あなたの‘信用’、何点ですか?―中国12都市をモデルに進む「社会信用システム」とは?

あなたの‘信用’、何点ですか?―中国12都市をモデルに進む「社会信用システム」とは?: ■要旨

 



  • 中国政府は2020年までに、国民の社会秩序の向上を目指す「社会信用システム」の構築を目指している。アリババのゴマスコアなど商用の信用偏差値とは別の、国による国民への信用格付けだ。


     
  • 政府による「信用ポイント」が高い人はより便利な生活サービスを利用でき、ルールを守らない人には行動の制限を加えるという、国による信賞必罰の評価システムである。


     
  • 例えば、モデル都市である山東省威海市の場合、市民はポイントに応じてAAA、AA、A、B、C、Dの6ランクに分けられる。持ち点1,000点から加点、減点されるわけだが、例えば献血1回で10点加点、酒酔い運転で50点減点という具合である。


     
  • 特典もある。AAA、AAの信用度が高い市民は、住宅ローンの金利が引き下げられたり、市のスポーツセンターを利用する場合は料金が安くなったりする。


     
  • 信用ポイントの導入により、市民の行動が変化し、社会秩序の向上はある程度見込めるかもしれない。しかし、信用ポイントは一生記録され続け、可視化されている。一生を左右するライフイベントでの活用が進めば、社会における格差を助長し、定着させてしてしまう恐れがある。


■目次



1-国が12のモデル都市を発表、目指す2020年までの全国導入

2-中央政府×政府機関×地方政府と、末端まで張り巡らされる個人の信用システム網

3-献血で信用ポイント10点獲得?、政府が考える品行方正な市民とは?

4-便利な生活、社会秩序の向上の影に潜む格差の助長や定着の恐れ(私見)もし、社会で生きていく上で、自分に点数やランクがつけられているとしたら、どうだろう。中国政府は2020年までに、国民の社会秩序の向上を目指す「社会信用システム」の構築を目指している。アリババのゴマスコアなど商用の信用偏差値とは別の、国による国民への信用格付けだ。信用ポイントが高い人はより便利な生活サービスを利用でき、ルールを守らない人には行動の制限を加えるという、国による信賞必罰の評価システムである。

 



1-国が12のモデル都市を発表、目指す2020年までの全国導入

2018年1月、中国政府は「社会信用システム」のモデル都市として、12の都市を発表した1。それは、杭州市、南京市、アモイ市、成都市、蘇州市、宿遷市、惠州市、温州市、威海市、濰坊市、義鳥市、栄成市である(図表1)。国が主導するこの取組みは、2014年6月に国務院が発表した「社会信用システム構築の計画大綱(2014-2020年)」(以下、大綱)に端を発している。2015年以降、43都市が候補として、それぞれ取組みを行ってきた。その中で、2018年1月に12のモデル都市が正式に選出された。



図表1より、(成都市を除き)12都市の多くが東部沿海地域に位置していることがわかる。また、図表2の各都市の人口と経済規模をみると、人口規模が1,000万人ほどで(1,000万人以上を含む)、域内総生産が1兆元以上の蘇州市、成都市、杭州市、南京市などの大規模な都市に加えて、人口、域内総生産の規模がその半分以下(人口が500万人前後、域内総生産が5,000億元以下)のアモイ市、惠州市、威海市など中規模都市と、大きく分けて2つのカテゴリーに分類される。

 




1 12のモデル都市は、国家発展・改革委員会「首批社会信用体系建設示範城市名単公布」(2018年1月9日)による。ただし、モデル都市の指定を受けていなくても、各都市が自主的に実施をしている。
 





