同床異夢の臨時財政対策債-償還費を本当に負担するのは国か、地方か?

同床異夢の臨時財政対策債-償還費を本当に負担するのは国か、地方か?: 先月公表された「平成29年度地方公共団体普通会計決算の概要」によれば、2017年度末における地方債の総残高は144兆2,891億円、前年度比ではわずかに0.4%の減少となり、6年間ほぼ横ばい状態を続けている。国債残高が同じ期間に毎年30兆円程度増え続け、2018年度末には地方債残高の6倍超に当たる883兆円に達する見込みであることを踏まえれば、地方債残高の安定性は際立っており、地方債に不安材料はないように思われるかもしれない。



しかし、残高の内訳に目を向ければ、地方債においても大きな変化が継続的に生じていることがわかる。図表-1に示すとおり、臨時財政対策債以外の地方債については、2002年度をピークに残高の減少が続いているのに対して、2001年度から発行が始まった臨時財政対策債の残高は年々増加しており、2017年度末には全体の35.8%に相当する53兆911億円にまで達している。偶然にも、臨時財政対策策債の増加ペースと他の地方債の減少ペースとが相殺し合っていることで、全地方債1の残高が横ばい状態を続けているに過ぎない。



したがって、臨時財政対策債を含めた全地方債ベースで見るのか、臨時財政対策債を除いたベースで見るのかによって、地方債務の状況は著しく異なったものに映る。しかも、以下で述べるように臨時財政対策債はきわめて特殊な地方債であり、臨時財政対策債を含めたベースで残高を見ることにも、除いたベースで残高を見ることにも相応の妥当性があり、地方公共団体の債務状況に対する評価を大変難しいものにしている。



 




1 普通会計から発行されるすべての地方債の意。
地方全体で必要とされる地方交付税の総額と、交付税特会への繰入率が法定された5種類の国税2に基づく地方交付税財源との間には大きな乖離があり、地方財政計画策定過程では、毎年大きな財源不足額が生じる。その不足額を当面解消するための方策は「地方財政対策」と呼ばれ、国家予算が策定される年末に財務省と総務省の協議を通じて決定されているが、基本的には、国と地方が折半して資金確保するという「折半ルール」が採用されている3。国も地方も十分な税収がない中で資金確保をしなければならないため、この折半に際しては、結局のところ、国は赤字地方債の増発、地方は赤字地方債の発行に依存してきた。



その赤字地方債が臨時財政対策債である。もし、国の財政状況が良好であれば、地方財政計画策定過程での財源不足額は地方交付税の増額という形で財源確保がなされ、臨時財政対策債は必要とされなかったはずであるから、いわば、国が地方に交付する地方交付税に代わって、地方公共団体が発行する地方債が臨時財政対策債だと言うことができる。



しかも、個別地方公共団体の観点で見ると、発行できる臨時財政対策債の上限額(発行可能額)が、普通交付税の金額と同じタイミングで国によって決定・通知されているだけでなく、元利償還金の全額が後年度の地方交付税算定過程で実質的に補填されることとなっているため、臨時財政対策債は、地方債でありながら、広義の地方交付税とみなされている4



注意しなければならないのは、実際には、その補填措置が新たな臨時財政対策債発行可能額の割り当てという形で行われることである。前述の「地方財政対策」においては、折半ルールに基づく分とは別に、全地方公共団体の既往臨時財政対策債償還費(理論償還費5)の集計値に基づいて、臨時財政対策債発行可能総額が決められている分があり、折半ルールに基づく分(「折半対象財源不足額」対応分)と合算された地方全体の総額が按分される形で個別地方公共団体の臨時財政対策債発行可能額が決定されている。



全地方公共団体の集計値という意味での地方全体で見れば、既往臨時財政対策債の償還費に対する財源補填は常に新たな臨時財政対策債の発行という形をとっており、現金交付される地方交付税には財源補填額は含まれてはいない。すなわち、実質的な借換え6と本質的な償還財源確保の先送りが行われているに過ぎない。



しかも、そうした方法が元利償還金に対する“財源補填”の始まった2002年度以来、継続的に採用されてきたのである。元利償還金の全額が後年度の地方交付税算定過程で実質的に補填されることになっている以上、新たな臨時財政対策債の発行を不要とする状況になれば、財源補填額は地方交付税に上乗せされる形となるはずである。しかし、初めて発行された2001年度から後は、臨時財政対策債が発行されなかった年度は一度もないというのが現実である。



複雑なのは、臨時財政対策債の償還費が同額の新たな臨時財政対策債の発行によって賄われるという構造が、個別地方公共団体レベルでも当てはまる訳ではないことである。個別地方公共団体の臨時財政対策債発行可能額を地方全体の総額から按分する際の算定式が、既往臨時財政対策債の償還費(理論償還費)には基づいてはいないからである。計算上は、現金交付される地方交付税のなかに既往債の償還費対応分が含まれている地方公共団体が存在する一方で、既往債の償還費以上に臨時財政対策債発行可能額が割り当てられて、その分だけ地方交付税額が抑制されている地方公共団体も存在する。しかも、臨時財政対策債発行可能額には、折半ルールに由来する分(「折半対象財源不足額」対応分)も含まれているため、その金額だけを見ても、既往債の償還費との対応関係はほとんどわからない。



