社会保障関係法の「自立」を考える-映画『こんな夜更けにバナナかよ』を一つの題材に
社会保障関係法の「自立」を考える-映画『こんな夜更けにバナナかよ』を一つの題材に: ■要旨
社会保障における自立とは何か――。現在、公開されている映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』を観て、そんなことを強く感じた。これは筋ジストロフィーの男性を主人公としており、セリフの中で「障害者の自立」という言葉を繰り返し使われていたためである。そこで、社会保障関係法の条文における「自立」という言葉の使い方を調べてみると、様々な意味や文脈で多用されていることに気付く。
具体的には、(A)支援を要する利用者が自己決定する自立、(B)定職に就く職業的自立、(C)収入を得ることによる経済的自立、(D)社会生活に適応する自立、(E)他人の支援を必要としない身体的自立、(F)自治体の財政的自立、(G)現場の関係職が支えるべき自立――の7つに大別できると考えている。本稿は社会保障に関する主要な法律の条文を比較し、それぞれの意味や論点を考える。
■目次
1――はじめに~社会保障関係法の「自立」~
2――ネタバレにならない範囲で、映画のあらすじと論点
1|自立を追求した主人公
2|映画で頻繁に登場した自立
3――社会保障関係法における自立
1|障害者基本法などの条文
2|障害者雇用促進法などの条文
3|生活保護法などの条文
4|児童福祉法などの条文
5|母子父子寡婦福祉法などの条文
6|介護保険法などの条文
7|医療法などの条文
8|社会福祉介護福祉士法などの条文
4――社会保障関係法の自立の解釈立
1|自立の整理
2|自立が多義的な理由
3|自立は相対的?
5――おわりに社会保障における自立とは何か――。現在、公開されている映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(http://bananakayo.jp/)を観て、そんなことを強く感じた。これは筋ジストロフィーの男性を主人公としており、セリフの中で「障害者の自立」という言葉を繰り返し使われていたためである。そこで、社会保障関係法の条文における「自立」という言葉の使い方を調べてみると、様々な意味や文脈で多用されていることに気付く。
具体的には、(A)支援を要する利用者が自己決定する自立、(B)定職に就く職業的自立、(C)収入を得ることによる経済的自立、(D)社会生活に適応する自立、(E)他人の支援を必要としない身体的自立、(F)自治体の財政的自立、(G)現場の関係職が支えるべき自立――の7つに大別できると考えている。本稿は社会保障に関する主要な法律の条文を比較し、それぞれの意味や論点を考える*。
* 「障害」は戦前に「障碍」と表記されていたが、戦後に「碍」が当用漢字、常用漢字にならなかったため、「害」の字を当てた経緯がある。本稿は法令に沿って「障害」と記す。
2――ネタバレにならない範囲で、映画のあらすじと論点
1|自立を追求した主人公
まず、映画の話から始める。主人公は鹿野靖明(大泉洋)という34歳の男性。幼少の頃、難病の筋ジストロフィーにかかったことで、車いすで生活しており、首と手しか動かせない。しかも、この病気は有効な治療法がなく、筋肉の力が少しずつ落ち、最期は死に至る難病である。
ただ、彼は病院を飛び出し、父母の支援も受けないまま、大勢のボランティアを自ら募集、一人暮らしをスタートする。そして、映画では靖明とボランティアの医学生、田中久(三浦春馬)、その彼女の安堂美咲(高畑充希)を中心に、悲喜こもごものストーリーがテンポ良く展開していく。タイトルの「こんな夜更けに…」は原作1となった同タイトルのノンフィクションから取られているのだが、映画は「バナナを食べたい」という主人公の“ワガママ”を受け、美咲が深夜にバナナを買い求めて走り回るところから始まる。
原作と比べると、主人公の家族構成や居住環境などが改変されているが、障害の有無にかかわらず、人が生きることの面白さと難しさ、人を助けることの意味合いなど多くの示唆を含んだ映画である。
1 渡辺一史(2013)『こんな夜更けにバナナかよ』文春文庫を参照。2|映画で頻繁に登場した自立
内容はネタバレになるので、この程度でとどめるが、映画では自立という言葉が何度も登場する。実際、ウエブサイトの紹介文にも「人の助けがないと生きていけないにも関わらず、病院を飛び出し、風変わりな自立生活を始める」という一節がある。
では、ここで言う自立は何だろうか。手持ちの辞書は「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやってゆくこと。独立。ひとりだち」と書いているが、手と首しか動かせない主人公は他人の「助けなしに」「自分の力で物事をやってゆく」ことは不可能であり、映画の自立は辞書と違う意味になる。この意味を端的に示す一節が原作に出ている2。
これは1960年代後半以降のアメリカで始まった障害者の当事者運動を踏まえ、自らの人生を自ら決める「自己決定権」の行使を自立と見なす考え方になる3。そして、自立を測る物差しは「補助なしで自分だけで何を行えるかでなく、援助を得ながら生活の質をいかに上げられるか」という意味になる4。現に我が国の障害者基本法第1条は自立という言葉を3回も用いている(注:下線は筆者)。
この自立が映画の自立と同じであることは言うまでもない。だが、社会保障関係法の条文をチェック5すると、障害者関係の法律だけでなく、社会福祉法、介護保険法、児童福祉法など多くの法律で自立という言葉が使われており、上記とは異なる言葉遣いも散見される。以下、主な法律の条文を見た後、分類化を試みる。
2 渡辺前掲書p209。;
3 定藤丈弘(1993)「障害者福祉の基本的思想としての自立生活理念」定藤丈弘・岡本栄一・北野誠一編著『自立生活の思想と展望』ミネルヴァ書房p8。;
4 Joseph P.Shapiro(1993)“No Pity”〔秋山愛子訳(1999)『哀れみはいらない』現代書館〕p84。;
5 条文の抽出に際しては、国の「e-Gov法令検索システム」を参考にした。
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0100/
3――社会保障関係法における自立
1|障害者基本法などの条文