2-中央政府×政府機関×地方政府と、末端まで張り巡らされる個人の信用システム網

では、12のモデル都市はどのように選出されたのであろうか。



2014年に大綱が発表されて以降、国務院や発展改革委員会を中心に、2015年から2016年にかけて多くの関連の規定や通知が発表されている(図表3)。同時に、モデル候補都市として、2015年に11都市、2016年に32都市が追加で認定され、合計43のモデル候補都市が選出された(図表4)。モデル候補都市は民間のプラットフォーマーと提携することでノウハウを受け、それに独自の指標を加え、市単位の社会信用システムの構築に取り組んだ。2017年には政府がモデル都市を評価すべく、評価・審査の指標が正式に発表され、審査も行われている。最終的に審査にあたったのは、国家発展改革委員会、人民銀行から委託された国家改革報社(国家発展改革委員会が主管するメディア)や中国人民大学、中国財形大学などの学術機関であった。一方、「大綱」発表前の2013年には、法の裁きに従わない人(自然人)を中心に、行動に制限をかける信用システムの構築がすでに始まっていた2。2013年、最高人民法院(最高裁判所)と中国人民銀行(中央銀行)は、「失信被執行人」のブラックリストを共有化する備忘録を結んでいる。「失信被執行人」は、裁判所が通知や命令を出しているのに、それに従わなかったり、罰金や債務を支払わない者で、法院が認定する。



当初、法院と銀行間の連携で始まったが、2018年末時点では、中国の60以上の省庁、政府機関が連携し、個人や法人の情報を蓄積・管理する共同のプラットフォーム「信用中国」を構築している3。この信用中国では、各機関の奨励情報、ブラックリストなど賞罰情報を公表している。



一旦、失信被執行人と認定されれば、氏名、年齢、IDナンバー、法院からの通知内容、執行状況などが信用中国のウェブサイトで公表される4



更に、失信被執行人が、指定された期間中に罰金を支払わないなど法院の命令に従わない場合は、高額消費や生活・仕事で必要とは判断されない消費を制限されることになる。それは(1)航空券、列車(軟座)、貨客船(2等以上)の席の購入、(2)星付きの旅館・ホテル、ナイトクラブ、ゴルフ場などにおける高額消費、(3)不動産の購入または新築、増築、住宅の高級改装、(4)ハイレベルなオフィス、ホテル、マンションなど賃貸しての就業、(5)業務に必要のない車輌の購入、(6)旅行、バカンス、(7)高額な学費がかかる私立学校への子女の就学、(8)高額な保険料を必要とする貯蓄・投資性保険商品への加入、(9)高速列車など一等以上の席の購入である5。最高人民法院のウェサイトでは、消費や行動を制限されている対象者のリストも別途公表されている。



このように、当初は中国の法律や政府から見て信用度の低いと判断された者を対象に行われていたが、60の政府機関による‘横の連携’に、中央政府、32の省・直轄市・自治区、40の地方都市(地方政府)など‘縦の連携’が加わることで、大きな社会システムへと発展した。地方政府は、信用中国の地方版を活用しながら信用ポイントを運用し、民間のプラットフォーマーとも連携することでそのシステムを市民の末端まで浸透させるつもりだ。



 




2 2008年~2012年の全国の法院(裁判所)において、債務者や判決を受けた者で支払い能力があるのにもかかわらず、7割が逃亡、責任逃れ、抵抗などで支払いを拒否しており、法の執行力が弱かった。(人民ネット2013年7月20日)。なお、中国人民銀行は、2013年に3月に、中国における信用情報の監督機関となり、市場化が開始されている。
3 信用中国ウェブサイト、「2018社会信用十大進展」(2019年1月2日発表)。
4 個人(自然人)のみならず、法人についても適用されている。
5 「最高人民法院关于限制被執行人高消費的若干規定」(2015年7月改定版)。最高人民法院のウェブサイトの統計によると、2018年12月4日までで、公表された失信被執行人のリストは1,261万例、飛行機への搭乗が制限されたのはのべ1,653万人、列車への乗車制限はのべ540万人であった(2018年12月5日アクセス)。
では、地方政府による信用ポイントとは具体的にはどのようなものであろうか。各市で内容が異なるため、ここでは2018年11月に正式に運用が開始された山東省威海市を例に見てみたい。



まず、威海市の信用ポイントの名称は「海貝ポイント」である。海貝(貝)は、中国古代において貨幣として利用され、富と信用を表すものであり、威海市が海洋都市である点からも選出されたようである6



対象者は、満18歳以上、民事行為能力を持つ、威海市の住人(常住人口)となる。個人を対象とした海貝ポイントは1,000点の持ち点からスタートする。ポイントは、その多寡に応じて6つにランク分けされ、AAA(1,150点以上)、AA(1,050~1,149点)、A(1,000~1,049点)、B(950~999点)、C(801~949点)、D(800点以下)となっている(図表5)。Cが信用度の警告レベルにあたり、B以上で一定程度信用度があると判断されることになる。なお、開始されて間もないこともあるが、2018年末時点で、威海市の満18歳以上の常住人口225万人のうち、A級以上がおおよそ90%を占めている7。海貝ポイントは、(1)政府や国からの表彰・奨励、(2)公共サービス、(3)法令順守、(4)社会責任の履行、(5)道徳・公益の5分野について付与されている。対象となる評価項目は合計29分類3,411項目で、減点内容と加点内容で構成されている。



