フランス・マクロン政権の第2幕-国民討論会は分断緩和の糸口となるか?-

フランス・マクロン政権の第2幕-国民討論会は分断緩和の糸口となるか?-: ■要旨



  1. マクロン大統領は、「黄色いベスト運動」に対して、燃料税引き上げの撤回と所得対策による対応を迫られた。


     
  2. 「政権第1幕」では、当初からの支持者の期待にはある程度応えたが、支持を広げることができなかった。最大の失敗は、「エリート、富裕層、大企業、大都市」を向いており、「中低所得者、地方」の犠牲を顧みないというイメージが定着してしまったことだ。


     
  3. 政策の方向は正しかったが、国民の理解を求める努力や痛みを緩和する措置への配慮が不十分なまま、改革を急ぎ過ぎた。マクロン大統領の個性や、EUの中でリーダーシップをとりたいという意欲が引き起こした。タイミングと手法にも問題があった。


     
  4. 「政権第2幕」では、改革と財政赤字削減、支持基盤の拡大という同時達成が困難な課題に成果を出す力が問われる。


     
  5. マクロン大統領には、EUさらにはリベラルな世界秩序の担い手として期待が掛かる。しかし「政権第2幕」の最初の試金石となる今年5月の欧州議会選挙は、極右の国民連合(RN)の後塵を拝し、イタリアの同盟の議席も下回る見通しと状況は厳しい。


     
  6. マクロン大統領は、3月にかけて全国的な国民討論会を開催し、国民の意見に耳を傾け、政策に反映する方針を表明している。国民討論会は、分断の緩和の糸口となり、改革と財政赤字削減、支持基盤の拡大の同時達成を可能にするのか。今後の展開を見守りたい。
■目次



 ・2018年のフランスの最も印象的な出来事は黄色いベスト運動

 ・マクロン大統領の支持率は一旦下げ止まり

 ・マクロン政権第1幕の問題-改革推進で支持者の期待に応えたが、支持層の拡大に失敗

 ・黄色いベスト運動への支持の低下、浮き彫りになる格差と世論の分断

 ・マクロン改革に中低所得者・地方を切り捨てる意図はないが、痛みは先行する

 ・方針転換でEU改革のリーダーとしての役割にも疑問符

 ・第2幕の課題は改革と財政赤字削減、支持基盤拡大の同時達成。

  5月の欧州議会選は試金石

 ・リベラルな世界秩序、EUの担い手として期待も掛かるが、現時点では劣勢

 ・全国的な国民討論会は分断の緩和の糸口となるか燃料税引き上げへの抗議活動に始まった「黄色いベスト運動」は、仏調査会社・Ifopの世論調査1で「2018年の最も印象的な出来事」に関する回答の57%を占め、同じ12月に起きたストラスブールのテロ(41%)、ロシア・ワールドカップでのフランスの優勝(25%)を抑えて第1位だった。



筆者にとっても、「黄色ベスト運動」の拡大を受けて、フランスのマクロン大統領が方針転換を迫られたことは、2018年に欧州で起きた様々な出来事で最も印象的だった。



2019年以降の欧州にとっても、混迷の様相を深める英国のEU離脱の行方以上に、潜在的に大きな影響を及ぼし得ると思っている。



 




1https://www.ifop.com/wp-content/uploads/2018/12/116059-Rapport.pdf。印象的な出来事の第1位ないし第2位として選んだ割合の合計。「黄色いベスト運動」を第1位として選んだ割合も38%でトップだった。
 





マクロン大統領の支持率は一旦下げ止まり

「黄色いベスト運動」の抗議活動が始まったのは18年11月17日のことだった。



マクロン大統領は、当初は、抗議活動が拡大しても方針転換しないと言い続けてきた。しかし、4週間にわたる抗議活動が「反マクロン政権」の様相を帯び、一部が暴徒化したことなどを受けて、12月10日のテレビ演説で、国民に和解を呼び掛けるとともに謝罪、燃料税引き上げの撤回とともに最低賃金の引き上げや税・社会保険料の免除などの所得対策を迫られた。



