住宅資産を老後資金に-転居せずに老後資金の不足を補う新たな方法を考える
住宅資産を老後資金に-転居せずに老後資金の不足を補う新たな方法を考える: ■要旨
人生100年を前提にすると、老後の生活資金として2,500万円程度用意する必要がある。しかし、大部分が退職一時金を受け取っているであろう60~69歳世帯ですら平均純貯蓄額は2,177万円と必要額に満たない。数百万円程度の不足であれば資産運用で補足することも可能だが、不足額が大きくなるほど、資産運用で補足できる可能性は低下する。残念ながら、60~69歳世帯のうち、純貯蓄額が2,000万円にも満たない世帯が6割、1,500万円にも満たない世帯が半数以上を占める。
一方、60~69歳世帯の持家率は93.3%と高い。このため、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まる。そこで、米国発の新たな方法も含め住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理し、実現可能性を評価する。
■目次
1――老後の生活資金を充分用意できていますか?
2――住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理する
3――米国フィンテック企業の新たな方法
1|契約時の受け取り金額
2|契約終了時の支払い金額
4――高齢層の救世主ではなく、資産形成層の救世主である無職の高齢夫婦世帯(夫が65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の平均消費支出(月額)は23.5万円である(総務省家計調査報告(2017年平均結果の概要)、以下同様)。これに対して、平均可処分所得(月額)は18.1万円に過ぎない。年間65万円に及ぶ貯蓄を取り崩している計算だ。人生100年を前提にすると不足額は累計2,500万円程度に及び、これを老後資金として準備しておくことが望まれる。
しかし、退職前の50~59歳世帯(世帯主が50~59歳の二人以上の世帯、以下60~69歳世帯も同様)の平均純貯蓄額は1,082万円に過ぎない(貯蓄現在高1,699万円、平均負債現在高は617万円)。大部分が退職一時金を受け取っているであろう60~69歳世帯ですら、平均純貯蓄額は2,177万円(貯蓄現在高2,382万円、平均負債現在高は205万円)で必要額に満たない。
もちろん、純貯蓄額が2,177万円あれば不足額(300万円程度)を資産運用で補うことも可能だ。不足額を補うためには、目標利回りを年率0.7%~0.8%に設定する必要があるが、低金利下においても達成不可能な水準ではない。問題は、60~69歳世帯の6割は、純貯蓄額が2,000万円に満たないことだ(図表1)。5割の世帯は純貯蓄額が1,500万円以下で、更に4割の世帯は1,000万円にも満たない。純貯蓄額が2,000万円の場合、資産運用で不足額を補うために必要な目標利回りは年率1.2%~1.3%になる。達成可能性が低下するが、達成不可能な水準ではないだろう。しかし、純貯蓄額が2,000万円を下回れば下回るほど、不足額を資産運用で補うことも困難になる。不足額を補うために必要な目標利回りは、純貯蓄額が1,500万円の場合2.9%~3.0%、1,000万円の場合5.7%~5.8%と高いからである。これは、確定給付企業年金の平均予定利率2.32%1を上回る。
予定利率は運用目標としての性質を持ち、市場環境やどの程度のリスクまで耐えられるか(リスク耐性)などを考慮のうえ、各運営体が個別に設定する。市場環境に対し楽観的なほど、またリスク耐性が高いほど予定利率は高くなる(図表2)。運営体によって市場環境に対する見通しもリスク耐性も異なるため、予定利率も様々である。過度に楽観的な見通しや高いリスク
耐性に基づき、予定利率が高い運営体もあれば、その逆もありえる。しかし、平均予定利率は、平均的な市場環境見通しと平均的なリスク耐性を持つ運営体が目標とすべき利回りと近しいはずである。各世帯のリスク耐性もまた世帯によって千差万別であるが、充分な資産を保有しない退職後世帯に限れば、確定給付企業年金の平均より高いとは考えにくい。つまり、充分な資産を保有しない退職後世帯にとって、2.32%は現在の低金利下において目標設定しても問題ない利回り上限の目安としての役割を果たす。
以上から、60~69歳世帯の過半数が老後の生活資金が不十分、かつその不足額を資産運用で補うことすら困難な状況にあると言える。しかし、60~69歳世帯の持家率は93.3%と高い。このため、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まる。
当レポートでは、まず住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理し(2章)、次に転居せずに不動産を現金化する米国フィンテック企業の新たな方法を紹介する(3章)。その上で、新たな方法が「住宅資産を所有するものの老後資金の不足に悩む高齢者」を救済できるかどうか検討したい。