海貝ポイントは、ゴマスコアなどプラットフォーマーによる商用系スコアとは異なり、学歴や職歴、家族などの個人情報は評価のポイント付与の対象外となっている。市民の生活における品行向上や法令・社会秩序の順守など、民度を引き上げる点により重きが置かれているからであろう。それゆえ、何をしたら具体的に何点加点されるのか、何点減点されるかなどが公表されており、商用系スコアよりも分かりやすい仕組みとなっている。自身の点数は、ウェブサイトや専用のアプリなどで、氏名やIDナンバー、携帯番号を入力すれば確認が可能である(図表6)。なお、減点内容の有効期間は、評価対象となる行為が発生した日または事象が終了した日から3年間、加点内容は5年間となる。加えて、1年経過後、減点がなかった場合、翌年には自動的に10点が加算されることになっている。2年続けて減点がなかった場合は20点、3年の場合は30点という形で加点されていくことになっている。本人の信用度は点数で可視化され、より高いポイントを獲得した人は、より便利な社会サービスを受けられるという特典がある。



まず、海貝ポイントの減点内容から見てみよう。例えば、減点の対象となる内容は、共産党の規律、政治規律、司法、納税など25分類3,242項目にわたり、全項目のうち95%を占めている(図表7)。本人が受けた行政処罰の内容や程度、ルール違反の情況によって減点の程度も異なる。



25分類のうち、減点項目数が最も多かったのは「農林水産漁業」(832項目)で、次いで「文教・体育」(302項目)であった。



図表7の下表は、減点内容の一例として、「公共安全」、「公共サービス」の一部を抜粋したものである。例えば、酒酔い運転で6ヶ月の免許差し押さえ、且つ、1,000元以上2,000元以下の罰金に処された者は、50点減点されることになる。また、中国では医療費の自己負担が重い点が社会問題ともなっているが、医療費の支払いの遅れも減点の対象となっている。未納の医療費が5,000元以下で、退院後、支払いの遅れが90日を超えると、10点減点となる。なお、全項目のうち、減点が最も大きいのは670点である。それは「生産時の安全性」の項目で、地質探査企業で掘削作業に従事する者に対して規定に基づいて安全研修をしなかった場合で、1万元以上1万3,000元以下の罰金に処されている直接責任者及びその他の責任者が対象となっている。このように、業務上の過失についても減点の対象となる。



一方、加点内容は(1)政府による表彰・奨励、(2)社会公益、(3)金融・住宅積立金の貸付、(4)企業名誉の4分類169項目である(図表8)。減点項目が3,000項目を超えている点を考えると、加点内容は遥かに少ない。



加点内容を見ると、国、省、県レベルまたは各政府部門が設けた「表彰・奨励」が142項目で最も多い。例えば、体育局は、オリンピックや世界選手権、アジア大会など国際的に重要な大会で上位8位以内であった選手とその監督に対しては60点加点するとしている。



また、図表8の加点内容の一例は「社会公益」分野の7項目のうち、3項目を抜き出して示したものである。例えば、年間の寄付額が10万元超~50万元以内であれば30点加点されることになる。献血であれば1回につき10点が加点されることになる。なお、加点が最も大きいのは、「政府による表彰・奨励」のうち、国による道徳模範への表彰で150点である8。では、海貝ポイントが高い市民にはどのような特典があるのであろうか。



威海市は、海貝ポイントのレベルがAAA(1,150点以上)、AA(1,050~1,149点)の場合について、住宅ローン、文化・体育・観光、医療サービス、公共サービス、政務領域の5分類13項目の特典を設けている(図表9)。



