水面下で広がる円高~経済・企業収益への影響も
水面下で広がる円高~経済・企業収益への影響も: ■要旨
1.トピック:水面下で広がる円高
・円高とドル高が同時に発生
・円はドルを除く幅広い通貨に対して上昇
・日本経済・企業収益への影響も
2.日銀金融政策(10月):海外リスク要因への警戒を強める
・(日銀)現状維持
3.金融市場(10月)の振り返りと当面の予想
・10年国債利回り
・ドル円レート
・ユーロドルレート10月上旬に米金利が上昇したことを発端として世界的に株価が下落し、さらに貿易摩擦の影響への懸念が加わる形で株式市場の動揺が続いた。この間、VIX指数が大きく上昇したことが示すように、金融市場はリスク回避的な地合いとなったが、円高ドル安の進行は極めて限定的に留まり、むしろドル円の底堅さが際立つ結果となった。(円高とドル高が同時に発生)
従来、世界的な株安などのリスク回避局面では円が買われる傾向が強く、ドルに対しても例外ではなかった。実際、今年年初に発生した米金利上昇発の世界的な株安局面では、大幅な円高ドル安が進行している(前ページ図表参照)。
一方、今回は米国経済の強さに対する市場の信頼感を背景として、リスク回避局面においてドルも円と同様に買われる傾向が強く、実効レート1でみるともドルも上昇している。円もドルも他通貨に対して同様に買われる状況では、ドル円は動意に乏しくなる。ちなみに、年初の世界的な株安局面ではドルが幅広く売られる一方で円が買われる形で、大幅な円高ドル安が進行していた。
1 各通貨について、当該通貨と他通貨の間の為替レートを貿易ウェイトで加重平均して指数化したもので、各通貨の総合的な強弱を示す。本稿ではBIS算出の(名目)実効レートを使用(61カ国ベース、各通貨のウェイトは2011~2013年の貿易状況に基づく)。(円はドルを除く幅広い通貨に対して上昇)
しかし、このことは裏を返せば、ドルを除く多くの通貨に対しては円高が進行していることを意味する。実際、BISが算出する円の実効レートにおいて、構成シェアの高い15通貨(つまり、日本の貿易においてシェアの高い15ヵ国・地域の通貨)の対円レートを確認すると(11月1日時点)、10月の世界株安局面では、ほぼ全ての通貨に対してリスク回避的な円買いが進んでいることが確認できる。また、昨年末を起点とした場合でも、ドルを除く全ての通貨に対して円高が進んでいる。ちなみに、今年、多くの通貨に対して円高が進んだ理由としては、以下の要因が考えられる。
(1) 超低金利
たびたび発生したリスク回避局面において、世界的に国債需要が高まることで金利が低下するなか、金利低下余地の小さい日本の金利は殆ど低下せず、内外金利差が縮小したことで円が買われた。
(2) キャリートレードの解消
リスク回避局面において、キャリートレード(円などの低金利通貨を売って高金利通貨を買い、利鞘を稼ぐ取引)の解消が発生したことで円の買戻しが起きた。
(3) 経常黒字
日本の多額の経常黒字計上に伴って恒常的な円買い需要が発生しているほか、今年は米利上げ継続等に伴って新興国からの資金流出懸念が高まったため、いくつかの経常赤字国(つまり、資金を海外に依存する国)の通貨が売られ、日本も含めた経常黒字国の通貨に資金がシフトする動きが発生した。
(4) 乏しい追加緩和観測
今年に入って、日銀は大規模緩和の長期化に伴う副作用の軽減に注力しており、副作用を増大しかねない金利の押し下げには否定的との見方が市場に浸透、むしろ今後の緩和縮小観測の方が優勢になっている。
(5) 政治の安定感
日本では安倍政権の安定感が高く、政治の混乱・不安定化に伴う通貨売りが見られない。(日本経済・企業収益への影響も)
このように、ドル円での円高は進んでいないものの、ドル以外の通貨に対して円高が進んでいることは、やはり日本の輸出の逆風になると考えられる。日本の輸出先は米国ばかりではないためだ。仮に輸出時の決済通貨がドルや円だったとしても、輸出相手先の通貨に対して円高が進めば、輸出競争力の低下や輸出採算の悪化に繋がる。現に、最近発表されている企業決算や業績見通しにおいて、新興国通貨安が利益減少要因となっている例が散見される。