大幅な譲歩で、マクロン大統領の支持率は一旦下げ止まった。仏調査会社・Ifopが1月3~4日に実施した世論調査によれば2、大統領の支持率は最低水準を更新した12月の23%から28%に持ち直した(図表1)。

 





マクロン政権第1幕の問題

マクロン大統領の支持率は、就任当初の60%台から劇的に低下したように見えるが(図表1)、そもそも幅広く支持を得て選出された訳ではない点に注意が必要だ。17年の大統領選挙決選投票での66.1%という得票率や、大統領選挙後の国民議会選挙でのマクロン大統領率いる「共和国前進(REM)」の地滑り的勝利は、大統領を第1回投票で候補者を2人に絞り込む二回投票制で選び、大統領選挙直後に国民議会選挙を行うフランスの選挙制度特有の結果という面がある。大統領選挙の決選投票では国民戦線(当時)のルペン候補と一騎打ちとなり、極右の大統領を阻止すべきという判断が、マクロン大統領に追い風として働いた。しかし、決選投票は、有権者の25.44%が「棄権」し、8.59%は「白票」ないし「無効票」だった。マクロン大統領の得票率は、有権者総数比では43.6%に過ぎない3



マクロン大統領の支持率は、大統領選挙の第1回投票での得票率が24.01%(有権者総数比で18.19%)あったことを考えると、支持率は「変わっていない」と見ることもできる。



「黄色いベスト運動」を受けた方針転換までを「マクロン政権第1幕」と位置付けるならば、マクロン大統領は、公約とした改革に意欲的に取り組むことで、有権者のおよそ4分の1の当初からの支持者の期待にはある程度応えた。しかし、積極的に支持しなかった4分の3に支持を広げることができなかった。



 





黄色いベスト運動への支持の低下、浮き彫りになる格差と世論の分断

「黄色いベスト運動」による毎土曜日の抗議活動は、マクロン大統領が、引き金となった燃料税の撤回を決めた後も続いている。仏内務省は、1月12日のデモには8万4000人が参加したとしている。11月17日の初回の28万2000人から大きく減っているが、12月29日の3万2000人を底に勢いを盛り返している。



ただ、一部の参加者の行動の過激化もあり、世論の支持は下がっている。仏調査会社・Odoxaによれば、11月22日の時点では「黄色いベスト運動」の継続を支持する割合が66%に達していたが、1月10日公表の調査4では52%まで低下している。



全体としての支持の低下で世論の分断も浮き彫りになりつつある。同社の1月3日公表分の調査5、では、運動の「継続」を支持する割合は、家計の月収の1500ユーロ(1ユーロ=123円で換算した場合18万4500円)未満では72%を占めるが、所得水準が上がるに連れてその割合が低下、3500ユーロ(同43万500円)以上では38%に低下するという結果が出ている(図表2)。黄色いベスト運動の継続と停止を支持する割合は支持政党によって大きく異なる。マクロン大統領の与党「共和国前進(REM)」の支持者は94%が「停止」と答え、右派の共和党(LR)と左派の社会党(PS)の支持者も「停止」が過半を超える。他方、ルペン党首率いる極右の国民連合(RN)は84%、メランション党首率いる急進左派の「不服従のフランス(FI)」では78%が「継続」を支持する。



 





マクロン改革に中低所得者・地方を切り捨てる意図はないが、痛みは先行する

マクロン政権第1幕の最大の失敗は、「エリート、富裕層、大企業、大都市」を向いており、「中低所得者、地方」の犠牲を顧みないというイメージが定着してしまったことだろう。



マクロン大統領の改革は、労働法の改正や、資産税廃止、法人税減税などを通じて、企業のフランス国内における雇用と投資の意欲を刺激し、潜在成長率を高め、財政の健全化を実現する狙いがある。こうした政策を「エリート、富裕層、大企業、大都市」や、経済の専門家やEU、国際機関なども歓迎したことは事実だ。フランス経済の構造問題である高コスト体質を是正する改革に精力的に進めたからだ。



改革の効果は、いずれ「中低所得者、地方」にも行き渡ることが期待されており、犠牲にする意図はなかったはずだ。しかし、財政構造改革や規制改革は、痛みを伴い、効果が実感できるようになるまで時間が掛かる。



