities, to dedicate their time, skills, and lives for the proserity of our country.(私たちは、私たちの国の繁栄のために自らの時間と力と人生を捧げてくれる、高い倫理観と知力を持った優れた若者たちを必要とする)"
と言った。
このように、唯一の資源が「人」であり、できる限り人に投資することが必要だ、という思想の下、タルピオット・プログラムが開発されたのである。1979年に最初のクラスが実施された。プログラムは、イスラエル軍、ヘブライ大学、選抜された産業界メンバーという三者の協力により運営されている。こういった形態で運営をされている教育プログラムは、世界でも他に例がない。
イスラエル軍が関わっているという点から、タルピオットは軍事技術の研究開発をするプログラムと誤解をされることも多いが、あくまでプログラムのゴールは「Best Technological Leadership」を育てることである。
18歳から始まる3年間のプログラム卒業後は、6年間の兵役が義務となる。従って、この期間には、軍が求める技術開発に従事する。しかし、その後は大学の教授となったり、起業したり、と様々な道に進む。
現在、卒業生は累計で1074名いるが、そのうち約200名はアカデミズムに進んでいるという。例えば、ヘブライ大学の数学の教授であるElon Lindenstrauss氏も卒業生であり、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞している。また、サイバーセキュリティの老舗であるチェックポイント・ソフトウェア・テクノロジーズ社もタルピオットの卒業生が創業した。
長く厳しい選抜のプロセス
イスラエルでは、18歳から兵役の義務がある。その2年前、16歳からタルピオットのスクリーニング・プロセスが始まる。タルピオットに選抜されるということは、本人にとって大変な名誉であり、多くの若者が目指す目標となっている。希望するものは誰でも候補者となれる、というオープンさも備えている。最初のステップは、毎年1万人の候補者のスクリーニングから始まる。まず、学校の成績や、軍による簡単なテストで候補者を3000人に絞り込む。この3000人は、第二ステップとして丸1日の「創造性テスト」を受ける。このテストは、物理、数学、コンピュータ・サイエンス、歴史、その他一般常識のテストである。ポイントは、単なる知識のテストではなく、テストを通して各自の創造性を評価する、という点にある。
このテストにより、候補者は200から300名に絞られる。合格者には第三ステップとして。グループワークショップが課せられる。このワークショップは、2泊3日の合宿で行われる。各グループには様々な課題が与えられる。例えば、ハーバードのビジネスケースを二つ与える。グループは二つに分かれ、各ケースの分析をし、なぜ自分たちのケースが他のケースより優れているか、を議論する。いわゆるディベートだが、単なるロジックではなく、必ず、技術的・数学的な分析と論点が求められる。
このワークショップを通して、誰が良く発言をしたか、誰がグループをリードしたか、誰が拙速な議論で誤った方向に議論を進めたか、といった各自のパーソナリティを含めた評価を行う。その結果、100名が選抜され、第四ステップのインタビューへと進む。
インタビューは、心理学者とプログラム・スタッフにより行われる。ワークショップの内容や結果について質問し、どれだけ各自が自分自身を理解していたか、改善点を見つけているか、などを評価し、最終的に50名が選ばれる。評価基準は、どれだけプロフェッショナルであるか、社会性があるか、世の中を良くしていこうという気概があるか、というような指標であるという。
日本の大学入試は、数時間のペーパーテストで競争率は数倍での選抜というものだが、これでは知識の量や問題解決能力は評価できるだろうが、パーソナリティや創造性は評価できないであろう。
タルピオットでは、1年以上の時間をかけて候補者の人物を精査し、1万人の中からわずか50人(0.5%)のベストな人材を選抜する。「人材育成」ということにイスラエルが真剣であることの表れといえるのではないだろうか。
極めて日本的な発想かもしれないが、このような厳しいテストの対策を目的とした学校での特別な教育プログラムや専門の塾などがあるか、を質問したところ、全く無いという回答だった。タルピオット・プログラム自体も、毎年内容を改善する努力をしているという点と、これだけ多面的なスクリーニング・プロセスというのは「小手先の傾向と対策」で対処できるようなものではない、ということであろう。
また、最終的に選抜される50名のうち、約30%が女性だという。10年前は女性比率が10%から20%程度だったようだが、近年は増加傾向にある。
多様な3年間のプログラム
50名の生徒は、まず、アカデミックのプログラムとして、物理、数学、コンピュータ・サイエンスを学ぶ。これら3科目はサイエンスの基礎と考えられており、徹底的に学び、学位を取ることを求められる。この基礎となる3科目は、他のサイエンスの分野でも通じる"wide perspective(物事を見通す力)"を養うと考えられている。これらの科目に加えて、"active seminars"というプログラムがある。これは、生徒自身が作りお互いに教え合うプログラムである。テーマは、national security、 economyy in Israel、 creative thinkingといったもので多岐にわたる。生徒自身が調べ、資料を作成し、プレゼンテーションを行う。必要に応じてグループ作業も行う。