また、(対ドル以外の)円高によって輸入品の価格競争力が高まり、国内企業の市場を侵食する可能性もある。
なお、当たり前だが、何かの通貨を売るときには他の通貨を買わなければならない。現在はドルの需要も強いため、新興国通貨などが売られる際に円とドルに買い圧力が分散している。ただし、今後、もし米経済への期待後退などから市場のドルに対する選好度が低下すれば、リスク回避局面などで買い圧力が円に集中し、円が多くの通貨に対して急伸することになりかねない。
2.日銀金融政策(10月):海外リスク要因への警戒を強める
(日銀)現状維持
日銀は10月30日~31日に開催された金融政策決定会合において金融政策を維持した(賛成7・反対2)。原田、片岡両審議委員は、前回9月決定会合時と同様、長短金利操作とフォワードガイダンスに対して反対を表明した。
会合終了後に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を前回同様、「緩やかに拡大している」に据え置いたほか、個別項目にも特段の変更は無かった。先行きの見通しについても、従来同様、経済が緩やかな拡大を続け、物価上昇率が2%に向けて上昇していくとのシナリオが維持されたが、経済のリスクバランスについては、「海外経済の動向を中心に下振れリスクの方が大きい」とし、前回展望レポート時の「2018 年度はリスクは概ね上下にバランスしているが、2019 年度以降は下振れリスクの方が大きい」から2018年度について下方修正した。また、金融面での不均衡についても、先般公表された金融システムレポートの内容を踏まえ、今回新たに「先行きの動向には注視していく必要がある」との表記が加わった。
2018~20年度の政策委員の大勢見通し(中央値)では、2018年度の実質GDP成長率、2018年度から20年度にかけての物価上昇率が小幅に下方修正された。物価上昇率はじわじわと下方修正され続けており、2020年度時点でも1.5%まで下がっている。2%目標との距離が開いてきており、物価目標達成への道筋は曖昧になっている。
会合後の総裁会見において黒田総裁は、物価見通し引き下げについて、「物価を巡る全体のピクチャー、状況が大きく変わったとは考えていない」と説明し、「賃金・物価を押し上げていくモメンタムははっきりと維持されている」と評価。その理由として、GDPギャップや労働市場の需給の引き締まりを挙げた。
一方、「世界経済は総じてみれば着実な成長を続けている」としつつも、一番注目している下振れリスクとして、最近の保護主義的な通商政策を挙げ、「世界経済全体に影響を及ぼす可能性がある」と指摘。この先も貿易摩擦が長期化した場合には「マインドや金融市場の不安定化という経路を通じた影響が拡がる可能性もある」と海外発の下振れリスクに対する警戒感を示した。仮にリスクが顕在化し、大きな影響が出てきたときには「金融政策の対応もありえる」と表明し、具体的な追加緩和策として、金利の引き下げ、マネタリーベースの拡大、資産買入れの拡大を挙げた。
金融政策修正から3ヵ月が経過したことを受けて、修正の市場機能改善効果について問われた場面では、「(国債の)取引が幾分活発化して、日々の値動きもある程度高まってきている」、「市場の機能度という点からは、(中略)一頃よりも改善してきている」と前向きに評価しつつも、「イールドカーブ・コントロールというものが、そもそも長短金利を低位に安定させることを通じて、経済活動を広く刺激することを目的としているので、市場機能に一定の負荷をかけ、金利変動を抑制する面がある」とその限界を指摘し、副作用の点検を続けていく姿勢を示した。
また、副作用に関して、低金利政策で圧迫されている地域金融機関の経営状況について問われた場面では、「低金利環境や金融機関間の厳しい競争環境が続くもとで、金融機関収益の下押しが長期化すると、金融仲介が停滞方向に向かうリスクや金融システムが不安定化するリスクがある」ことを改めて認め、「先行きの動向には注視していく必要がある」との姿勢を示すとともに、「地域の人口減少とか高齢化、更にもっと大きいのは企業数が減っているということがあるので、地域金融機関がそうしたことに合わせた体制を作ることも重要になってくる」と、金融機関側の努力を求めた。