政策の方向は正しかったが、国民の理解を求める努力や痛みを緩和する措置への配慮が不十分なまま、改革を急ぎ過ぎた。「頭脳明晰」であり、時に「傲慢」とも評されるマクロン大統領の個性や、EUの中でリーダーシップをとるためにも、財政赤字の削減を急ぎたいという意欲が引き起こした問題であったように思う。



タイミングと手法にも問題があった。抗議行動の直接のきっかけである燃料税の引き上げは、財源確保の確実な手段だが、潜在的にマクロン改革に不満を持つ、地方や中低所得者層に負担が大きい。特に、18年下期は、エネルギー価格の押上げ圧力で、インフレが加速し(図表3)、購買力が圧迫されていたことで、不満が高まりやすくなっていた。Odoxa の1月3日公表分の調査でも、2019年の最優先課題に対する回答のトップは「購買力の引き上げ」で54%を占め、「貧困の解消」が45%、「減税」が41%と続く。「失業の削減」が32%だった。2015年の調査との比較では、「失業の削減」が27ポイント低下、「購買力の引き上げ」と「貧困の解消」が、それぞれ13ポイント、12ポイント上昇しており、暮らし向きの改善を望んでいる人々が増えている。今回の方針転換は、EU、ユーロ制度の改革にも影を落とす。マクロン大統領は、フランスの構造改革と共にEU、ユーロ制度の改革に意欲を示してきたからだ。特に影響を受けるのは、ユーロ圏の統合で、最も遅れている財政面でのリスク分担、「ユーロ圏予算」の議論だ。



マクロン大統領が積極的に支持してきた「ユーロ圏予算」の議論は、今、大詰めを迎えている。ユーロ圏内では、必ず起こる次の危機に備えて財政面でのリスク分担の枠組みが必要というコンセンサスは形成されつつある。18年12月14日に開催されたユーロサミット(ユーロ圏首脳会合)でも、ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)に、EUの多年時予算枠組みにユーロ圏の収斂と競争力のための予算枠を設ける作業を進めるよう指示、19年6月のサミットで大枠合意を目指す方針を確認している6



フランスが、ユーロ圏で唯一の「過剰な財政赤字国」となりかねない状況となったことは、「ユーロ圏予算」の議論で主導権を握ることを難しくする。マクロン大統領が、12月10日のテレビ演説で約束した一連の政策は、総額100億ユーロ相当。2019年の財政赤字は、当初の計画の名目GDP比2.8%から同3.2%に膨らむ。そもそも、フランスの財政赤字は、2008年から実に9年にわたり、EUが「過剰な赤字」の基準とする同3%を超えていた。マクロン政権初年度の2017年に、ようやく同2.7%で過剰な赤字を脱したばかりだが、僅か2年で過剰な赤字国に戻る。欧州委員会のモスコビシ経済・財務・税制担当委員(フランス出身、前財務相)は、フランスの財政赤字の3%基準の超過は、「一時的、例外的、限定的」であれば「許容し得る」としている。イタリアは、再提出した暫定予算案も違反とされ、12月19日に、19年の財政赤字の同2.4%から2.04%への削減(図表4)や、欧州委員会と対立していた甘すぎる成長見通しを改定するなどの修正を行うことで違反手続きをとりあえず回避したところだ。フランスとイタリアでは、政府債務残高の水準も違うため、EUのルール上、求められる財政健全化のスピードは異なる。とは言え、マクロン政権が、過剰な赤字を2019年限りに留めることができなければ、欧州委員会は「イタリアに厳しく、フランスに甘いダブル・スタンダード」という批判は免れない。



マクロン大統領のEUにおける発言力は、フランス国内での財政健全化や構造改革の成果次第だ。



 





第2幕の課題は改革と財政赤字削減、支持基盤拡大の同時達成。

2019年に本格的に始まる「マクロン政権第2幕」では、フランスにとって必要な改革を継続しつつ、支持者を拡大することが課題となる。EUにおけるフランスの影響力を維持拡大し、EU改革の主導権を握るためにも、「財政の大盤振る舞い」を繰り返す訳にはいかない。



