新卒一括採用の今後-就活ルールの見直しを前向きに捉え、議論を継続させる

新卒一括採用の今後-就活ルールの見直しを前向きに捉え、議論を継続させる: 2018年9月3日に、中西経団連会長が就活ルールに対して問題提起をしたことを契機に、長らく議論されてきたルールの見直しが始まった。



就活ルールの根拠となるのは経団連の「採用選考に関する指針」であるが、その指針は必ずしも守られてはいない。経団連に加盟していない外資、ベンチャー等には指針が適用されず、また、経団連加盟企業においても水面下で就職活動解禁前に学生と接触をしているところも多いと言われている。最近では経団連の指針はあくまでも指針であるとし、大々的に通年採用を実施している企業も存在する。こうしたことから、経団連加盟企業を中心に就活ルールに対して不公平感を抱いていた企業は一定存在していたと考えられる。



新卒一括採用という就活ルール自体が、現代のビジネス環境に合わなくなってきたことも見直しを後押ししている。秋卒業の留学経験者、外国人留学生、異なる企業での就労経験を持つ中途社員を積極的に採用することで、ダイバーシティの推進を通じ、企業の成長に結びつけることが必要とされているのだ。



上記の理由から、経団連は2020年度以降に卒業予定の学生については、採用選考の指針を策定しないことに決定した。一方で、採用に関する混乱、学業への配慮等から、何らかのルールはあったほうがよいという声も多く、政府主導でのルール作りが検討されていた。



10月29日に、政府は2020年度に卒業予定の学生については、経団連が定める現状の指針を維持することに決定した。また、急激なルールの変更による学生への混乱を回避するために、2021年度以降についてもしばらくは大幅に変更しない方針を示したものの、ルールは毎年検討することから、今後も就活ルール見直しについては議論されることとなっている(図表1)。就活ルール見直しによる一番の懸念は、採用活動の早期化・長期化だ。学生あるいは大学にとっては、就職活動期間が長くなることで学業への影響が心配され、企業にとっても、採用コストが膨らむことが予想されている。政府主導で採用選考に関するルール作りが行われているが、あくまで要請であるため、最終的には採用活動の運用は各企業にゆだねられる。経団連から政府へとルール作りの旗振り役が代わったことで、経団連加盟企業以外へ対象は拡大するものの、強制力を持たないルールでは企業の遵守は期待できないだろう。



現在の企業ごとの主な採用活動開始時期は、外資・ベンチャー→経団連非加盟企業→経団連加盟企業という順だ1。就職人気ランキングで上位を占める経団連加盟企業の採用活動開始を前に、外資・ベンチャー、経団連非加盟企業が先行して優秀な学生を確保しようという構図になっていると考えられる。仮に学生から人気の高い大企業が採用活動を前倒しした場合、その他の企業は更に早く採用活動を開始するという、いたちごっこになり、採用活動の早期化・長期化は避けられないだろう。現在でも大学1年生に対して採用活動を行っている企業も存在しており、学生は大学入学と同時に就職活動を開始し、卒業まで続けなければならなくなる恐れがある。





 




1 ただし、一部中小企業等では、大企業の採用活動が一通り終わってから始めるところも存在する。
採用活動の早期化・長期化により一番影響が懸念されるのは地方中小企業だ。新卒一括採用という効率的な採用システムが見直され、長期間にわたり採用活動をすることは、立地・採用人員の確保などで不利な地方中小企業には痛手となる。また、学生は、早期に内定が獲得できたとしても、少しでも志望が高い企業への就職活動を続けることが予想される。その結果、中小企業は、内定辞退が増加し学生の確保がより困難になる。中小企業は全企業の99.7%を占め、従業員数においても全体の70.1%と存在感が大きい2。特に地方では地域の産業を支える中核企業となっている。就職活動の早期化・長期化により、既に人手不足で深刻な問題を抱える地方中小企業に、更なる追い討ちをかけることになりかねない。



上記に加え、企業・学生ともに、今後しばらくは混乱が続くものと思われる。政府主導でルール作りが行われても、どの程度の企業がその要請を守るのかわからないため、常に就職・採用活動を行わざるを得ない状況が続く。結果として、無秩序な採用活動となれば、企業・学生とも倒れとなるリスクが存在する。



政府は、こうしたことを考慮し、マイナスの影響が大きい地方中小企業、学生に配慮しつつ、一定の強制力を持ったルール作りを行うべきだろう。ルール見直しによる企業・学生の混乱を回避するためには企業ごとの採用活動の透明化が必要だ。現在のようにルール自体は存在するが採用実態はバラバラとなってしまっては意味がなく、明確に守られるルールでなければならない。