1 企業年金連合会 企業年金に関する基礎資料 平成30年度版 参照
2――住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理する
住宅資産を活用して老後資金の不足を補う基本的な方法は、(1)住宅資産を売却するか、(2)他者に賃貸することである。自宅以外に住宅資産を所有しない高齢者には、いずれの方法にも転居が伴う。これに対し、転居せずに住宅資産(自宅)を活用して老後資金の不足を補う方法もある。(3)自宅を担保に融資を受けるリバースモーゲージと、(4)自宅の売却と併せて同物件を賃借するリースバックである。以上の4つの方法(以下、狭義の方法)に加え、広義には賃貸用アパートを購入して所得を増やす方法や住宅系REITへの投資など(以下、広義の方法)も住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法である。しかし、広義の方法は資産運用の意味合いが強い。
以下で、各方法を選択した場合に得られる資金の特徴と必要な負担(図表3)、および留意点を整理する。整理にあたり自宅以外に住宅資産を所有せずかつ老後の生活資金が不十分、かつその不足額を資産運用で補うことすら困難な状況にある高齢者を前提とする。このため、資産運用の意味合いが強い広義の方法は対象外とする。また、狭義の方法であっても、合理的でない方法(自宅を売却し、より高価な住宅資産を購入するなど)は考慮しない。なお、転居を伴う方法において、子供と同居するなど転居後の住居費用が不要な場合も考慮しない。(1)自宅を売却する
自宅の売却により老後の生活資金不足を補うためには、売却後の住居確保に必要な金額並びに転居費用や売却費用(仲介手数料や各種税金など)の合計額(以下、最低売却額)2より、自宅の売却額が高くなければならない。しかし、売買は購入者との合意があってはじめて成立するので、売買額の決定における裁量の余地は小さい。二人暮らしに見合ったコンパクトな物件か、より地価の低い地域へ転居することで最低売却額を引き下げる必要がある。加齢に伴う身体機能の低下を考慮すると、シニア向け分譲マンションの購入やサービス付き高齢者向け住宅への転居なども検討したい。少なくとも利便性が悪い住居への転居は避けたいが、一般に利便性の高い住居ほど購入価格や賃料は高く、最低売却額の引き下げにも限界がある。
現実的には、自宅にそれなりの市場価値がなければ、売却により老後の生活資金不足を補うことは難しい。但し、賃貸物件に転居する場合はこの限りではない。借家賃料だけでなく、想定余命も最低売却額に大きく影響するからだ。年齢が高いほど最低売却額が減り、売却による老後の生活資金不足を補うことの実現可能性が高まる。
2 売却により、将来に支払う固定資産税が減少する。この効果相当額を、合計額から控除しても良い。(2)自宅を賃貸する
自宅の賃貸により老後の生活資金不足を補うためには、賃料収入が転居後の支払賃料より相当高くなければならない。所得上昇による所得税や社会保険料の上昇、修繕費や不動産管理会社に対する管理料など賃貸に伴う費用、更に空室や滞納などによって賃料収入が変動するリスクを考慮する必要があるからだ。もちろん売却する場合と同様、転居費用も検討する必要もある。売却する場合と同様、賃貸収入が一定程度見込める自宅を所有していなければ、老後の生活資金不足を補うことは難しい。(3)自宅を担保に融資を受ける(リバースモーゲージ)
リバースモーゲージを利用する際に、まず問題となるのはどの融資制度・商品を利用するか、どの融資制度・商品なら利用できるかである。融資制度・商品によって適用対象が限定されているからである。厚生労働省が社会福祉協議会を通じて提供するリバースモーゲージは、生活困窮世帯に対する福祉的側面が大きく、適用対象が住民税非課税または均等割課税程度の低所得世帯に限られる。住宅金融支援機構が提供する制度は、資金使途が住宅のリフォーム資金や住宅ローンの借り換え資金、サービス付き高齢者向け住宅の入居一時金などに限定される。民間金融機関が独自に提供する商品は、対象地域が限定されている。金融機関によって様々ではあるが、自宅にそれなりの市場価値3がなければ利用できず、比較的富裕層を対象とした商品といった見方がある4。
仮に、利用可能な制度や商品があったとしても、複雑な契約内容を理解しなければならない。特に注意が必要なのが、不動産価格の大幅な下落時や金利の上昇時の取り扱いである。リバースモーゲージの元本返済の基本は死亡時一括返済であるが、商品や契約内容によっては自宅の評価額が大きく下落した場合、生存中であっても借入金(一部)の返済義務が生じる。また、金利が上昇した場合に利息負担が上昇する場合もあり、これらリスクに耐えられるかも吟味する必要がある。