例えば、AAAの市民は、住宅ローンの金利が通常の金利よりも5~10%低くなる。中国において住宅は結婚などを見据えた上で重要なツールであり、高額化しているため、金利の引き下げはインセンティブとして大きい。また、病院に入院する際、病状の程度などに基いて一定程度の入院費を予め支払う(デポジット)必要があるケースがあるが、AAAの市民はこのデポジットを5万元分まで免除される。急な入院で多額の現金をすぐに用意できない場合を考えると、生活における一つの安心材料となるであろう。ただし、運用後まだそれほど経っていないことや、そもそも社会秩序、市民の品行やルール遵守を目的としていることから内容としてはそれほど充実していない。このように、努力して信用を維持し、ポイントを積み重ねれば、お得な社会サービスを受けることができる。本来の導入目的が、社会秩序の向上、市民の品行やルール遵守を出発点としていることからも、減点の項目数が圧倒的に多く、加点の項目数は限定的である。この点から、点数をある程度維持するには、いかに減点されないか、いかに品行方正に生活するかが重要となってくる。ただし、今後は、信用の評価のみならず、ポイントの多寡に基いた金融ローンなど市場化に向けた検討もされている9





 




6 各モデル都市では、実施する信用ポイントについて名前をつけている。例えば、杭州市の場合は「銭江ポイント」、蘇州市は「桂花ポイント」、福州市は「ジャスミンポイント」などである。威海市は「海貝ポイント」をネット投票で決定した。
7 A級以上の割合については威海市人民政府弁公室「全国地級城市信用威海排第六」(2018年12月28日発表)による。なお、評価は2017年1月1日に遡って適用される。
8 国による道徳模範への表彰以外に、省による表彰「中国好人」、国による表彰「労働模範」など3項目が150点の最高点となっている。
9 「関于在全市開展”海貝分”個人信用積分的試行意見」(2018年11月2日発行)
 





4-便利な生活、社会秩序の向上の影に潜む格差の助長や定着の恐れ(私見)

威海市の例を見てきたが、中国では、12のモデル都市、またそれ以外でもそれぞれ独自の社会信用システムを導入している都市は多い。独自のノウハウを持たない都市は、アリババグループ傘下の芝麻信用管理有限公司(ゴマ信用)などから技術を提供してもらったり、サポートを受けるケースが多い10。アリババグループのお膝元である杭州市(浙江省)、更には宿遷市(江蘇省)などのモデル都市は、市が管轄するプラットフォームとゴマ信用のプラットフォームを連携することで運用を開始している。そもそも、ゴマスコアなどの仕組みは民間のプラットフォーマーであるアリババグループが先行して社会に導入したものである。中央、地方政府はその仕組みやノウハウを吸い上げて広く活用しているのに過ぎない。



中国では、今後、消費行動、社会活動、法律や社会のルールの順守などの日々の行動がスコア化されることになる。ネット上の消費行動は、プラットフォーマーの商用系の信用スコア(例:ゴマスコア)で評価され、社会生活におけるルールの順守、社会活動については各市が実施する信用ポイント(例:威海市の海貝ポイント)でも評価され、更に、法の裁きに従わない場合は、行動に制限をかける信賞必罰の社会信用システムで管理されることになる。



中国では歴史的に個人情報を国(共産党)が管理する制度(「人事档案制度」)がある。そのため、個人情報を国が管理することを受け入れやすい国民意識や、ネットが社会にあまりにも急速に浸透したことによって、個人情報に対する権利意識の醸成は置き去りにされたままだ。政府は個人情報の保護を謳いながらも、2017年6月には「国家情報法」を施行し、いかなる個人、法人とも国の情報活動に協力する義務があるとした11



信用ポイントの導入により、市民の行動が変化し、社会秩序の向上はある程度見込めるかもしれない。しかし、その一方で、中国が既に抱える所得格差、社会保障格差に加えて、本人の信用度による新たな格差―信用格差を生む可能性がある。信用ポイントは一生記録され続け、可視化されている。加えて、ゴマスコアのように、入学、結婚、就職・転職、住宅購入など一生を左右するライフイベントでの活用が進めば、格差を助長し、定着させてしてしまう恐れがある。信用ポイントは政府が運営するものであり、その影響力は商用系の信用スコアよりも大きい。スマホやネットで生活が便利になり、社会秩序が向上したからといって、単純には喜べない社会が待っているのだ。



 




10 中国において、個人の信用を評価する許可を与えられている企業は8社ある。芝麻信用管理有限公司(ゴマ信用)はそのうちの1社。
11 個人情報の保護については「中国ネットワーク安全法」(2017年6月)等においても定められている。
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