これは映画で使われている自立であり、先に触れた障害者基本法の自立規定は1993年、心身障害者対策基本法から改組する際に盛り込まれた。そして「自立及び社会参加」という文言は障害者基本法だけでなく、発達障害者支援法、障害者虐待防止法、身体障害者補助犬法で使われているほか、身体障害者福祉法と知的障害者福祉法、精神保健精神障害者福祉法は「自立と社会経済活動への参加」、障害者総合支援法は「自立した日常生活又は社会生活」という文言をそれぞれ用いている。
さらに、自己決定の主体は障害者に限らない。2000年に制定された社会福祉法では福祉サービスの意義として、高齢者や障害者など福祉サービスの利用者が能力に応じて自立した日常生活を営むことができるように支援することと定めている。
これは2000年代前半の「社会福祉基礎構造改革」の影響を受けている。社会福祉基礎構造改革では行政による「援護」「更生」的な要素を持っていた福祉の思想を抜本的に改め、利用者本人の自己決定を重視する形にシフトした。解説書は福祉サービスの意義について、利用者の自己決定による自立を支援することにあるとしている6。
2006年12月施行の高齢者障害者移動円滑化促進法(バリアフリー新法)も「高齢者、障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保」という文言を用いており、ここでの自立は高齢者、障害者等が自らの意思に基づいて日常生活や社会生活を送れるような環境を整備することとしている7。
なお、社会福祉法と同じく社会福祉基礎構造改革の影響を受けた介護保険法でも自立という言葉が使われているが、その意味が近年に変わっており、こちらは後で述べることとする。
6 社会福祉法令研究会編(2001)『社会福祉法の解説』中央法規出版p110。
7 国土交通省監修、バリアフリー新法研究会編(2007)『Q&A バリアフリー新法』ぎょうせいp31。2|障害者雇用促進法などの条文
企業や官公庁に障害者雇用を義務付ける障害者雇用促進法では、職業的な自立に言及している。具体的には、第1条で「職業生活において自立することを促進」するための施策を講じるとしているほか、第4条は労働者となる障害者に対し、「有為な職業人として自立」を促す努力義務も盛り込んでいる。厚生労働省設置法でも所管事務の一つとして、「障害者の雇用の促進その他の職業生活における自立の促進に関すること」と規定しており、一般的な意味としては、職務経験を積んだり、手に職を就けたりすることを指していると考えられる。
このほか、青少年雇用促進法でも「職業生活における自立」を支援するとしており、雇用対策法も職業を通じて自立しようとする労働者の意欲を高める重要性とともに、職業生活における障害者の自立支援にも言及している。
ただ、障害者雇用促進法に関する書籍は職業的自立の意味について、「職業生活に参加するという自己決定を行った個人、または行おうとしている個人に対し、自覚と努力を促し、自立という目標を設定する」と解説8しており、先に触れた自己決定の意味に近くなる。さらに定職を得たとしても、業務内容や職場の環境に適応できなければ、職業的な自立は長続きしない以上、何を以て職業的自立と言えるのか、実は曖昧な面がある。
8 永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著(2018)『詳説 障害者雇用促進法〔増補補正版〕』弘文堂pp70-71。3|生活保護法などの条文
次に、生活保護法は第1条で「自立を助長」という言葉を使っている(注:下線は筆者)。
この解釈について、1951年に初版が発刊された旧厚生省官僚による古典的な解説書に従うと、「公私の扶助を受けず自分の力で社会生活に適応して生活を営むことのできるように助け育てて行くこと」という意味になる9。「公私の扶助を受けず」という辺りは経済的な自立をイメージしている印象を受ける。低所得者などを対象とした住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進法(通称、住宅セーフティーネット法)も、自治体の責務として、「自立の支援」に向けた他の施策との連携に言及しており、解説書は自立の意味について、「居住者の経済的な自立」と説明している10。
その一方、いくら収入を得たとしても、収入以上に消費しない日常生活が必要になるし、職業生活や住宅の確保、健康状態の維持などを伴わなければ、再び「公私の扶助」を受けることになる。そうなると、収入を得る経済的な自立だけでは、社会生活に適応することは難しくなる。
そこで、生活保護になる前の状態から就労などを支援する生活困窮者自立支援法を見ると、「生活困窮者の自立の促進」を目的に掲げつつ、就労だけでなく心身の状況、地域社会からの孤立などを踏まえた対応策を包括的かつ早期に実施する必要性を強調している。ホームレス自立支援特別措置法も「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者」を主な支援対象と想定しつつ、就業機会の確保や職業能力の開発、住宅支援、健康診断、保健医療の提供、生活相談・指導を通じて自立を目指すとしており、日本に帰国・永住した中国残留邦人・配偶者に対する支援法も「自立支度金」の支給に加えて、生活相談、雇用機会・教育の確保などを通じた自立支援を目的に掲げている。
そう考えると、生活保護法などの法律は生活に困っている人に対し、現金給付を中心とした経済的な自立支援だけでなく、就労や住宅、医療、生活指導など広範な方策を通じて、社会生活に適応することを目指していると解釈できる。
9 小山進次郎(1951)『改訂増補 生活保護法の解釈と運用』中央社会福祉協議会pp94-95。
10 住宅セーフティーネット法制研究会編(2018)『逐条解説 住宅セーフティーネット法』第一法規pp117-118。4|児童福祉法などの条文
児童福祉に関する法律でも自立の言葉が使われている。例えば、児童福祉法は児童の権利として、適正な養育、生活の保障、心身の健やかな成長などとともに、「自立が図られること」を挙げている。この規定は子どもの権利や主体性などを認める児童権利条約に沿っており、2016年の児童福祉法全面改正で追加された。これに先立つ1997年の児童福祉法改正では、虐待を受けた児童などを保護する児童養護施設を自立支援の場に位置付ける規定が追加されたほか、児童虐待防止法が2004年に議員立法で改正された際に「児童虐待を受けた児童の保護及び自立の支援」という条文が盛り込まれた経緯がある。
では、ここの自立は何を指すのだろうか。1996年12月の中央児童福祉審議会(厚相の諮問機関、現社会保障審議会)が公表した中間報告では、保護を重視する従来の考え方ではなく、児童福祉の基本理念として、「一人ひとりが個性豊かでたくましく、思いやりのある人間として成長し、自立した社会人となること」を示しており、社会生活への適応を重視していると言える。