 




2 所得税、法人税、酒税、消費税、地方法人税。
3 折半の対象外とされる「折半対象前財源不足額」が「地方財源不足額」から控除された後に折半される。それを「折半対象財源不足額」と呼ぶ。
4 普通交付税の「交付基準額」は「基準財政需要額」と「基準財政収入額」の差額として算定されるが、臨時財政対策債の理論償還費が「基準財政需要額」に算入(加算)されるため、交付団体であれば、本来は普通交付税の増額という形で財源補填を受けられる仕組みとなっている。
5 現実の発行条件にかかわりなく、一律に標準的な償還年限・据置期間・償還方式・発行金利が仮想される。それらを定めるのは国である。このモデル的な発行条件に基づいて計算される償還費は理論償還費と呼ばれる。
6 ここでは、個別地方公共団体が文字通りの借換債を発行するか否かは問わない。
しかし、2019年度については、これまでとは少し異なった状況となることが期待できる。最終的な地方財政計画が公表されるのは2月の見込みであるものの、2019年度の国家予算案が閣議決定されるのに先立って、地方財源不足額解消のための総務省と財務省による協議が行われ、その結果である「地方財政対策」の概要が12月21日に公表されている。それによると、地方税増収を背景に「折半対象財源不足額」が解消し(ゼロとなり)、地方財源不足額総額も前年度から1兆7,681億円も少ない4兆4,101億円にとどまっている。そのうちの約2/3に当たる額が臨時財政対策債で手当てされるが、3兆2, 568億円という金額はすべて既往臨時財政対策債の償還費を賄うためのものである。



これまでも、2001年度以降で「折半対象財源不足額」がゼロとなったことは、2007年度と2008年度の2回あったが(図表-2参照)、両年度においては、臨時財政対策債に対する社会的関心が十分に高いとは言えなかった。しかし、現在では、臨時財政対策債の問題は、財政制度等審議会、地方財政審議会のほか、経済財政諮問会議で活発に議論されるようになっている。



臨時財政対策債の発行と償還を巡る問題に対しては、本来は当事者である地方公共団体、とくに、住民の声が高まることが国に問題解決に向けた行動を促す力となるはずであり、その点に関しても、変化が期待できる。個別地方公共団体の普通交付税と臨時財政対策債発行可能額が決定されるのは、例年7月であるが、普通交付税算定のベースとなる基準財政需要額の積算項目のひとつとして、既往臨時財政対策債の理論償還費も総務省のウェブサイトで公表されるからである。単純にその理論償還費と臨時財政対策債発行可能額を比較すれば、概ね半数程度の交付団体において、補填される償還財源の全額が新たな臨時財政対策債発行で賄われることを住民が確認できるはずである。臨時財政対策債の償還財源確保のあり方については、財政制度等審議会、地方財政審議会、経済財政諮問会議においても、コンセンサスが得られるに至っていないどころか、まだ、問題提起とそれを受けての議論が始まった段階と言える状況である。



図表-3は、それぞれの議論の対象と提言の内容を要約したものである。いずれも、臨時財政対策債への依存を減らすべきこと、既存債務を縮減していくべきことを提言している点では共通しているものの、それぞれの真意は隠されているようにも見える。



そうした点を脇に置けば、財政制度等審議会の提言は、地方財政計画上で財源余剰が生じた場合に、歳出に充当するのではなく、債務償還に充てるべきだとして、歳出と債務の拡大に歯止めをかける枠組み作りを志向したところに意義がある。膨張を続ける臨時財政対策債への対処が定まっていない状況下で、国の債務縮減につなげることまで踏み込んだのは時期尚早の感もあるが、これまでの地方財源不足額に対して、折半の結果として国が赤字国債を増発してきたことを踏まえれば、このような論点もあり得ることを社会的に示したことは重要である。



また、地方財政審議会の見解は、現行制度の尊重と堅実な現状認識に基づいたものであり、縮減すべき対象として、臨時財政対策債残高だけでなく、交付税特会借入残高を具体的に挙げた点に意義がある。「折半対象財源不足額」が存在しない状況が定着した訳ではないことに注意を喚起したこと、楽観論を戒めた点も重要である。



さらに、経済財政諮問会議の問題提起は、どのようにして既往臨時財政対策債の圧縮を図るのかという具体的な方策は示していないものの、既往債という言葉を用いて、「折半対象財源不足額」以外の地方財源不足額の主因、すなわち、既往臨時財政対策債償還費に焦点を当てたことに意義がある。



