健康寿命が延びたら国の医療費を削減できるの?
健康寿命が延びたら国の医療費を削減できるの?: 健康寿命への関心が高まっています。「健康寿命の延伸」は、骨太方針2018においても、目標として掲げられ、特定健診(いわゆるメタボ健診)や歯科健診の推奨、運動の推奨、フレイル1対策等が行われています。さらに、健康で暮らせる期間が延びて、平均寿命との健康寿命との差(不健康期間)が短縮することによって、国の医療費が削減される可能性についても議論されています。
健康で暮らせる期間が延びることは、誰もが願うことでしょう。高血圧、高血糖、脂質異常を改善したり、筋力増強・健康増進による健康状態の改善は多くの研究で確認されています。そのため、予防可能な疾病に対して、予防策を講じることに反対する意見は少ないと思われます。
しかし、予防によって健康で暮らせる期間が延びたとして、それによって国の医療関連費が削減できるかと言うと、これは別の問題で、現在のところ削減できることが確認できる研究が十分に蓄積されているとは言えません。
本稿では、長寿化、生活習慣による危険因子と寿命や生涯医療費、国の医療関連費の関係についての代表的ないくつかの見解を紹介したいと思います。
1 フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間の状態を言います(日本老年医学会)1|長寿化による医療費増加分はさほど大きいものではない
一般に、医療費は、年齢とともにゆるやかに増加し、高齢期に急激に高くなります。長寿化にともない、高齢者の健康状態が改善すると、医療費が急激に高くなるタイミングは、より高齢へと先送りされます。ただし、健康状態が改善してきているとは言え、年齢を重ねれば、病気やケガが増えるので、大まかにいえば、寿命が延びた分、医療費はゆるやかに増加すると考えられます2が、さほど大きいものではありません。
2 終末期の医療費が問題となることがあります。しかし、死亡前1か月間の医療費は、国民医療費の4%程度であることが知られています。最近では、終末期における医療費は高齢ほど低いことから、長寿化により終末期を先送りすることによって、終末期にかかる医療費の削減可能性に関する研究があります(たとえば、鈴木亘「レセプトデータによる終末期医療費の削減可能性に関する統計的考察」学習院大学経済論集、2015年第52巻第1号)。2|危険因子を取り除くことで寿命延伸・医療費削減の可能性が模索されている
経済産業省の資料によると、ある自治体の国保データを使った分析で、生活習慣病の危険因子とされる高血圧、高血糖、脂質異常を持つ人、歩行時間1時間以上の人は、危険因子を持つ人、歩行時間1時間未満の人と比べて、平均余命が長い上、生涯医療費が低いことが紹介されています3(図表1)。また、国民の健康状態が動態的に変化することを前提とした各疾患分野における予防対策を行った場合の60歳以上の医療費を試算した結果、生活習慣病予防やフレイル・認知症予防で、およそ20年間で数百億円の医療費削減が見込めるといった研究も紹介されています4。
こういった研究から、予防政策によって、長生きしながら生涯医療費を削減できる可能性に期待がもたれています(図表2)。
3 厚生労働科研費研究「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究(代表辻一郎)総合研究報告書」。なお、同研究で、喫煙については、喫煙者は非喫煙者と比べて余命が短く生涯医療費も低い。BMIについては、普通(BMI18.5~25)は、余命は過体重(同25~30)に次いで長く、生涯医療費はやせ(同~18.5)に次いで低い。
4 内閣府ImPACTプロジェクト(橋本英樹)による、各疾患分野における予防対策を行った場合の60歳以上の医療費・介護費の試算結果に基づく。3|予防によって国全体の医療関連費を抑制する効果は限定的
しかし、国の医療関連費用について考えると、予防政策にも費用がかかります。上記の研究における医療費には予防費用が含まれていませんが、予防政策にかかる費用が、治療にかかる費用と比べて、低いとは限らないという指摘があります5。
例えば、国が重点的に力を入れている40~74歳を対象とする特定健診・保健指導の保健指導を受けたグループは、受けなかったグループと比べて翌1年間の入院外医療費が男性で5,000~8,000円程度、女性で1,000~7,000円程度低いとされています6。一方で、特定保健指導には、6,000~18,000円の費用がかかっています7ので、この金額の比較だけから言えば、国全体における医療費削減効果は限定的だと言えます。
5 康永秀生「予防医療で医療費を減らせるか」日本経済新聞「やさしい経済学」2017年1月。これによると、予防医療の費用対効果に関する1500の研究結果のうち、医療費削減効果が認められる予防医療サービスは20%以下とされている。
6 厚生労働省 「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ取りまとめ」(2016年6月15日第27回資料)
7 国庫補助の基準単価は、動機づけ支援6,000円、積極的支援18,000円このように、近年、健康増進は必ずしも医療費削減にはつながるとは限らないという考えが一般的になってきています。
しかし、医療費削減とは別に、予防や、自分の健康を顧みること、血圧、血糖、コレステロール等の数値を把握し、自分の健康上のリスクを知ることはとても重要なことです。予防によって健康状態が良くなれば、就労やその他の経済活動を行える期間が長くなります。また、家族や友人と暮らせる期間が延びる等、生活の質は高まり、上記費用の比較にはとどまらない多くのメリットがあります。