このほか、社会生活への適応という意味で自立の文言を使っていると考えられる法律としては、「自立した個人としての自己を確立」を目指す子ども・若者育成支援推進法、被害者の自立支援や適切な保護を国・自治体の責務と定めた配偶者暴力防止被害者保護法(通称DV法)がある。5|母子父子寡婦福祉法などの条文
保護者支援を対象とした法律でも自立の文言が用いられている。まず、母子父子寡婦福祉法は親の義務として、自ら進んで自立を図る意義とともに、家庭・職業生活の安定と向上に努める必要性に言及している。さらに、児童扶養手当法も「父又は母と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進」を目指すとしている。
ここで言う自立の意味を探るため、2002年3月に取りまとめられた国の「母子家庭等自立支援対策大綱」を見ると、「母親の就労等による収入をもって自立できること、そしてその上で子育てができることが子どもの成長にとって重要」という考え方を示しており、収入で自立する必要性に力点を置いている。2013年に成立した子どもの貧困対策推進法も、国や自治体が保護者の自立を図るため、就労に必要な施策を講じると定めており、親が経済的に自立する必要性に言及している。
ただ、経済的な自立が図られても、子育てできる環境が整うとは限らないし、親が子育てについて、福祉制度や隣人・知人など他者の支援を適切に受ける必要性を考慮すると、ここでの自立は生活保護法などと同様、社会生活への適応という意味も含んでいると解釈することも可能であろう。6|介護保険法などの条文
近年の介護保険制度改革では「他人の支援を必要としないこと」を自立と呼んでいる。まず、介護保険法の第1条を見よう(下線は筆者)。
ここでも自立という言葉が使われているが、2000年に介護保険制度が創設された当時、映画と同じく「自己決定」を意味していた。具体例を挙げると、有識者として制度創設に関わった大森彌氏による書籍では「自立支援」とは高齢者による自己選択権の現われとし、自己選択を通じて高齢者の尊厳が保たれるとしていた11。
ただ、近年は介護予防の強化を通じて介護保険給付の抑制を目指す「自立支援介護」が重視されており、自立とは他人の手助けを必要としない状態、つまり専ら要介護状態の維持・改善を意味するようになっている。介護保険制度では要介護・要支援の認定を受けない高齢者を非該当(自立)と呼んでおり、非該当に誘導することが「自立支援」と理解されていることになる。
なお、2012年制定の社会保障制度改革推進法、2014年制定の地域医療介護総合確保推進法にも自立の文言が使われているが、社会福祉法に盛り込まれた自己選択を意味しているのか、他人の支援を必要としない状態を意味しているのか、判然としない。ただ、近年の風潮から考えると、後者と理解する方が妥当かもしれない。
11 大森彌編著(2002)『高齢者介護と自立支援』ミネルヴァ書房pp7-10。7|医療法などの条文
医療法や歯科医師法、健康保険法、生活保護法、雇用保険法、職業安定法、労働基準法、社会福祉法など多くの法律では「地方自治体の事務及び事業を自主的かつ自立的に執行」できるように、政府が地方税財源の充実について必要な措置を講じるという規定が定められており、自治体の財政的自主性に配慮する意味で、自立という言葉を使っている。なお、地域雇用開発促進法という法律も雇用機会の拡大に向けて、「地域の関係者の自主性及び自立性」を尊重する条文が盛り込まれている。8|社会福祉介護福祉士法などの条文
医療・介護・福祉関係職の役割に関する規定の中で、自立という文言を使っている法律がある。具体的には、社会福祉士介護福祉士法と精神保健福祉士法では、それぞれ根拠を持つ専門職に対し、支援を受ける人の尊厳保持とともに、「自立した生活」の支援に向けて、誠実に業務に当たるよう求めている。
さらに、民生委員法は民生委員の仕事として、自立した日常生活に向けた相談、助言、援助を挙げており、母子父子寡婦福祉法の母子・父子自立専門員の役割としても一人親に対し、自立に必要な情報提供と指導に言及している。しかし、いずれも自立の定義は明確に定められておらず、上記で取り上げた7番目を除く解釈に応じて変わり得ると言える。
4――社会保障関係法の自立の解釈
1|自立の整理
以上の考察を通じて、自立という言葉は多義的に使われていることを理解できる。実際、いくつかの法律は多義的に読める条文になっている。例えば、国が障害者の就労施設などから優先的に物品を購入することなどを定めた障害者優先調達推進法は受注機会の確保を通じて、障害者の「自立の促進に資する」と定めているが、映画で言う自己決定なのか、それとも「受注機会の確保→福祉就労に従事する障害者の収入増→扶助に頼らない経済的な自立」という経路を期待しているのか判然としない。
さらに、社会福祉の世界では自立の定義を巡る書籍や論文12がいくつかあり、それぞれで定義や言葉遣いが異なる上、障害者福祉、高齢者福祉、生活困窮者支援、児童福祉など各分野における議論や研究が相互に連携されていない印象も持つ。ここでは条文の意味を表のように整理する。右側は意味、左側の数字は本文中見出しに対応させている。(A)は映画で言う自立であり、|1で述べた通り、支援を要する人が生活環境を自ら決める意味である。(B)は|2で説明した就職に着目する自立であり、(C)は|3で述べた通り、収入を得ることによる経済的な自立である。|5で考察した家庭生活の安定と自立を関連付ける考え方も経済的自立の考え方を含んでいると理解しても良いだろう。
ただ、収入を得るだけでは社会に適応できないので、|3~5の自立には(C)の経済的な自立だけでなく、(D)の「社会生活に適応する自立」という意味も含んでいると整理した。このうち、|3に関しては、社会生活に適応する上では、収入の確保だけでなく、住まいや生活の安定、健康の維持、隣人・知人など他者との関係づくりなどが必要になる。|4で言及した児童福祉、|5で触れた家庭生活の自立についても、福祉制度や社会資源、友人・親戚などの適切な支援を受けつつ、子どもが最終的に社会人として独り立ちすることを目指すのであれば、こちらの概念に包摂しても良いのではないか。
一方、(E)は身体的自立を意味する。つまり、|6で述べた通り、予防を重視する観点に立ち、他人の支援を必要しないという意味になる。そして、(F)は|7で述べた独立した自治体の運営、(G)は|8で説明した現場の関係職が果たすべき役割であり、内容は(A)~(E)の意味で変わり得ることになる。
