消費増税へのハードル-増税対策は、費用対効果を考えて

消費増税へのハードル-増税対策は、費用対効果を考えて: 消費税率の10%への引き上げまで1年を切った。財政健全化や社会保障の持続可能性を高めるためには、消費増税を実現して新たな税収源を確保することが欠かせない。これから本格化する臨時国会や税制改正での議論が注目される。論点となるのは、以下の2点である。



1点目は、消費税率引き上げの実現可能性である。消費税率の8%から10%への引き上げは2度延期されている。今回延期が決まれば3度目の事態となり、財政健全化に向けた取組みが大きく後退することになる。ただし、消費税率の再々延期が起こる可能性は、実際にはそれほど高くないと考えている。今年10月の臨時閣議では、消費増税対策の早期構築に向けた指示が出されているうえ、増収分となる5.5兆円程度の財源は既にその使途が決められている。それでも再々延期の可能性が取り沙汰されるのは、これまで延期の理由となってきた経済リスクが多く潜んでいるうえ、来年10月の引き上げ時期にかけて、重要な政治イベントも控えているからだ。本稿の前半では、消費税引き上げに向けたハードルとして、これらの経済リスクや政治イベントに何があるのかを整理している。



2点目は、消費増税に伴う消費の下支え対策である。政府には、前回消費税率を5%から8%へ引き上げた際に、国内景気が大きく落ち込んだとの反省がある。今回の増税対策には、自動車や住宅といった耐久消費財に対する購入支援に加え、国内で初の試みとなる軽減税率の導入も予定されている。本稿の後半では、増税対策の検討にあたって、考慮すべき事項には何があるのか考察している。消費税率の10%への引き上げはこれまで2度延期されてきた。1度目は国内景気の低迷を理由として、2度目は世界経済の下振れを理由として延期されている。どちらも経済の減速が延期の理由となっており、決定直後に実施された国政選挙では選挙の争点にも浮上している。ここでは、来年の消費税率引き上げに向けて、障害となる可能性がある経済リスクや政治イベントについて整理する。1経済リスク

消費税率の引き上げは好調な経済のもとで行われるのが望ましい。景気が減速した状況で実施されれば、消費増税が消費者マインドの低下に追い討ちをかけ、景気の低迷につながる可能性があるためである。景気循環から考えれば、景気拡大は終盤にあるとの見方もできる。日本の景気拡大期間は、戦後最長の「いざなみ景気」に迫っており、世界経済を牽引する米国にも景気循環による影がちらつく(図表1)。来年の景気動向を考えると、国内経済を減速させるリスクは主に海外にあるようである。その海外に眼を向けると、特にリスクとして懸念されるのは、貿易摩擦の激化と欧米中銀による金融政策の正常化である。米中の貿易摩擦については、規模や対象が現状に留まれば実体経済に対する影響はそれほど大きくないとされるが、制裁関税の応酬がエスカレートすれば米中両国と結びつきの深い日本は大きな影響を受けると予想される。また、日米間で来年1月以降に本格化する「日米物品貿易協定(TAG)」に関する交渉の行方も気になるところである。両国は、交渉期間中の自動車関税の発動停止で合意しているものの、米国のこだわる数量規制や為替条項などを巡って交渉が難航した場合、交渉打ち切りで追加関税が発動されるという最悪の事態が起こることも想定される。米国の保護主義的な政策は、来年以降も日本経済を下振れさせる要因になりそうな情勢だ。一方、金融政策の正常化については、ECBの利上げが2019年夏以降に見込まれている。米国に加えて欧州でも金融政策の正常化が進むことで、ファンダメンタルズの脆弱な国からの資金流出が加速する恐れがある。新興国は利下げから利上げに転じるなど欧米による利上げの対策を講じているが、これまでの金融緩和で債務残高は大きくなっており、何かきっかけがあればリスクとして顕在化する恐れもある。欧米の金融政策の変更が、国際的な資金循環に与える影響には十分な注意が必要だろう。なお、欧州については、英国のEU離脱を巡る動きも不透明さを増している。11月の最終合意を目指してきた離脱協定は、北アイルランドの国境管理問題で妙案が見つからず、最終期限を12月まで先延ばしすることが決まっている。ここで合意できなければ、無秩序離脱の可能性が大きく高まり、短期的であるにしても金融市場が動揺して景況感が悪化する事態は考えられる。足元では、サウジアラビアやイランなどを巡る情勢も不安定化しており、来年10月の消費税率引き上げまで、予断を許さない状況が続く見通しである。2政治イベント