3 自宅の評価額が4,000万円以上や6,000万円以上、土地だけで2,000万円以上など
4 国土交通政策研究 第104号「高齢者等の土地・住宅資産の有効活用に関する研究」2012年3月参照(4)自宅の売却と併せて同物件を賃借する(リースバック)
収入条件、資金使途、対象地域など条件が多いリバースモーゲージに比べ適用対象が広い、転居の必要がなく(転居費用も不要)、売買契約と賃貸契約を同時に行えるという利便性はあるものの、基本的には自宅を売却し賃貸物件に移動する場合と同じである。老後の生活資金不足を補うためには、自宅の売却額より最低売却額が低くなければならないが、同一物件に住むので物件レベルの変化による最低売却額引き下げは不可能である。このため、よほど高齢でなければ老後の生活資金不足を補うために活用すべきではない。
このように、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まるものの、市場価値の高い不動産を所有する一部の高齢者でない限り、いずれの方法も老後資金の十分な確保の実現可能性は低いというのが現実である。転居せずに不動産を現金化する新たな方法を提供しているのは、Point Digital Financeという米国フィンテック企業であり、同社は第2回「Forbes Fintech 50」5に選出されている注目企業である。資金調達しても利息も賃料も支払う必要がないことが、最大の特徴である。利息も賃料も支払わずに資金が調達できる理由は、不動産投資の収益をインカム収入とキャピタル損益を分離し、更にキャピタル損益を受け取る権利の一部分を切り出して投資家に売却する仕組みにある。インカム収入とは資産を保有期間中に生じる収入で、債券の利子や株式の配当がインカム収入に分類される。これに対しキャピタル損益とは、購入時と売却時の資産価格の差から生じる損益であるが、転居せずに不動産を現金化する場合、契約時と契約終了時の資産価格差から生じる損益となる。そこで、転居せずに不動産を現金化する従来の2つの方法と新しい方法との違いを、インカムとキャピタルに着目し確認する(図表5)。リバースモーゲージは自宅を担保に融資を受けるが、自宅の所有権は利用者にあるので、原則インカムもキャピタルも利用者もしくは利用者の相続人のものである6。リースバックは不動産の所有権が業者に移るため、インカム(賃料)もキャピタルも業者のものである。新しい方法の場合、インカムは利用者のものなので、リバースモーゲージと同様に賃料を支払う必要がない。不動産を担保に融資を受けるわけでもないので、利息を支払う必要はないが、契約終了時に権利を買戻すと同時に、契約期間中のキャピタル損益の一部を投資家に支払う必要がある。契約締結時に現金を受け取る代わりに契約終了時に現金を支払うという点で、契約終了時(死亡時)に元利一括返済するリバースモーゲージと変わらない。そこで元利一括返済型リバースモーゲージと新しい方法の違いが分かるよう、具体例を用いてキャッシュフローの違いを確認する。ただし、契約時に発生する手数料、不動産価格が大幅に下落したときの影響、余命の不確実性などの詳細は割愛し、契約時不動産価格は2,000万円で、契約期間(=想定余命)は10年間とする。
5 Forbes社が選ぶ、世界で注目すべきフィンテック企業50社
6リバースモーゲージの場合、利息を払うだけで、契約期間中収益は発生しない。ここでは、「仮に他人に賃貸した場合に得られる金額の収入を受け取り、同額を消費している」もしくは「他人が保有する同程度の物件に住む場合に負担すべき支払いを免除されている」と解釈している。1|契約時の受け取り金額
契約内容によるが、元利一括返済型リバースモーゲージの借入限度額は不動産価格の50%程度である。つまり、契約時は最大1,000万円の資金を受け取ることが可能だ。これに対して、新しい方法で可能な資金調達額は200万円(不動産価格の10%)と少ない。2|契約終了時の支払い金額
契約終了時の支払い金額は契約時に受け取った金額に依存するので、比較のため資金調達額はいずれの方法も200万円に統一する。
元利一括返済型リバースモーゲージの契約終了時支払い金額は借入金利によって決まる。借入金利は商品によって異なるが、現在の低金利下においても、おおよそ3%~4%である。借入金利が3%の場合でも支払額は270万円(元本200万円+利息70万円)に及ぶ。契約期間中に金利が上昇した場合、上昇幅によっては300万円を超える(図表6上段)。
新しい方法の契約終了時支払い金額は、契約終了時の不動産価格によって決まる。不動産価格が3,000万円まで上昇すると460万円も支払う必要があるが、不動産価格が契約時と等しければ260万円7支払えばよい。不動産価格が下落すれば、受け取った金額を下回ることすらある(図表6下段)。しかし、上記結果を基に元利一括返済型リバースモーゲージと新しい方法のいずれが有利かを判断することは難しい。日本の金利水準が現在と同程度で、借入金利が3%という想定が将来も続くとは限らない。また、不動産価格に対する将来見通しも見極めが難しい。日本における不動産価格に対する将来見通しが悲観的であるほど、資金調達できる金額は少なくなるなど、いずれの方法でも利用者にとって不利に働くはずだ。