金融政策のさらなる調整の可能性については、「今の時点で、半年後でも1 年後でも2 年後でも、特定の市場機能対策のようなものを考えて、そちらの方にいくとか、そういったことではない」と言及し、さらなる金利変動幅拡大観測を牽制した。
筆者は、副作用緩和のために、日銀は今後もさらなる金利変動幅の拡大(実質的な金利上昇許容幅の拡大)に踏み切らざるを得ないと見ているが、7月に導入されたフォワードガイダンスの内容を踏まえると、消費税率引き上げの影響が一巡するまでは新たな対応を見合わせると予想。次回の金利変動幅拡大は2020年春になると見込んでいる。(10年国債利回り)
10月の動き 月初0.1%台前半でスタートし、月末も0.1%台前半に。
月初、日銀による国債買入れ減額観測や米金利上昇を受けて上昇し、4日に0.15%の節目を突破、マイナス金利導入後の最高水準を付けた。その後、世界的に株価が急落したことで金利低下圧力がかかったが、米金利の先高感などからしばらく0.1%台半ば付近での推移が継続。下旬に入ると、世界的に株価がさらに下落し、米金利がやや低下したことを受けて、0.1%台前半に低下。月末にかけて0.1をやや上回る水準での推移となった。
当面の予想
今月に入り、株安は一服したものの、好調な国債入札結果を受けて上昇が抑えられ、足元も0.1%台前半で推移している。目先は株安への警戒感が残り、安全資産としての国債需要が金利の抑制に働くものの、次第に警戒感が薄れていくことで金利に持ち直しの余地が生まれてくる。引き続き日銀が国債買入れの減額を続ける姿勢を維持していることも金利上昇要因となるため、長期金利は0.1%台半ばから後半へと上昇していくことが見込まれる。(ドル円レート)
10月の動き 月初113円台後半でスタートし、月末は113円台前半に。
月初、好調な米経済指標を受けた米金利上昇によってドル高が進み、4日には114円台前半に達したが、米中摩擦や米為替報告書への警戒から9日には113円付近に下落。その後、米金利上昇や貿易摩擦への懸念から世界的に株価が下落、リスク回避の円買いが発生したことで、11日には112円台前半に。さらに、米財務長官が日米交渉で為替条項を要求するとの報道を受けて、16日には112円を割り込んだ。しかし、翌17日には株安の一服により112円台を回復。以降もリスク回避的な地合いが続いたものの、景気が好調な米国のドルも買われたことでドル円は膠着ぎみとなり、112円台での推移が継続。月末は好調な米指標や株高を受けて円安が進み、113円台前半で終了した。
当面の予想
今月に入り、低調な米経済指標や欧州通貨の持ち直しを受けてドルがやや下落したが、米中貿易摩擦緩和期待で持ち直し、足元は113円台前半で推移している。目先は米金利上昇などを通じた株安への警戒感が残るものの、米国の堅調なファンダメンタルズなどを背景に、次第に警戒感は後退するだろう。そうなれば、米金利上昇が素直にドル高に繋がりやすくなる。月末時点で114円前後への持ち直しを予想している。なお、米中間選挙で民主党が下院の過半数を獲得した場合は、政権の政策運営能力低下から一旦はドル安反応が予想されるが、概ね織り込み済みであることから、一時的な反応に留まるだろう。(ユーロドルレート)
10月の動き 月初1.16ドル台前半でスタートし、月末は1.13ドル台半ばに。
月初から、イタリア財政への懸念台頭や米金利上昇を受けてユーロ安ドル高が進み、9日に1.14ドル台前半を付ける。その後、米金利上昇の一服や英国のEU離脱交渉進展への期待で反転し、10日に1.15ドルを回復、しばらく1.15ドル台での推移が継続した。しかし、イタリア財政への懸念がさらに高まったことで19日に再び1.15ドルを割り込み、さらにユーロ圏経済指標の悪化を受けて、24日には1.13ドル台後半に下落。月終盤もメルケル独首相の与党党首辞任意向などから低迷が続き、月末は1.13ドル台前半で終了した。
当面の予想