12 本稿執筆に際しては、本文中に引用した書籍や資料に加えて、岡部卓編著(2015)『生活困窮者自立支援ハンドブック』中央法規出版、愼英弘(2013)『自立を混乱させるのは誰か』生活書院、同(2005)『盲ろう者の自立と社会参加』新幹社、宮本みち子・小杉礼子編著(2011)『二極化する若者と自立支援』明石書店、谷口明広(2006)『障害をもつ人たちの自立生活とケアマネジメント』ミネルヴァ書房、児童自立支援対策研究会編(2005)『子ども・家族の自立を支援するために』日本児童福祉協会、厚生省編(1998)『児童福祉五十年の歩み』厚生省、大泉溥(1989)『障害者福祉実践論』ミネルヴァ書房、大谷強(1984)『現代福祉論批判』現代書館などを参照した。2|自立が多義的な理由
では、なぜこれほど多義的に使われているのだろうか。まず、社会保障の理念を定める基本法が存在しない中で、個別法の整合性が相互に連携できていない可能性を想定できる。具体的には、自立を定めた定義や基本理念が存在しないため、障害者福祉や高齢者福祉、児童福祉、生活保護の各分野で別々に議論が展開され、自立という言葉がバラバラに条文として使われるようになった点である。
さらに、個別法の制定・改正は時々の課題や関心事の影響を受けやすい側面もある。例えば、介護保険法の自立は(A)の自己決定から(E)の意味、つまり他人の手助けを必要としない身体的な状態に変わっている。この背景には介護保険財政の逼迫があり、「介護予防の充実→要介護状態の維持・改善→要介護者の抑制または減少→介護給付費の抑制」という財政問題が優先されている形だ13。
13 詳細は拙稿レポート2017年11月25日「『治る』介護、介護保険『卒業』は可能か」を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=574383|自立は相対的?
ただ、曖昧なのは止むを得ない面もある。そもそも個人を起点に考えると、状況や課題に応じて目指すべき自立の内容は変わり得るためだ。例えば、映画の主人公にとっては、ボランティアの確保を含めて毎日が戦いの連続であり、生活環境や運命を自己決定することが重要だった。さらに、主人公は「憧れの人と会うため、渡米する」という目標を掲げており、この願望を叶えようとすると、自己決定に加えて、渡米に必要な資金や体力、英語力を身に付ける必要があった。ここでは自己決定の自立をベースとしつつ、本人が目指すべき自立の姿は変わっていったことになる。
さらに、生活保護を受けている人や虐待を受けた児童が就職できれば、経済的な自立をクリアできるかもしれないが、働き先での業務や人間関係に対応できなければ、社会生活に適応した状態とは言えない。つまり、就職した時点で当人にとっての自立は「会社の業務や人間関係に慣れる」に変わる。
高齢者についても同じことが言える。リハビリテーションを通じて、非該当(自立)になる可能性があるのであれば、身体的な自立が重視される。ただ、要介護度が改善しなければ、その人にとって大事にしたいことを決めつつ、生活環境や介護サービスなどを自ら決定することが自立になる。
以上のように考えると、「本人にとって自立とは何か」という定義を決められるのは国の役人や専門職、研究者ではなく、最後は当人自身になるのかもしれない。
5――おわりに
考えてみると、自立という言葉は日常会話で多用されている。例えば、「いつまでも親元から離れず、自立していない」「自立した経営を目指す」といった具合である。つまり、自立という言葉は文脈やシチエ―ションに即して意味が変わり得る。もちろん、国権の最高機関である国会を経た法律でさえ意味が統一されていない状況である以上、日常会話の意味に目くじらを立てなくても良いだろうが、少なくとも「自立支援」を論じる政策立案や現場での実践では、その意味を厳密にすることが求められる。
例えば、映画で多用されていた意味で自立を捉えるのであれば、障害の有無にかかわらず、自分の運命を自分で決められる環境整備が自立支援の目的になり、映画の主人公は実現していたことになる。しかし、他人の手助けを必要としない状態にすることを自立支援と認識するのであれば、映画の主人公は実現できない。つまり、多義的な自立の言葉を整理しなければ、同じ言葉を使っているのに、「自立支援」を巡る議論が混乱するという結果になりかねないわけだ。
そう考えると、政策立案や現場の実践に携わる人は自立の多義性を頭に入れつつ、「支援を受ける人が大事にしていることは何か」「その人が自己決定できる環境を作る上で何が必要か」「その人が社会に適応できる場合、何を目標に据えるか」「目標達成に向けたハードルは何か、ハードルをどうやって取り除くか」といった点を個々の事情に応じて考える必要があるのではないだろうか。
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社会保障における自立とは何か――。現在、公開されている映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』を観て、そんなことを強く感じた。これは筋ジストロフィーの男性を主人公としており、セリフの中で「障害者の自立」という言葉を繰り返し使われていたためである。そこで、社会保障関係法の条文における「自立」という言葉の使い方を調べてみると、様々な意味や文脈で多用されていることに気付く。
具体的には、(A)支援を要する利用者が自己決定する自立、(B)定職に就く職業的自立、(C)収入を得ることによる経済的自立、(D)社会生活に適応する自立、(E)他人の支援を必要としない身体的自立、(F)自治体の財政的自立、(G)現場の関係職が支えるべき自立――の7つに大別できると考えている。本稿は社会保障に関する主要な法律の条文を比較し、それぞれの意味や論点を考える。
■目次
1――はじめに~社会保障関係法の「自立」~
2――ネタバレにならない範囲で、映画のあらすじと論点
1|自立を追求した主人公
2|映画で頻繁に登場した自立
3――社会保障関係法における自立
1|障害者基本法などの条文
2|障害者雇用促進法などの条文
3|生活保護法などの条文
4|児童福祉法などの条文
5|母子父子寡婦福祉法などの条文
6|介護保険法などの条文
7|医療法などの条文
8|社会福祉介護福祉士法などの条文
4――社会保障関係法の自立の解釈立
1|自立の整理
2|自立が多義的な理由
3|自立は相対的?