7 新しい手法では、契約時に定めた基準価格と契約終了時の不動産価格の差でキャピタル損益を求める。基準価格は、契約時の不動産価格に市場環境に応じて変化する係数(最低80%)を乗じた値である。今回は係数が85%であると仮定し試算しているが、係数は不動産価格に対する将来見通しが楽観的であるほど高く、金利水準が高いほど低くなると考えられる。
4――高齢層の救世主ではなく、資産形成層の救世主である
新たな方法で調達可能な資金は不動産価格の10%と少ないので、従来の方法と同様に自宅の市場価値が高くない限り、老後資金の不足に悩む高齢者の救済は期待できない。ボランティア精神にあふれた資金提供者が現れない限り、資金提供者や契約締結時支払い金額を決定付ける基準などを代えるだけで、住宅資産を活用した老後資金の確保の実現可能性が高まることはない8。
だからといって、新たな方法には評価すべき点も新規性もないわけではない。所有する不動産価格が下落するほど契約終了時に支払う金額が減少するので、各世帯の資産全体で見れば不動産価格変動リスクを低減させる機能を持つ。住宅資産を保有する平均的な世帯における資産に占める不動産の割合は高いので、不動産価格変動リスクの低減手段として機能する新しい手法には意義がある。資産形成においてリスクをとることは重要だが、リスクを分散することも重要だ。リバースモーゲージの場合は、調達した資金で有価証券へ投資することが禁じられるが、新しい手法では投資も認められる。このため、調達した資金を株式等に投資しリスク分散を図ることでより効率的な資産形成を図ることも可能だ。新しい方法は相続財産の不動産価格変動リスクを抑制したい高齢者にとっても魅力ある商品ではあるが、働く若い世代の資産形成層の救世主としての側面がある。
以上から言えることは3つある。まず、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まるが過度な期待は禁物であり、やはり若いうちから資産形成を心がけるべきだ。次に、老後資金の不足に悩む高齢者の救世主にはならなくても、日本にも不動産価格変動リスク抑制手段として、米国の例のような新しい方法が提供されることが望ましい。最後に、老後の生活資金に不安を解消する手段として投資は重要だ。しかしながら、大多数を占める充分な資金を用意できずに年齢を重ねた世帯を、投資だけで救うことは難しい。人生100年時代とはいえ、全員が100歳まで生きるわけではないのだから、長生きリスクをシェアする年金商品を活用すれば必要貯蓄額は減るはずだ。退職後の高齢者世帯だけでなく資産形成の時間が残り少ない世帯の中にも、老後資金として2,500万円準備することが難しい世帯もあるだろう。投資一辺倒ではなく、老後資金の準備状況に照らした適切な金融商品選択が重要となるのではないだろうか。
8 リバースモーゲージの場合、通常キャピタル損益は共に相続人に帰属する。しかし、不動産価格が下落した場合、ノンリコース型や相続人が相続を放棄するとキャピタル損は債権者に帰属する。不動産価格下落によるデメリットを追う可能性があるのに、上昇によるメリットを享受できないリバースモーゲージより、不動産価格下落によるデメリットを負うが、上昇によるメリットも享受できる新しい方法の方が、多少住宅資産を活用した老後資金の確保の実現可能性は高まるが限界がある。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。【関連レポート】
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人生100年を前提にすると、老後の生活資金として2,500万円程度用意する必要がある。しかし、大部分が退職一時金を受け取っているであろう60~69歳世帯ですら平均純貯蓄額は2,177万円と必要額に満たない。数百万円程度の不足であれば資産運用で補足することも可能だが、不足額が大きくなるほど、資産運用で補足できる可能性は低下する。残念ながら、60~69歳世帯のうち、純貯蓄額が2,000万円にも満たない世帯が6割、1,500万円にも満たない世帯が半数以上を占める。
一方、60~69歳世帯の持家率は93.3%と高い。このため、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まる。そこで、米国発の新たな方法も含め住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理し、実現可能性を評価する。
■目次
1――老後の生活資金を充分用意できていますか?