今月に入り、低調な米経済指標の発表や英国のEU離脱交渉の合意期待の高まりによってユーロが買われ、足元は1.14ドル台前半に上昇している。ただし、イタリアの財政問題は解決のメドが立っておらず、今後もユーロの上値を抑える。堅調な米経済を背景とする米金利の上昇がドル高に働くこともユーロドルの重石となるだろう。当面のユーロドルはやや弱含みと予想している。なお、もし英国のEU離脱交渉が早期に合意に至れば一時的にユーロ買い材料となるが、ユーロを継続的に買う材料にはならず、賞味期限は短いと見ている。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。【関連レポート】
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- 10月上旬以降、世界的に株価が下落し、金融市場はリスク回避的な地合いとなったが、円高ドル安の進行は極めて限定的に留まり、むしろドル円の底堅さが際立つ結果となった。従来、リスク回避局面ではドルに対しても円が買われる傾向が強かったが、今回は米国経済の強さに対する市場の信頼感を背景として、ドルも円と同様に買われたためだ。実際、実効レートを見ると、円もドルも上昇している。
- しかし、このことは裏を返せば、ドルを除く多くの通貨に対しては円高が進行していることを意味する。実際、BISが算出する円の実効レートにおいて、構成シェアの高い15通貨(つまり、日本の貿易においてシェアの高い15ヵ国・地域の通貨)の対円レートを確認すると、10月の世界株安局面で、幅広くリスク回避的な円買いが進んでいることが確認できる。また、昨年末を起点とした場合には、ドルを除く全ての通貨に対して円高が進んでいる。今年、多くの通貨に対して円高が進んだ理由としては、日本の超低金利、多額の経常黒字、乏しい追加緩和観測、政治の安定などが考えられる。
- このように、ドル以外に対して円高が進んでいることは、やはり日本の輸出の逆風になると考えられる。日本の輸出先は米国ばかりではない。仮に輸出時の決済通貨がドルや円だったとしても、輸出相手先の通貨に対して円高が進めば、輸出競争力の低下や輸出採算の悪化に繋がる。現に、最近発表されている企業決算や業績見通しにおいて、新興国通貨安が利益減少要因となっている例が散見される。また、(対ドル以外の)円高によって輸入品の価格競争力が高まり、国内企業の市場を侵食する可能性もある。
- なお、現在はドル需要も強いため、新興国通貨等が売られる際に円とドルに買い圧力が分散している。ただし、今後、もし米経済への期待後退などからドルの選好度が低下すれば、リスク回避局面などで買い圧力が円に集中し、円が急伸することになりかねない。
1.トピック:水面下で広がる円高
・円高とドル高が同時に発生
・円はドルを除く幅広い通貨に対して上昇
・日本経済・企業収益への影響も
2.日銀金融政策(10月):海外リスク要因への警戒を強める
・(日銀)現状維持
3.金融市場(10月)の振り返りと当面の予想
・10年国債利回り
・ドル円レート
・ユーロドルレート10月上旬に米金利が上昇したことを発端として世界的に株価が下落し、さらに貿易摩擦の影響への懸念が加わる形で株式市場の動揺が続いた。この間、VIX指数が大きく上昇したことが示すように、金融市場はリスク回避的な地合いとなったが、円高ドル安の進行は極めて限定的に留まり、むしろドル円の底堅さが際立つ結果となった。(円高とドル高が同時に発生)
従来、世界的な株安などのリスク回避局面では円が買われる傾向が強く、ドルに対しても例外ではなかった。実際、今年年初に発生した米金利上昇発の世界的な株安局面では、大幅な円高ドル安が進行している(前ページ図表参照)。
一方、今回は米国経済の強さに対する市場の信頼感を背景として、リスク回避局面においてドルも円と同様に買われる傾向が強く、実効レート1でみるともドルも上昇している。円もドルも他通貨に対して同様に買われる状況では、ドル円は動意に乏しくなる。ちなみに、年初の世界的な株安局面ではドルが幅広く売られる一方で円が買われる形で、大幅な円高ドル安が進行していた。
1 各通貨について、当該通貨と他通貨の間の為替レートを貿易ウェイトで加重平均して指数化したもので、各通貨の総合的な強弱を示す。本稿ではBIS算出の(名目)実効レートを使用(61カ国ベース、各通貨のウェイトは2011~2013年の貿易状況に基づく)。