5――おわりに社会保障における自立とは何か――。現在、公開されている映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(http://bananakayo.jp/)を観て、そんなことを強く感じた。これは筋ジストロフィーの男性を主人公としており、セリフの中で「障害者の自立」という言葉を繰り返し使われていたためである。そこで、社会保障関係法の条文における「自立」という言葉の使い方を調べてみると、様々な意味や文脈で多用されていることに気付く。
具体的には、(A)支援を要する利用者が自己決定する自立、(B)定職に就く職業的自立、(C)収入を得ることによる経済的自立、(D)社会生活に適応する自立、(E)他人の支援を必要としない身体的自立、(F)自治体の財政的自立、(G)現場の関係職が支えるべき自立――の7つに大別できると考えている。本稿は社会保障に関する主要な法律の条文を比較し、それぞれの意味や論点を考える*。
* 「障害」は戦前に「障碍」と表記されていたが、戦後に「碍」が当用漢字、常用漢字にならなかったため、「害」の字を当てた経緯がある。本稿は法令に沿って「障害」と記す。
2――ネタバレにならない範囲で、映画のあらすじと論点
1|自立を追求した主人公
まず、映画の話から始める。主人公は鹿野靖明(大泉洋)という34歳の男性。幼少の頃、難病の筋ジストロフィーにかかったことで、車いすで生活しており、首と手しか動かせない。しかも、この病気は有効な治療法がなく、筋肉の力が少しずつ落ち、最期は死に至る難病である。
ただ、彼は病院を飛び出し、父母の支援も受けないまま、大勢のボランティアを自ら募集、一人暮らしをスタートする。そして、映画では靖明とボランティアの医学生、田中久(三浦春馬)、その彼女の安堂美咲(高畑充希)を中心に、悲喜こもごものストーリーがテンポ良く展開していく。タイトルの「こんな夜更けに…」は原作1となった同タイトルのノンフィクションから取られているのだが、映画は「バナナを食べたい」という主人公の“ワガママ”を受け、美咲が深夜にバナナを買い求めて走り回るところから始まる。
原作と比べると、主人公の家族構成や居住環境などが改変されているが、障害の有無にかかわらず、人が生きることの面白さと難しさ、人を助けることの意味合いなど多くの示唆を含んだ映画である。
1 渡辺一史(2013)『こんな夜更けにバナナかよ』文春文庫を参照。
内容はネタバレになるので、この程度でとどめるが、映画では自立という言葉が何度も登場する。実際、ウエブサイトの紹介文にも「人の助けがないと生きていけないにも関わらず、病院を飛び出し、風変わりな自立生活を始める」という一節がある。
では、ここで言う自立は何だろうか。手持ちの辞書は「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやってゆくこと。独立。ひとりだち」と書いているが、手と首しか動かせない主人公は他人の「助けなしに」「自分の力で物事をやってゆく」ことは不可能であり、映画の自立は辞書と違う意味になる。この意味を端的に示す一節が原作に出ている2。
自立とは、誰の助けも必要としないということではない。どこに行きたいか、何をしたいか自分で決めること。自分が決定権をもち、そのために助けてもらうことだ。
これは1960年代後半以降のアメリカで始まった障害者の当事者運動を踏まえ、自らの人生を自ら決める「自己決定権」の行使を自立と見なす考え方になる3。そして、自立を測る物差しは「補助なしで自分だけで何を行えるかでなく、援助を得ながら生活の質をいかに上げられるか」という意味になる4。現に我が国の障害者基本法第1条は自立という言葉を3回も用いている(注:下線は筆者)。
この法律は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつとり、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策に関し、基本原則を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の基本となる事項を定めること等により、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。
この自立が映画の自立と同じであることは言うまでもない。だが、社会保障関係法の条文をチェック5すると、障害者関係の法律だけでなく、社会福祉法、介護保険法、児童福祉法など多くの法律で自立という言葉が使われており、上記とは異なる言葉遣いも散見される。以下、主な法律の条文を見た後、分類化を試みる。
2 渡辺前掲書p209。;
3 定藤丈弘(1993)「障害者福祉の基本的思想としての自立生活理念」定藤丈弘・岡本栄一・北野誠一編著『自立生活の思想と展望』ミネルヴァ書房p8。;
4 Joseph P.Shapiro(1993)“No Pity”〔秋山愛子訳(1999)『哀れみはいらない』現代書館〕p84。;
5 条文の抽出に際しては、国の「e-Gov法令検索システム」を参考にした。
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0100/
3――社会保障関係法における自立
1|障害者基本法などの条文
これは映画で使われている自立であり、先に触れた障害者基本法の自立規定は1993年、心身障害者対策基本法から改組する際に盛り込まれた。そして「自立及び社会参加」という文言は障害者基本法だけでなく、発達障害者支援法、障害者虐待防止法、身体障害者補助犬法で使われているほか、身体障害者福祉法と知的障害者福祉法、精神保健精神障害者福祉法は「自立と社会経済活動への参加」、障害者総合支援法は「自立した日常生活又は社会生活」という文言をそれぞれ用いている。