2――住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理する
3――米国フィンテック企業の新たな方法
1|契約時の受け取り金額
2|契約終了時の支払い金額
4――高齢層の救世主ではなく、資産形成層の救世主である無職の高齢夫婦世帯(夫が65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の平均消費支出(月額)は23.5万円である(総務省家計調査報告(2017年平均結果の概要)、以下同様)。これに対して、平均可処分所得(月額)は18.1万円に過ぎない。年間65万円に及ぶ貯蓄を取り崩している計算だ。人生100年を前提にすると不足額は累計2,500万円程度に及び、これを老後資金として準備しておくことが望まれる。
しかし、退職前の50~59歳世帯(世帯主が50~59歳の二人以上の世帯、以下60~69歳世帯も同様)の平均純貯蓄額は1,082万円に過ぎない(貯蓄現在高1,699万円、平均負債現在高は617万円)。大部分が退職一時金を受け取っているであろう60~69歳世帯ですら、平均純貯蓄額は2,177万円(貯蓄現在高2,382万円、平均負債現在高は205万円)で必要額に満たない。
もちろん、純貯蓄額が2,177万円あれば不足額(300万円程度)を資産運用で補うことも可能だ。不足額を補うためには、目標利回りを年率0.7%~0.8%に設定する必要があるが、低金利下においても達成不可能な水準ではない。問題は、60~69歳世帯の6割は、純貯蓄額が2,000万円に満たないことだ(図表1)。5割の世帯は純貯蓄額が1,500万円以下で、更に4割の世帯は1,000万円にも満たない。純貯蓄額が2,000万円の場合、資産運用で不足額を補うために必要な目標利回りは年率1.2%~1.3%になる。達成可能性が低下するが、達成不可能な水準ではないだろう。しかし、純貯蓄額が2,000万円を下回れば下回るほど、不足額を資産運用で補うことも困難になる。不足額を補うために必要な目標利回りは、純貯蓄額が1,500万円の場合2.9%~3.0%、1,000万円の場合5.7%~5.8%と高いからである。これは、確定給付企業年金の平均予定利率2.32%1を上回る。
予定利率は運用目標としての性質を持ち、市場環境やどの程度のリスクまで耐えられるか(リスク耐性)などを考慮のうえ、各運営体が個別に設定する。市場環境に対し楽観的なほど、またリスク耐性が高いほど予定利率は高くなる(図表2)。運営体によって市場環境に対する見通しもリスク耐性も異なるため、予定利率も様々である。過度に楽観的な見通しや高いリスク
耐性に基づき、予定利率が高い運営体もあれば、その逆もありえる。しかし、平均予定利率は、平均的な市場環境見通しと平均的なリスク耐性を持つ運営体が目標とすべき利回りと近しいはずである。各世帯のリスク耐性もまた世帯によって千差万別であるが、充分な資産を保有しない退職後世帯に限れば、確定給付企業年金の平均より高いとは考えにくい。つまり、充分な資産を保有しない退職後世帯にとって、2.32%は現在の低金利下において目標設定しても問題ない利回り上限の目安としての役割を果たす。
以上から、60~69歳世帯の過半数が老後の生活資金が不十分、かつその不足額を資産運用で補うことすら困難な状況にあると言える。しかし、60~69歳世帯の持家率は93.3%と高い。このため、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まる。
当レポートでは、まず住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理し(2章)、次に転居せずに不動産を現金化する米国フィンテック企業の新たな方法を紹介する(3章)。その上で、新たな方法が「住宅資産を所有するものの老後資金の不足に悩む高齢者」を救済できるかどうか検討したい。
1 企業年金連合会 企業年金に関する基礎資料 平成30年度版 参照
2――住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法を整理する