 




2 中小企業庁「中小企業の企業数・事業所数」
採用活動の早期化が進む背景には、企業は優秀な人材を確保するために、他企業に先行して学生と接触したいという思いがある。それが、ルールの範囲内であればよいが、水面下でルールを逸脱している場合も多い。そうした企業に遅れをとってはいけないと、他の企業も採用時期を早めるという負の連鎖が発生している。採用活動を開始する時期が早まることで、企業は学生の学業成就を待たずして選考を迫られ、学業以外の要素で学生を判断せざるを得なくなる。また、日本の正社員は終身雇用であるため、特定の分野で突出したスキルを持つよりも、どこにいっても上手くやっていくスキルが比較的重視される傾向がある。そのため、日本の企業はポテンシャル採用していると言われ、その判断要素としてコミュニケーション能力、主体性、チャレンジ精神などが重視されている(図表2)。これらの要素の多くは、大学での学業を通じて身につけるには非効率的であり、結果として、一部の専門的職業を除き、大学生は学業に一生懸命取り組んでも就職に有利にはたらきにくい構造になっているのかもしれない。



日本の大学生は平均的に勉強をあまりしないと指摘されている。欧米と比べ大学を卒業するために勉強がそれほど必要ないということに加え、図表2のように採用決定に際し、学業が必ずしも重視されていないことが原因だと考えられる。つまり、就職するにあたり、大学は学業を通じて成長するところではなく、入学するところとなってしまっている。それは、選考の早期化が進んでいる中で、企業が本来重視すべき学業成績が選考の段階で分からないため、どれだけ優秀な学業成績を収めたかという中身ではなく、どこの大学に入ったかという看板でしか判断できないということが背景にある。こうした実情を踏まえて、中西経団連会長は「学生がしっかり勉強し、企業がそうした学生をきちんと評価し、採用することが重要である」と企業が採用にあたり学業を重視してこなかったことへの反省を述べている。



学生に配慮し、財界が就職活動の期間を短くしただけでは、大学生が学業へ専念するとは限らない。現在の形式的な採用要件となっている大学の卒業について見直し、学業と採用を一体とさせることが必要だろう。



まず大学は、在学中の学業成績をこれまで以上に厳格に卒業にリンクさせ、学業成績を客観的な評価として示すことが求められる。また、企業側が採用時に重視する学業以外のスキル伸長のために、欧米のようなディスカッション形式の授業や、単位認定を認めるインターンシップ、産学連携の強化等を進めるべきだろう。



一方で社会の一員たる企業側もCSR3の観点から、企業間での人材獲得競争による学生の青田買いを見直し、学業成績を重視する採用にシフトしていくべきであろう。既に一部の企業では、明確に大学での学業の成果に重点を置いた採用を行なっているところも存在している。



大学での学業を通じて学生の成長が促されるならば、企業は採用の際によりその成果を重視することとなり、単に採用活動の早期化には向かわないはずだ。重要なことは、企業・大学が一体となり、学業を頑張った人が報われる環境を作りだし、その結果、大学での成長が促されることだ。



 




3 Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)の略。企業は、利益の追及だけではなく、コンプライアンスの遵守、消費者保護、環境保護、人権擁護、社会貢献など、広く社会的責任を果たすことが求められている。
今回の就活ルールの見直しは、企業、大学、学生の各方面から懸念の声が叫ばれている。確かに、政府は出来るだけデメリットを最小限にするようなルール作りを進めるべきである。



一方で、メリットも多分に存在する。企業は今まで短期間で大量の学生をさばかなければならなかったが、じっくりと腰をすえて学生の能力、資質を見極めることが出来るようになる。比較的マイナスの影響が大きいと言われる中小企業にとっても学生へのアピールのチャンスが拡大するのだ。学生は、学業が採用に直結するのであれば、ますます学業に集中できる。早期から企業と接することで、社会に通用するスキルを身につけることを意識し、大学での学習の質を向上させることにも繋がる。



政府が示しているように、短期的には企業・学生の混乱を考えると、急激に大幅な変更は避けるべきだろう。しかし、デメリットを意識しすぎて、単にルール作りの主体を経団連から政府へと移した現状維持にとどめるのではなく、留学生、外国人材等の採用など時代に合った変革と、しっかりと守られるルール作りが望まれる。企業・大学が一体となり中長期的な視点から日本の人材の質を高め、その結果、公平に優秀な人材を獲得できる前向きなチャンスだと捉え、議論をすることが重要ではないだろうか。 



 







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