さらに、自己決定の主体は障害者に限らない。2000年に制定された社会福祉法では福祉サービスの意義として、高齢者や障害者など福祉サービスの利用者が能力に応じて自立した日常生活を営むことができるように支援することと定めている。
これは2000年代前半の「社会福祉基礎構造改革」の影響を受けている。社会福祉基礎構造改革では行政による「援護」「更生」的な要素を持っていた福祉の思想を抜本的に改め、利用者本人の自己決定を重視する形にシフトした。解説書は福祉サービスの意義について、利用者の自己決定による自立を支援することにあるとしている6。
2006年12月施行の高齢者障害者移動円滑化促進法(バリアフリー新法)も「高齢者、障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保」という文言を用いており、ここでの自立は高齢者、障害者等が自らの意思に基づいて日常生活や社会生活を送れるような環境を整備することとしている7。
なお、社会福祉法と同じく社会福祉基礎構造改革の影響を受けた介護保険法でも自立という言葉が使われているが、その意味が近年に変わっており、こちらは後で述べることとする。
6 社会福祉法令研究会編(2001)『社会福祉法の解説』中央法規出版p110。
7 国土交通省監修、バリアフリー新法研究会編(2007)『Q&A バリアフリー新法』ぎょうせいp31。
企業や官公庁に障害者雇用を義務付ける障害者雇用促進法では、職業的な自立に言及している。具体的には、第1条で「職業生活において自立することを促進」するための施策を講じるとしているほか、第4条は労働者となる障害者に対し、「有為な職業人として自立」を促す努力義務も盛り込んでいる。厚生労働省設置法でも所管事務の一つとして、「障害者の雇用の促進その他の職業生活における自立の促進に関すること」と規定しており、一般的な意味としては、職務経験を積んだり、手に職を就けたりすることを指していると考えられる。
このほか、青少年雇用促進法でも「職業生活における自立」を支援するとしており、雇用対策法も職業を通じて自立しようとする労働者の意欲を高める重要性とともに、職業生活における障害者の自立支援にも言及している。
ただ、障害者雇用促進法に関する書籍は職業的自立の意味について、「職業生活に参加するという自己決定を行った個人、または行おうとしている個人に対し、自覚と努力を促し、自立という目標を設定する」と解説8しており、先に触れた自己決定の意味に近くなる。さらに定職を得たとしても、業務内容や職場の環境に適応できなければ、職業的な自立は長続きしない以上、何を以て職業的自立と言えるのか、実は曖昧な面がある。
8 永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著(2018)『詳説 障害者雇用促進法〔増補補正版〕』弘文堂pp70-71。
次に、生活保護法は第1条で「自立を助長」という言葉を使っている(注:下線は筆者)。
この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
この解釈について、1951年に初版が発刊された旧厚生省官僚による古典的な解説書に従うと、「公私の扶助を受けず自分の力で社会生活に適応して生活を営むことのできるように助け育てて行くこと」という意味になる9。「公私の扶助を受けず」という辺りは経済的な自立をイメージしている印象を受ける。低所得者などを対象とした住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進法(通称、住宅セーフティーネット法)も、自治体の責務として、「自立の支援」に向けた他の施策との連携に言及しており、解説書は自立の意味について、「居住者の経済的な自立」と説明している10。
その一方、いくら収入を得たとしても、収入以上に消費しない日常生活が必要になるし、職業生活や住宅の確保、健康状態の維持などを伴わなければ、再び「公私の扶助」を受けることになる。そうなると、収入を得る経済的な自立だけでは、社会生活に適応することは難しくなる。
そこで、生活保護になる前の状態から就労などを支援する生活困窮者自立支援法を見ると、「生活困窮者の自立の促進」を目的に掲げつつ、就労だけでなく心身の状況、地域社会からの孤立などを踏まえた対応策を包括的かつ早期に実施する必要性を強調している。ホームレス自立支援特別措置法も「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者」を主な支援対象と想定しつつ、就業機会の確保や職業能力の開発、住宅支援、健康診断、保健医療の提供、生活相談・指導を通じて自立を目指すとしており、日本に帰国・永住した中国残留邦人・配偶者に対する支援法も「自立支度金」の支給に加えて、生活相談、雇用機会・教育の確保などを通じた自立支援を目的に掲げている。
そう考えると、生活保護法などの法律は生活に困っている人に対し、現金給付を中心とした経済的な自立支援だけでなく、就労や住宅、医療、生活指導など広範な方策を通じて、社会生活に適応することを目指していると解釈できる。
9 小山進次郎(1951)『改訂増補 生活保護法の解釈と運用』中央社会福祉協議会pp94-95。
10 住宅セーフティーネット法制研究会編(2018)『逐条解説 住宅セーフティーネット法』第一法規pp117-118。
児童福祉に関する法律でも自立の言葉が使われている。例えば、児童福祉法は児童の権利として、適正な養育、生活の保障、心身の健やかな成長などとともに、「自立が図られること」を挙げている。この規定は子どもの権利や主体性などを認める児童権利条約に沿っており、2016年の児童福祉法全面改正で追加された。これに先立つ1997年の児童福祉法改正では、虐待を受けた児童などを保護する児童養護施設を自立支援の場に位置付ける規定が追加されたほか、児童虐待防止法が2004年に議員立法で改正された際に「児童虐待を受けた児童の保護及び自立の支援」という条文が盛り込まれた経緯がある。