住宅資産を活用して老後資金の不足を補う基本的な方法は、(1)住宅資産を売却するか、(2)他者に賃貸することである。自宅以外に住宅資産を所有しない高齢者には、いずれの方法にも転居が伴う。これに対し、転居せずに住宅資産(自宅)を活用して老後資金の不足を補う方法もある。(3)自宅を担保に融資を受けるリバースモーゲージと、(4)自宅の売却と併せて同物件を賃借するリースバックである。以上の4つの方法(以下、狭義の方法)に加え、広義には賃貸用アパートを購入して所得を増やす方法や住宅系REITへの投資など(以下、広義の方法)も住宅資産を活用して老後資金の不足を補う方法である。しかし、広義の方法は資産運用の意味合いが強い。
以下で、各方法を選択した場合に得られる資金の特徴と必要な負担(図表3)、および留意点を整理する。整理にあたり自宅以外に住宅資産を所有せずかつ老後の生活資金が不十分、かつその不足額を資産運用で補うことすら困難な状況にある高齢者を前提とする。このため、資産運用の意味合いが強い広義の方法は対象外とする。また、狭義の方法であっても、合理的でない方法(自宅を売却し、より高価な住宅資産を購入するなど)は考慮しない。なお、転居を伴う方法において、子供と同居するなど転居後の住居費用が不要な場合も考慮しない。(1)自宅を売却する
自宅の売却により老後の生活資金不足を補うためには、売却後の住居確保に必要な金額並びに転居費用や売却費用(仲介手数料や各種税金など)の合計額(以下、最低売却額)2より、自宅の売却額が高くなければならない。しかし、売買は購入者との合意があってはじめて成立するので、売買額の決定における裁量の余地は小さい。二人暮らしに見合ったコンパクトな物件か、より地価の低い地域へ転居することで最低売却額を引き下げる必要がある。加齢に伴う身体機能の低下を考慮すると、シニア向け分譲マンションの購入やサービス付き高齢者向け住宅への転居なども検討したい。少なくとも利便性が悪い住居への転居は避けたいが、一般に利便性の高い住居ほど購入価格や賃料は高く、最低売却額の引き下げにも限界がある。
現実的には、自宅にそれなりの市場価値がなければ、売却により老後の生活資金不足を補うことは難しい。但し、賃貸物件に転居する場合はこの限りではない。借家賃料だけでなく、想定余命も最低売却額に大きく影響するからだ。年齢が高いほど最低売却額が減り、売却による老後の生活資金不足を補うことの実現可能性が高まる。
2 売却により、将来に支払う固定資産税が減少する。この効果相当額を、合計額から控除しても良い。
自宅の賃貸により老後の生活資金不足を補うためには、賃料収入が転居後の支払賃料より相当高くなければならない。所得上昇による所得税や社会保険料の上昇、修繕費や不動産管理会社に対する管理料など賃貸に伴う費用、更に空室や滞納などによって賃料収入が変動するリスクを考慮する必要があるからだ。もちろん売却する場合と同様、転居費用も検討する必要もある。売却する場合と同様、賃貸収入が一定程度見込める自宅を所有していなければ、老後の生活資金不足を補うことは難しい。(3)自宅を担保に融資を受ける(リバースモーゲージ)
リバースモーゲージを利用する際に、まず問題となるのはどの融資制度・商品を利用するか、どの融資制度・商品なら利用できるかである。融資制度・商品によって適用対象が限定されているからである。厚生労働省が社会福祉協議会を通じて提供するリバースモーゲージは、生活困窮世帯に対する福祉的側面が大きく、適用対象が住民税非課税または均等割課税程度の低所得世帯に限られる。住宅金融支援機構が提供する制度は、資金使途が住宅のリフォーム資金や住宅ローンの借り換え資金、サービス付き高齢者向け住宅の入居一時金などに限定される。民間金融機関が独自に提供する商品は、対象地域が限定されている。金融機関によって様々ではあるが、自宅にそれなりの市場価値3がなければ利用できず、比較的富裕層を対象とした商品といった見方がある4。
仮に、利用可能な制度や商品があったとしても、複雑な契約内容を理解しなければならない。特に注意が必要なのが、不動産価格の大幅な下落時や金利の上昇時の取り扱いである。リバースモーゲージの元本返済の基本は死亡時一括返済であるが、商品や契約内容によっては自宅の評価額が大きく下落した場合、生存中であっても借入金(一部)の返済義務が生じる。また、金利が上昇した場合に利息負担が上昇する場合もあり、これらリスクに耐えられるかも吟味する必要がある。