エリート技術者を育てるプログラムではあるが、単に技術を教えるのではなく、経済やCreative Thinkingまで議論させるという点も特徴だ。東京工業大学に「リベラルアーツセンター」を開いた池上彰氏も理科系の学生が「教養」を身につけることの重要性を語っているが(リベラルアーツセンターのページへ)、通じる点があるように思う。
最後は、Hands-on Techonlogy Group Projectsという経験をする。タルピオット・プログラムは、生徒一人ひとりに3年間を通して何か「技術成果」を作ることを課す。昨年は、自動運転車や戦場で負傷した兵士の腕の血管を素早く正しく捜すシステムなどを開発した事例があるそうだ。
このプロジェクトのポイントは、生徒自身が他のアサインメントを持ちながら開発に割けられる自分の時間を決めたり、予算の使い方などすべてをマネジメントしなくてはならない点である。スタートアップ企業を経営するのに匹敵する経験をさせるのだ。生徒は3年間の間に3から4のプロジェクトを経験することを求められる。
1年は二つの学期で構成されるが、その学期の間に基礎的な軍のトレーニングも受ける。パラシュートの訓練やフィールドでの戦車の運転や潜水艦の操艦なども実際に経験する。インテリジェンス部隊も訪問し、軍の各部署でどのような業務を行っているかを学ぶ。一般の兵役では特定の部隊に従事することになるが、タルピオットの生徒は軍の様々な部署での経験を通じて幅広い視野を持つことになる。
これらの経験は「実用性」の視点を養う経験となる。例えば、彼らの技術力が優れていて、高性能な戦車が開発できたとしても、実際のフィールドで動かなくては意味がない。この視点は、彼らが将来、起業するときにも大きな力になる。
さらに重要なのは、"Leadership and Personal Developmet"と呼ばれる経験である。50名の生徒は3年間ヘブライ大学で寮生活をし、昼夜共に過ごす。学期と学期の間は軍のトレーニングを受ける。またクラスには、2名のタルピオット卒業生の兵士が付き、3年間を彼らと共に過ごす。彼らの役割は、50名の生徒の個別プログラム開発とコーチングである。したがって、同じグループワークをしながらも、個々の生徒に合わせたパーソナルな研修を受けていることになる。また、この3年間、繰り返し生徒同士がお互いを評価し、フィードバックをすることも求められる。このような経験を通して、個々の生徒にリーダシップが養われ、人間的な成長にもつながる。
卒業後は?
3年間のタルピオット・プログラムを卒業すると、最低6年間の兵役義務が課せられる。どの部隊でどのような仕事をするかは、各自の希望や能力に合わせて決められる。また、軍の側もトップの部隊やプロジェクトだけがタルピオットの卒業生を受け入れることができる。多くの場合「新しい」プロジェクトが重要とみなされ、卒業生が配属されることが多いようだ。イスラエル軍にはサイバーセキュリティで有名な8200部隊があり、タルピオットも8200部隊と並列に語られることが多いが、あくまでタルピオットは研修プログラムであり、その卒業生の一部が兵役として8200部隊にも行くと考えるのが正しい。
思い出してほしいのは「この時点で彼らはまだ21歳」という点である。タルピオット・プログラムは3年間で終わるが、プログラムの運営側は、個々の生徒が30歳前後になるまで、そのキャリアをエスコートするそうだ。育てた人材がその力を発揮できるように、卒業後も見守るのである。
6年間の兵役の間にさらに大学に学び、二つ目の学位を取る人もいる。6年間の兵役後、引き続き軍に残る人材もいれば、アカデミズムに進む人間もいるし、起業を志す人間もいる。それぞれが最適な道を選べるように、タルピオット側が個々のキャリア開発を支えているのである。そして、どの道を選択するにせよ、3年間寝食を共にしたクラスメートの絆は非常に強い。
この人材育成プログラムを経験したトップエリートの50名が、非常に深い人間関係を維持し、折に触れて相談・情報交換することができる、というのがイスラエルの強みの源泉の一つであろう。
イスラエルのイノベーション・エコシステムとして兵役や投資の仕組みが語られる事は多いが、タルピオット・プログラムの詳細を知る機会はなかなかなかった。その意味で、今回は大変貴重な講演会であった。
日本の初等教育では、出る杭を引き上げることは少なく、落ちこぼれをなくす側に注力した「平等」な教育が行われている。結果として、「他者と同じであること」に気を配る子供が増え、高等教育側も学ぶ目標をはっきり持てない学生のモラトリアムの場、になっている事が多いのではないだろうか。
エネルギーや鉱物資源がなく、人に投資をする必要がある、という意味では日本もイスラエルと大差はない条件にあるはずだ。高度経済成長期に日本が発展を遂げられたのは、その教育のおかげで国民の平均レベルが比較的高く、質の良い労働者が会社という組織の中で活躍できた、ということはいえるだろう。
しかし、人口が減少傾向に転じ、経済も停滞しつつある現在、日本に新たな変革をもたらすのは、高度経済成長を支えた平均点の高い人材ではなく、志が高くリーダシップもある少数精鋭のエリートではないだろうか。
教育、人材育成が国家の基盤であることは論を待たない。イスラエルのように大きな手間をかけて優秀な人材を育てている国が現実にあり、しかも成果を上げている、という事実を知ることは、今日の日本にとって大変重要な観点ではないだろうか。
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