では、ここの自立は何を指すのだろうか。1996年12月の中央児童福祉審議会(厚相の諮問機関、現社会保障審議会)が公表した中間報告では、保護を重視する従来の考え方ではなく、児童福祉の基本理念として、「一人ひとりが個性豊かでたくましく、思いやりのある人間として成長し、自立した社会人となること」を示しており、社会生活への適応を重視していると言える。
このほか、社会生活への適応という意味で自立の文言を使っていると考えられる法律としては、「自立した個人としての自己を確立」を目指す子ども・若者育成支援推進法、被害者の自立支援や適切な保護を国・自治体の責務と定めた配偶者暴力防止被害者保護法(通称DV法)がある。5|母子父子寡婦福祉法などの条文
保護者支援を対象とした法律でも自立の文言が用いられている。まず、母子父子寡婦福祉法は親の義務として、自ら進んで自立を図る意義とともに、家庭・職業生活の安定と向上に努める必要性に言及している。さらに、児童扶養手当法も「父又は母と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進」を目指すとしている。
ここで言う自立の意味を探るため、2002年3月に取りまとめられた国の「母子家庭等自立支援対策大綱」を見ると、「母親の就労等による収入をもって自立できること、そしてその上で子育てができることが子どもの成長にとって重要」という考え方を示しており、収入で自立する必要性に力点を置いている。2013年に成立した子どもの貧困対策推進法も、国や自治体が保護者の自立を図るため、就労に必要な施策を講じると定めており、親が経済的に自立する必要性に言及している。
ただ、経済的な自立が図られても、子育てできる環境が整うとは限らないし、親が子育てについて、福祉制度や隣人・知人など他者の支援を適切に受ける必要性を考慮すると、ここでの自立は生活保護法などと同様、社会生活への適応という意味も含んでいると解釈することも可能であろう。6|介護保険法などの条文
近年の介護保険制度改革では「他人の支援を必要としないこと」を自立と呼んでいる。まず、介護保険法の第1条を見よう(下線は筆者)。
この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。
ここでも自立という言葉が使われているが、2000年に介護保険制度が創設された当時、映画と同じく「自己決定」を意味していた。具体例を挙げると、有識者として制度創設に関わった大森彌氏による書籍では「自立支援」とは高齢者による自己選択権の現われとし、自己選択を通じて高齢者の尊厳が保たれるとしていた11。
ただ、近年は介護予防の強化を通じて介護保険給付の抑制を目指す「自立支援介護」が重視されており、自立とは他人の手助けを必要としない状態、つまり専ら要介護状態の維持・改善を意味するようになっている。介護保険制度では要介護・要支援の認定を受けない高齢者を非該当(自立)と呼んでおり、非該当に誘導することが「自立支援」と理解されていることになる。
なお、2012年制定の社会保障制度改革推進法、2014年制定の地域医療介護総合確保推進法にも自立の文言が使われているが、社会福祉法に盛り込まれた自己選択を意味しているのか、他人の支援を必要としない状態を意味しているのか、判然としない。ただ、近年の風潮から考えると、後者と理解する方が妥当かもしれない。
11 大森彌編著(2002)『高齢者介護と自立支援』ミネルヴァ書房pp7-10。
医療法や歯科医師法、健康保険法、生活保護法、雇用保険法、職業安定法、労働基準法、社会福祉法など多くの法律では「地方自治体の事務及び事業を自主的かつ自立的に執行」できるように、政府が地方税財源の充実について必要な措置を講じるという規定が定められており、自治体の財政的自主性に配慮する意味で、自立という言葉を使っている。なお、地域雇用開発促進法という法律も雇用機会の拡大に向けて、「地域の関係者の自主性及び自立性」を尊重する条文が盛り込まれている。8|社会福祉介護福祉士法などの条文
医療・介護・福祉関係職の役割に関する規定の中で、自立という文言を使っている法律がある。具体的には、社会福祉士介護福祉士法と精神保健福祉士法では、それぞれ根拠を持つ専門職に対し、支援を受ける人の尊厳保持とともに、「自立した生活」の支援に向けて、誠実に業務に当たるよう求めている。
さらに、民生委員法は民生委員の仕事として、自立した日常生活に向けた相談、助言、援助を挙げており、母子父子寡婦福祉法の母子・父子自立専門員の役割としても一人親に対し、自立に必要な情報提供と指導に言及している。しかし、いずれも自立の定義は明確に定められておらず、上記で取り上げた7番目を除く解釈に応じて変わり得ると言える。
4――社会保障関係法の自立の解釈
1|自立の整理
以上の考察を通じて、自立という言葉は多義的に使われていることを理解できる。実際、いくつかの法律は多義的に読める条文になっている。例えば、国が障害者の就労施設などから優先的に物品を購入することなどを定めた障害者優先調達推進法は受注機会の確保を通じて、障害者の「自立の促進に資する」と定めているが、映画で言う自己決定なのか、それとも「受注機会の確保→福祉就労に従事する障害者の収入増→扶助に頼らない経済的な自立」という経路を期待しているのか判然としない。
さらに、社会福祉の世界では自立の定義を巡る書籍や論文12がいくつかあり、それぞれで定義や言葉遣いが異なる上、障害者福祉、高齢者福祉、生活困窮者支援、児童福祉など各分野における議論や研究が相互に連携されていない印象も持つ。ここでは条文の意味を表のように整理する。右側は意味、左側の数字は本文中見出しに対応させている。(A)は映画で言う自立であり、|1で述べた通り、支援を要する人が生活環境を自ら決める意味である。(B)は|2で説明した就職に着目する自立であり、(C)は|3で述べた通り、収入を得ることによる経済的な自立である。|5で考察した家庭生活の安定と自立を関連付ける考え方も経済的自立の考え方を含んでいると理解しても良いだろう。