実のところ、提示された論点自体は決して目新しいものではないが、多くの人が注目し、また、公表資料を目にする可能性の高い財政制度等審議会、地方財政審議会、経済財政諮問会議の資料の中に示されたことは、コンセンサス形成に向けた大きな前進と言ってよいであろう。それでも、実質的な借換えによる償還財源確保の先送りを止めて、臨時財政対策債残高を縮減することのできる償還財源を確保する方策は、具体的には示されていない。これまでは議論の対象にすらなっていなかったと言うべきであり、未だに臨時財政対策債の残高が膨張を続けていること、本質的な償還財源が確保されてないことに関して、社会全体として強い危機意識が持たれているとは言い難い。



地方財源不足額を当面解消する資金手当ての中心的手段として、臨時財政対策債ではなく、交付税特会による借入れが用いられていた時代には、「交付税特会借入金は地方全体の債務でありながら、個別地方公共団体には債務として認識されていない」という理由で、厳しい批判がなされた。その交付税特会借入残高のピークは33兆6,173億円であったが、臨時財政対策債残高が2011年度末にはその金額を上回ってしまったのに、特に注目されたり、大きく報道されたりしたことはなかった。臨時財政対策債に対する社会的な危機意識の低さが象徴されていると言っても過言ではない。



臨時財政対策債を発行するのは個別の地方公共団体であり、償還義務を直接負うのは発行体である地方公共団体である。交付税特会による借入れに代えて、臨時財政対策債を地方公共団体に発行させる方法を採ることで、「個別地方公共団体には債務として認識されない」ことはなくなったことが、国の危機意識を後退させてはいないであろうか。



他方、後年度の地方交付税算定過程で元利償還金の全額が実質的に補填される位置づけとなっていることで、地方公共団体においては、自らの実質的な債務から除外して考えられていることはないであろうか。



言い換えると、強い危機意識が社会的に共有されてこなかったのは、臨時財政対策債は、国から見れば地方の債務、地方から見れば国の債務として認識されている側面が強いように思われる。



前述の経済財政諮問会議の提言が新聞報道された折も、「元利金の償還は国が補填するため、将来の財政負担に懸念がある」と解説した記事が見られたが、「国が補填する」という記述は正確ではない。臨時財政対策債の元利償還金は地方交付税制度の中で補填される建前になっていると表現すべきであり、国が補填することと制度を通じて財源確保することの境界線が曖昧なために、それぞれが都合のよい解釈をしているのではないかと危惧される。実際には制度の中で本当の意味での財源補填ができていないのに、新たな臨時財政対策債を割り当てることで償還財源確保の問題が先送りされ、臨時財政対策債の償還費を実質的に負担するのは誰なのかという単純な問いに対する答えを明確にすることが避けられてきたようにさえ見えてしまう。



地方財源不足額の当面の解消策を講じる「地方財政対策」が決定される際には、毎年、総務大臣と財務大臣の間で覚書が交わされるが、その覚書においては、「既往臨時財政対策債の償還費は折半対象財源不足額に含めない」という趣旨のことが明確に書かれていることは、意外に知られていない。それを額面通りに解釈すれば、既往臨時財政対策債の償還費を国が補填することはないことになる。地方交付税の財源は5種類の国税であるから、地方交付税制度の中での償還財源確保には国は間接的に関与しているが、そこで確保できなかった場合には国が追加的な負担を行うことはない、というべきかもしれない。



そもそも、過去の「地方財政対策」において、「折半対象財源不足額」のうち国負担分は赤字国債の増発によって、地方負担分は臨時財政対策債の発行によって賄われ、後者から後年度に発生するのが既往債の償還費にほかならない。したがって、それを国による負担の対象とはしないのは、過去の「折半」の考え方を反故にしない限り、当然とも言えることである。



望ましいか否かという観点からではなく、仕組みに即して解釈すれば、臨時財政対策債の償還財源を地方交付税制度の中で確保できない場合は、結局、償還費を実質的に負担するのは地方だと考えるべきであろう。たとえば、臨時財政対策債の償還費を地方交付税で賄いつつ、他の歳出に対する充当することができる地方交付税の額が実質的に減額されるという形を採らないとは言えないだろう。



このように考えると、地方全体で見た場合の既往債償還費が実質的な借換えによって手当てされる方法が17年間も続けられてきたことは、由々しき事態である。地方公共団体が実質的な負担をする事態を避けるには、臨時財政対策債の償還財源を地方交付税制度の中で確保することが不可欠である。そのためには、既往臨時財政対策債償還費を賄えるだけの「地方財源余剰」が地方財政計画上で生ずることが必要となる。経済財政諮問会議の言葉を引用するならば、税収拡大に応じて「地方財源余剰」が拡大するような構造を地方財政計画策定過程に組み込むことが必要であろう。



その第一歩は、消費税率および地方消費税率の引き上げに伴う増収分を、少しでも「地方財源余剰」捻出に振り向けることである。今、必要なのは、そのための仕組み作りである。 



 







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