最初の試金石となるのが、今年5月の欧州議会選挙だ。「共和国前進(REM)」が政党として欧州議会選挙に臨むのは今回が初だが、現時点では状況は厳しい。14年の前回選挙では、国民戦線(現、国民連合(RN))が24.9%の票を獲得し、当時の与党・社会党(PS)や最大野党・共和党(LR)を抑えて得票率第1位となった。今回の欧州議会選挙に関する世論調査の結果は、調査によって多少のばらつきがあるが、RNが2割強、REMが2割弱で、マクロン大統領は劣勢だ。マクロン大統領の与党の劣勢も懸念材料だが、PS、LRと二大政党の支持が細ったまま。不服従のフランス(FI)が左派のPSを上回ることは確実で、LRに並ぶ可能性もある。



フランスにおいても、EU加盟国に広く観察されるEU統合を推進してきた二大政党への支持の低下、左右両極への票の分散が生じており、中道を掲げるマクロン大統領のREMが一種の砦となる構図は17年の大統領選挙時と変わっていない。

 



リベラルな世界秩序、EUの担い手として期待も掛かるが、現時点では劣勢

昨年12月与党・党首を辞任したドイツのメルケル首相の終わりは時間の問題7であり、マクロン大統領には、EUさらにはリベラルな世界秩序の担い手として期待が掛かる。



しかし、この点でも劣勢は否めない。5月の欧州議会選挙について、各国の世論調査を基に作成しているPollof­Polls8のまとめでは、REMの予想獲得議席数(図表5では欧州自由民主同盟(ALDE)の会派に分類)は22議席でRNが22議席(同、国家と自由の欧州(ENF)の会派に分類)だ。欧州議会で、RNと同じENFに属するイタリアの「同盟」は、連立パートナーの「五つ星運動」を抑えて、同国で得票率第1位となることは確実な情勢だ。予想獲得議席は29議席でREMを大きく上回りそうだ。同じくEUの基本的価値観への違反が問題視されているポーランドの与党・右派の「法と正義(PiS)」は、EU離脱を決めた英国の与党・保守党と同じ「欧州保守改革(ECR)」会派に属する。PiSも同国で得票率第1位となる見通しで、25議席を獲得すると予想されている。「同盟」を率いるサルビー二副首相は、マクロン大統領を敵視してきた。ポーランドの現政権とフランスとの関係も良好ではない。欧州議会選挙の結果を材料に、マクロン批判、EUの既存の枠組みの修正を求める勢いを強めそうだ。米国のトランプ大統領が「米国第一主義」に批判的なマクロン大統領の支持の伸び悩みを、自身の政策を正当化する材料とすることを許す苦しい局面も続きそうだ。昨年11月6日の中間選挙の結果を「勝利」と位置づけるトランプ大統領は、第一次世界大戦終戦100年記念式典のためのパリ訪問から帰国後の同月13日のツィッターに問題はエマニュエル・マクロンが26%という低い支持率とほぼ10%という失業率に苦しんでいることだ。」と書き込んだ9



 




7 21年9月の次期総選挙まで任期を全うする方針だが、大連立政権の崩壊などで前倒し総選挙となった場合には、メルケル首相の引退時期は早まる。
8https://pollofpolls.eu/EU
9https://twitter.com/realdonaldtrump/status/1062333534214520832
 





全国的な国民討論会は分断の緩和の糸口となるか

マクロン大統領は、18年の大晦日の新年メッセージ10で、2019年を「決定的な年」と位置づけ、改革への意欲を示し、「現実を直視すること」、「尊厳を保つこと」、「希望を持つこと」の3つの願いとして掲げ、改革への理解と協力を呼び掛けた。



マクロン大統領は、今月13日に国民向けの書簡を発表、15日の北部ウール県を皮切りに、3月にかけて「全国的な国民討論会」を開催し、国民の意見に耳を傾け、政策に反映する方針を表明している。果たして国民討論会は、分断の緩和の糸口となり、改革と財政赤字削減、支持基盤の拡大の同時達成を可能にするのか。



「マクロン政権第2幕」の成否は、フランスばかりでなく、今後のEU、世界経済の流れを変え得る。今後の展開を見守りたい。



 



 







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