ただ、収入を得るだけでは社会に適応できないので、|3~5の自立には(C)の経済的な自立だけでなく、(D)の「社会生活に適応する自立」という意味も含んでいると整理した。このうち、|3に関しては、社会生活に適応する上では、収入の確保だけでなく、住まいや生活の安定、健康の維持、隣人・知人など他者との関係づくりなどが必要になる。|4で言及した児童福祉、|5で触れた家庭生活の自立についても、福祉制度や社会資源、友人・親戚などの適切な支援を受けつつ、子どもが最終的に社会人として独り立ちすることを目指すのであれば、こちらの概念に包摂しても良いのではないか。
一方、(E)は身体的自立を意味する。つまり、|6で述べた通り、予防を重視する観点に立ち、他人の支援を必要しないという意味になる。そして、(F)は|7で述べた独立した自治体の運営、(G)は|8で説明した現場の関係職が果たすべき役割であり、内容は(A)~(E)の意味で変わり得ることになる。
12 本稿執筆に際しては、本文中に引用した書籍や資料に加えて、岡部卓編著(2015)『生活困窮者自立支援ハンドブック』中央法規出版、愼英弘(2013)『自立を混乱させるのは誰か』生活書院、同(2005)『盲ろう者の自立と社会参加』新幹社、宮本みち子・小杉礼子編著(2011)『二極化する若者と自立支援』明石書店、谷口明広(2006)『障害をもつ人たちの自立生活とケアマネジメント』ミネルヴァ書房、児童自立支援対策研究会編(2005)『子ども・家族の自立を支援するために』日本児童福祉協会、厚生省編(1998)『児童福祉五十年の歩み』厚生省、大泉溥(1989)『障害者福祉実践論』ミネルヴァ書房、大谷強(1984)『現代福祉論批判』現代書館などを参照した。
では、なぜこれほど多義的に使われているのだろうか。まず、社会保障の理念を定める基本法が存在しない中で、個別法の整合性が相互に連携できていない可能性を想定できる。具体的には、自立を定めた定義や基本理念が存在しないため、障害者福祉や高齢者福祉、児童福祉、生活保護の各分野で別々に議論が展開され、自立という言葉がバラバラに条文として使われるようになった点である。
さらに、個別法の制定・改正は時々の課題や関心事の影響を受けやすい側面もある。例えば、介護保険法の自立は(A)の自己決定から(E)の意味、つまり他人の手助けを必要としない身体的な状態に変わっている。この背景には介護保険財政の逼迫があり、「介護予防の充実→要介護状態の維持・改善→要介護者の抑制または減少→介護給付費の抑制」という財政問題が優先されている形だ13。
13 詳細は拙稿レポート2017年11月25日「『治る』介護、介護保険『卒業』は可能か」を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57438
ただ、曖昧なのは止むを得ない面もある。そもそも個人を起点に考えると、状況や課題に応じて目指すべき自立の内容は変わり得るためだ。例えば、映画の主人公にとっては、ボランティアの確保を含めて毎日が戦いの連続であり、生活環境や運命を自己決定することが重要だった。さらに、主人公は「憧れの人と会うため、渡米する」という目標を掲げており、この願望を叶えようとすると、自己決定に加えて、渡米に必要な資金や体力、英語力を身に付ける必要があった。ここでは自己決定の自立をベースとしつつ、本人が目指すべき自立の姿は変わっていったことになる。
さらに、生活保護を受けている人や虐待を受けた児童が就職できれば、経済的な自立をクリアできるかもしれないが、働き先での業務や人間関係に対応できなければ、社会生活に適応した状態とは言えない。つまり、就職した時点で当人にとっての自立は「会社の業務や人間関係に慣れる」に変わる。
高齢者についても同じことが言える。リハビリテーションを通じて、非該当(自立)になる可能性があるのであれば、身体的な自立が重視される。ただ、要介護度が改善しなければ、その人にとって大事にしたいことを決めつつ、生活環境や介護サービスなどを自ら決定することが自立になる。
以上のように考えると、「本人にとって自立とは何か」という定義を決められるのは国の役人や専門職、研究者ではなく、最後は当人自身になるのかもしれない。
5――おわりに
考えてみると、自立という言葉は日常会話で多用されている。例えば、「いつまでも親元から離れず、自立していない」「自立した経営を目指す」といった具合である。つまり、自立という言葉は文脈やシチエ―ションに即して意味が変わり得る。もちろん、国権の最高機関である国会を経た法律でさえ意味が統一されていない状況である以上、日常会話の意味に目くじらを立てなくても良いだろうが、少なくとも「自立支援」を論じる政策立案や現場での実践では、その意味を厳密にすることが求められる。
例えば、映画で多用されていた意味で自立を捉えるのであれば、障害の有無にかかわらず、自分の運命を自分で決められる環境整備が自立支援の目的になり、映画の主人公は実現していたことになる。しかし、他人の手助けを必要としない状態にすることを自立支援と認識するのであれば、映画の主人公は実現できない。つまり、多義的な自立の言葉を整理しなければ、同じ言葉を使っているのに、「自立支援」を巡る議論が混乱するという結果になりかねないわけだ。
そう考えると、政策立案や現場の実践に携わる人は自立の多義性を頭に入れつつ、「支援を受ける人が大事にしていることは何か」「その人が自己決定できる環境を作る上で何が必要か」「その人が社会に適応できる場合、何を目標に据えるか」「目標達成に向けたハードルは何か、ハードルをどうやって取り除くか」といった点を個々の事情に応じて考える必要があるのではないだろうか。
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