3 自宅の評価額が4,000万円以上や6,000万円以上、土地だけで2,000万円以上など
4 国土交通政策研究 第104号「高齢者等の土地・住宅資産の有効活用に関する研究」2012年3月参照
収入条件、資金使途、対象地域など条件が多いリバースモーゲージに比べ適用対象が広い、転居の必要がなく(転居費用も不要)、売買契約と賃貸契約を同時に行えるという利便性はあるものの、基本的には自宅を売却し賃貸物件に移動する場合と同じである。老後の生活資金不足を補うためには、自宅の売却額より最低売却額が低くなければならないが、同一物件に住むので物件レベルの変化による最低売却額引き下げは不可能である。このため、よほど高齢でなければ老後の生活資金不足を補うために活用すべきではない。
このように、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まるものの、市場価値の高い不動産を所有する一部の高齢者でない限り、いずれの方法も老後資金の十分な確保の実現可能性は低いというのが現実である。転居せずに不動産を現金化する新たな方法を提供しているのは、Point Digital Financeという米国フィンテック企業であり、同社は第2回「Forbes Fintech 50」5に選出されている注目企業である。資金調達しても利息も賃料も支払う必要がないことが、最大の特徴である。利息も賃料も支払わずに資金が調達できる理由は、不動産投資の収益をインカム収入とキャピタル損益を分離し、更にキャピタル損益を受け取る権利の一部分を切り出して投資家に売却する仕組みにある。インカム収入とは資産を保有期間中に生じる収入で、債券の利子や株式の配当がインカム収入に分類される。これに対しキャピタル損益とは、購入時と売却時の資産価格の差から生じる損益であるが、転居せずに不動産を現金化する場合、契約時と契約終了時の資産価格差から生じる損益となる。そこで、転居せずに不動産を現金化する従来の2つの方法と新しい方法との違いを、インカムとキャピタルに着目し確認する(図表5)。リバースモーゲージは自宅を担保に融資を受けるが、自宅の所有権は利用者にあるので、原則インカムもキャピタルも利用者もしくは利用者の相続人のものである6。リースバックは不動産の所有権が業者に移るため、インカム(賃料)もキャピタルも業者のものである。新しい方法の場合、インカムは利用者のものなので、リバースモーゲージと同様に賃料を支払う必要がない。不動産を担保に融資を受けるわけでもないので、利息を支払う必要はないが、契約終了時に権利を買戻すと同時に、契約期間中のキャピタル損益の一部を投資家に支払う必要がある。契約締結時に現金を受け取る代わりに契約終了時に現金を支払うという点で、契約終了時(死亡時)に元利一括返済するリバースモーゲージと変わらない。そこで元利一括返済型リバースモーゲージと新しい方法の違いが分かるよう、具体例を用いてキャッシュフローの違いを確認する。ただし、契約時に発生する手数料、不動産価格が大幅に下落したときの影響、余命の不確実性などの詳細は割愛し、契約時不動産価格は2,000万円で、契約期間(=想定余命)は10年間とする。
5 Forbes社が選ぶ、世界で注目すべきフィンテック企業50社
6リバースモーゲージの場合、利息を払うだけで、契約期間中収益は発生しない。ここでは、「仮に他人に賃貸した場合に得られる金額の収入を受け取り、同額を消費している」もしくは「他人が保有する同程度の物件に住む場合に負担すべき支払いを免除されている」と解釈している。
契約内容によるが、元利一括返済型リバースモーゲージの借入限度額は不動産価格の50%程度である。つまり、契約時は最大1,000万円の資金を受け取ることが可能だ。これに対して、新しい方法で可能な資金調達額は200万円(不動産価格の10%)と少ない。2|契約終了時の支払い金額
契約終了時の支払い金額は契約時に受け取った金額に依存するので、比較のため資金調達額はいずれの方法も200万円に統一する。
元利一括返済型リバースモーゲージの契約終了時支払い金額は借入金利によって決まる。借入金利は商品によって異なるが、現在の低金利下においても、おおよそ3%~4%である。借入金利が3%の場合でも支払額は270万円(元本200万円+利息70万円)に及ぶ。契約期間中に金利が上昇した場合、上昇幅によっては300万円を超える(図表6上段)。