その一方で、高齢化や医療技術の進歩によって、国の医療費は42兆円(2016年度。GDPの7.8%程度)で、今後さらに上昇することが見込まれています。医療費抑制は急務であり、医療財政の健全化のためには予防策を講じるだけでなく、医療費を直接的に下げるための政策が重要でしょう。
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しかし、予防によって健康で暮らせる期間が延びたとして、それによって国の医療関連費が削減できるかと言うと、これは別の問題で、現在のところ削減できることが確認できる研究が十分に蓄積されているとは言えません。
本稿では、長寿化、生活習慣による危険因子と寿命や生涯医療費、国の医療関連費の関係についての代表的ないくつかの見解を紹介したいと思います。
1 フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間の状態を言います(日本老年医学会)
一般に、医療費は、年齢とともにゆるやかに増加し、高齢期に急激に高くなります。長寿化にともない、高齢者の健康状態が改善すると、医療費が急激に高くなるタイミングは、より高齢へと先送りされます。ただし、健康状態が改善してきているとは言え、年齢を重ねれば、病気やケガが増えるので、大まかにいえば、寿命が延びた分、医療費はゆるやかに増加すると考えられます2が、さほど大きいものではありません。
2 終末期の医療費が問題となることがあります。しかし、死亡前1か月間の医療費は、国民医療費の4%程度であることが知られています。最近では、終末期における医療費は高齢ほど低いことから、長寿化により終末期を先送りすることによって、終末期にかかる医療費の削減可能性に関する研究があります(たとえば、鈴木亘「レセプトデータによる終末期医療費の削減可能性に関する統計的考察」学習院大学経済論集、2015年第52巻第1号)。
経済産業省の資料によると、ある自治体の国保データを使った分析で、生活習慣病の危険因子とされる高血圧、高血糖、脂質異常を持つ人、歩行時間1時間以上の人は、危険因子を持つ人、歩行時間1時間未満の人と比べて、平均余命が長い上、生涯医療費が低いことが紹介されています3(図表1)。また、国民の健康状態が動態的に変化することを前提とした各疾患分野における予防対策を行った場合の60歳以上の医療費を試算した結果、生活習慣病予防やフレイル・認知症予防で、およそ20年間で数百億円の医療費削減が見込めるといった研究も紹介されています4。
こういった研究から、予防政策によって、長生きしながら生涯医療費を削減できる可能性に期待がもたれています(図表2)。
3 厚生労働科研費研究「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究(代表辻一郎)総合研究報告書」。なお、同研究で、喫煙については、喫煙者は非喫煙者と比べて余命が短く生涯医療費も低い。BMIについては、普通(BMI18.5~25)は、余命は過体重(同25~30)に次いで長く、生涯医療費はやせ(同~18.5)に次いで低い。
4 内閣府ImPACTプロジェクト(橋本英樹)による、各疾患分野における予防対策を行った場合の60歳以上の医療費・介護費の試算結果に基づく。
しかし、国の医療関連費用について考えると、予防政策にも費用がかかります。上記の研究における医療費には予防費用が含まれていませんが、予防政策にかかる費用が、治療にかかる費用と比べて、低いとは限らないという指摘があります5。
例えば、国が重点的に力を入れている40~74歳を対象とする特定健診・保健指導の保健指導を受けたグループは、受けなかったグループと比べて翌1年間の入院外医療費が男性で5,000~8,000円程度、女性で1,000~7,000円程度低いとされています6。一方で、特定保健指導には、6,000~18,000円の費用がかかっています7ので、この金額の比較だけから言えば、国全体における医療費削減効果は限定的だと言えます。
5 康永秀生「予防医療で医療費を減らせるか」日本経済新聞「やさしい経済学」2017年1月。これによると、予防医療の費用対効果に関する1500の研究結果のうち、医療費削減効果が認められる予防医療サービスは20%以下とされている。
6 厚生労働省 「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ取りまとめ」(2016年6月15日第27回資料)
7 国庫補助の基準単価は、動機づけ支援6,000円、積極的支援18,000円
しかし、医療費削減とは別に、予防や、自分の健康を顧みること、血圧、血糖、コレステロール等の数値を把握し、自分の健康上のリスクを知ることはとても重要なことです。予防によって健康状態が良くなれば、就労やその他の経済活動を行える期間が長くなります。また、家族や友人と暮らせる期間が延びる等、生活の質は高まり、上記費用の比較にはとどまらない多くのメリットがあります。
その一方で、高齢化や医療技術の進歩によって、国の医療費は42兆円(2016年度。GDPの7.8%程度)で、今後さらに上昇することが見込まれています。医療費抑制は急務であり、医療財政の健全化のためには予防策を講じるだけでなく、医療費を直接的に下げるための政策が重要でしょう。
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