消費増税に関して注目されるのは、来年2019年7月頃に予定される参議院議員選挙である。国民負担の増大につながる政策は国民からの人気が低く、長期的に国民生活を支えるものであっても実行が倦厭されがちである。前回2016年に実施された参議院議員選挙では、通常国会終了後に増税の延期が正式決定され、選挙では延期の正当性が争点とされてきた。政策決定は経済情勢に基づいて行われるべきものであるが、消費増税の延期に対する誘惑は、今後、選挙時期が近づくにつれて高まっていくものと考えられる。また、次期国会では、安倍首相の悲願でもある憲法改正に向けた合意作りも始まる。来年以降は内閣支持率にも敏感にならざるを得ず、不人気な政策を実行できるのか、その本気度が試されることになるだろう。1家計全体の負担増は前回より小さい

消費税増税時の影響を考えるには、家計全体に与える影響の大きさを考える必要がある。日本銀行が4月に公表した試算によると、来年実施される消費増税の家計全体に対する影響は5.6兆円に及ぶものの、軽減税率や教育無償化などの措置が家計の負担を緩和することで、ネットで見れば2.2兆円程度の負担増に留まるとされる(図表2)。前回2014年度のネット負担額が8.0兆円であったことに比べれば、家計全体の負担増は4分の1程度に留まる計算である。また、消費増税は家計の実質所得を減少させる政策でもあり、一定程度消費が減少することは仕方ない面もある。消費増税対策を考える際には、これらのことにも留意しておくが必要だろう。2対策は大盤振る舞い

臨時国会では、消費増税対策に対して「あらゆる施策を総動員する」との方針が示された。具体的には、耐久消費財に対する負担を軽減する施策や、中小小売店などでの商品購入を促す施策などが検討される(図表3)。今回の消費増税対策は、家計に及ぼす影響度合いから考えれば相当手厚くなっており、消費の縮小を極限まで抑えたいという政府の強い意気込みが感じられるものとなっている。米国の保護主義的な通商政策や利上げによる新興国からの資金流出など、世界経済の不確実性が高まっている今だからこそ、消費縮小が予想外に景気後退へとつながるリスクに備えておくことは必要である。ただし、2017年度時点の財政赤字比率(国・地方の債務残高の対GDP比)が188%と世界最悪の水準になっている日本に、費用対効果の薄い対策を実施する余裕はない。消費増税対策には、単なるバラマキにならない仕組みが必要だ。施策の対象や手段の選択には、客観的な評価を基にした判断が必要だろう。また、既に実施の決まっている対策に対する国民の理解を醸成していくことも求められる。商工会議所の調査1によると、約8割の事業者が軽減税率制度の準備にまだ取り掛かっていないと言う。来年には元号の改正もあり、企業は人手不足の中でシステム対応などの対策を迫られる。現場で顧客説明を担う、従業員の教育も進めていかなければならない。政府は企業対応を加速させるため消費増税の実施を明確にし、広報活動などにも積極的に取り組んでいくべきだろう。

 




1 日本商工会議所が、調査期間を2018年6月27日~8月3日として、各地商工会議所管内の会員企業を対象として実施している「中小企業における消費税の価格転嫁および軽減税率の準備状況等に関する実態調査」を参照。
3成長戦略の一環という側面も

臨時国会で検討される施策には、これまでにない特徴を有するものもある。例えば、消費者へのポイント還元にキャッシュレス決済という制約を課すことや、プレミアム商品券の発行にマイナンバーカードとの連携を想定するものである。これは、商店にキャッシュレス対応を促して決済情報の蓄積を進め、将来のビッグデータ活用につなげることを狙ったものである。決済情報は、消費者の趣味嗜好や消費行動を把握することができるため、商品開発や物流の効率化などで大きな効果を発揮することが期待される。消費増税対策に副次的な効果を盛り込むことで、キャッシュレス化で立ち遅れた日本が現状を挽回する可能性が生まれる。ただし、この施策を国内企業の競争力の強化につなげるためには、支援対象の選定や端末の整備において注意が必要である。キャッシュレス決済が普及したとしても、気がついたら海外企業などにビックデータが駄々漏れになっているのでは仕方がない。施策を実施する際には、制度を細部まで設計しておくことが必要だろう。 



 







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