新しい方法の契約終了時支払い金額は、契約終了時の不動産価格によって決まる。不動産価格が3,000万円まで上昇すると460万円も支払う必要があるが、不動産価格が契約時と等しければ260万円7支払えばよい。不動産価格が下落すれば、受け取った金額を下回ることすらある(図表6下段)。しかし、上記結果を基に元利一括返済型リバースモーゲージと新しい方法のいずれが有利かを判断することは難しい。日本の金利水準が現在と同程度で、借入金利が3%という想定が将来も続くとは限らない。また、不動産価格に対する将来見通しも見極めが難しい。日本における不動産価格に対する将来見通しが悲観的であるほど、資金調達できる金額は少なくなるなど、いずれの方法でも利用者にとって不利に働くはずだ。
7 新しい手法では、契約時に定めた基準価格と契約終了時の不動産価格の差でキャピタル損益を求める。基準価格は、契約時の不動産価格に市場環境に応じて変化する係数(最低80%)を乗じた値である。今回は係数が85%であると仮定し試算しているが、係数は不動産価格に対する将来見通しが楽観的であるほど高く、金利水準が高いほど低くなると考えられる。
4――高齢層の救世主ではなく、資産形成層の救世主である
新たな方法で調達可能な資金は不動産価格の10%と少ないので、従来の方法と同様に自宅の市場価値が高くない限り、老後資金の不足に悩む高齢者の救済は期待できない。ボランティア精神にあふれた資金提供者が現れない限り、資金提供者や契約締結時支払い金額を決定付ける基準などを代えるだけで、住宅資産を活用した老後資金の確保の実現可能性が高まることはない8。
だからといって、新たな方法には評価すべき点も新規性もないわけではない。所有する不動産価格が下落するほど契約終了時に支払う金額が減少するので、各世帯の資産全体で見れば不動産価格変動リスクを低減させる機能を持つ。住宅資産を保有する平均的な世帯における資産に占める不動産の割合は高いので、不動産価格変動リスクの低減手段として機能する新しい手法には意義がある。資産形成においてリスクをとることは重要だが、リスクを分散することも重要だ。リバースモーゲージの場合は、調達した資金で有価証券へ投資することが禁じられるが、新しい手法では投資も認められる。このため、調達した資金を株式等に投資しリスク分散を図ることでより効率的な資産形成を図ることも可能だ。新しい方法は相続財産の不動産価格変動リスクを抑制したい高齢者にとっても魅力ある商品ではあるが、働く若い世代の資産形成層の救世主としての側面がある。
以上から言えることは3つある。まず、所有する住宅資産を活用した老後資金の確保に期待が集まるが過度な期待は禁物であり、やはり若いうちから資産形成を心がけるべきだ。次に、老後資金の不足に悩む高齢者の救世主にはならなくても、日本にも不動産価格変動リスク抑制手段として、米国の例のような新しい方法が提供されることが望ましい。最後に、老後の生活資金に不安を解消する手段として投資は重要だ。しかしながら、大多数を占める充分な資金を用意できずに年齢を重ねた世帯を、投資だけで救うことは難しい。人生100年時代とはいえ、全員が100歳まで生きるわけではないのだから、長生きリスクをシェアする年金商品を活用すれば必要貯蓄額は減るはずだ。退職後の高齢者世帯だけでなく資産形成の時間が残り少ない世帯の中にも、老後資金として2,500万円準備することが難しい世帯もあるだろう。投資一辺倒ではなく、老後資金の準備状況に照らした適切な金融商品選択が重要となるのではないだろうか。
8 リバースモーゲージの場合、通常キャピタル損益は共に相続人に帰属する。しかし、不動産価格が下落した場合、ノンリコース型や相続人が相続を放棄するとキャピタル損は債権者に帰属する。不動産価格下落によるデメリットを追う可能性があるのに、上昇によるメリットを享受できないリバースモーゲージより、不動産価格下落によるデメリットを負うが、上昇によるメリットも享受できる新しい方法の方が、多少住宅資産を活用した老後資金の確保の実現可能性は高まるが限界がある。
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