しかし、このことは裏を返せば、ドルを除く多くの通貨に対しては円高が進行していることを意味する。実際、BISが算出する円の実効レートにおいて、構成シェアの高い15通貨(つまり、日本の貿易においてシェアの高い15ヵ国・地域の通貨)の対円レートを確認すると(11月1日時点)、10月の世界株安局面では、ほぼ全ての通貨に対してリスク回避的な円買いが進んでいることが確認できる。また、昨年末を起点とした場合でも、ドルを除く全ての通貨に対して円高が進んでいる。ちなみに、今年、多くの通貨に対して円高が進んだ理由としては、以下の要因が考えられる。
(1) 超低金利
たびたび発生したリスク回避局面において、世界的に国債需要が高まることで金利が低下するなか、金利低下余地の小さい日本の金利は殆ど低下せず、内外金利差が縮小したことで円が買われた。
(2) キャリートレードの解消
リスク回避局面において、キャリートレード(円などの低金利通貨を売って高金利通貨を買い、利鞘を稼ぐ取引)の解消が発生したことで円の買戻しが起きた。
(3) 経常黒字
日本の多額の経常黒字計上に伴って恒常的な円買い需要が発生しているほか、今年は米利上げ継続等に伴って新興国からの資金流出懸念が高まったため、いくつかの経常赤字国(つまり、資金を海外に依存する国)の通貨が売られ、日本も含めた経常黒字国の通貨に資金がシフトする動きが発生した。
(4) 乏しい追加緩和観測
今年に入って、日銀は大規模緩和の長期化に伴う副作用の軽減に注力しており、副作用を増大しかねない金利の押し下げには否定的との見方が市場に浸透、むしろ今後の緩和縮小観測の方が優勢になっている。
(5) 政治の安定感
日本では安倍政権の安定感が高く、政治の混乱・不安定化に伴う通貨売りが見られない。(日本経済・企業収益への影響も)
このように、ドル円での円高は進んでいないものの、ドル以外の通貨に対して円高が進んでいることは、やはり日本の輸出の逆風になると考えられる。日本の輸出先は米国ばかりではないためだ。仮に輸出時の決済通貨がドルや円だったとしても、輸出相手先の通貨に対して円高が進めば、輸出競争力の低下や輸出採算の悪化に繋がる。現に、最近発表されている企業決算や業績見通しにおいて、新興国通貨安が利益減少要因となっている例が散見される。
また、(対ドル以外の)円高によって輸入品の価格競争力が高まり、国内企業の市場を侵食する可能性もある。
なお、当たり前だが、何かの通貨を売るときには他の通貨を買わなければならない。現在はドルの需要も強いため、新興国通貨などが売られる際に円とドルに買い圧力が分散している。ただし、今後、もし米経済への期待後退などから市場のドルに対する選好度が低下すれば、リスク回避局面などで買い圧力が円に集中し、円が多くの通貨に対して急伸することになりかねない。
2.日銀金融政策(10月):海外リスク要因への警戒を強める
(日銀)現状維持
日銀は10月30日~31日に開催された金融政策決定会合において金融政策を維持した(賛成7・反対2)。原田、片岡両審議委員は、前回9月決定会合時と同様、長短金利操作とフォワードガイダンスに対して反対を表明した。
会合終了後に公表された展望レポートでは、景気の総括判断を前回同様、「緩やかに拡大している」に据え置いたほか、個別項目にも特段の変更は無かった。先行きの見通しについても、従来同様、経済が緩やかな拡大を続け、物価上昇率が2%に向けて上昇していくとのシナリオが維持されたが、経済のリスクバランスについては、「海外経済の動向を中心に下振れリスクの方が大きい」とし、前回展望レポート時の「2018 年度はリスクは概ね上下にバランスしているが、2019 年度以降は下振れリスクの方が大きい」から2018年度について下方修正した。また、金融面での不均衡についても、先般公表された金融システムレポートの内容を踏まえ、今回新たに「先行きの動向には注視していく必要がある」との表記が加わった。
2018~20年度の政策委員の大勢見通し(中央値)では、2018年度の実質GDP成長率、2018年度から20年度にかけての物価上昇率が小幅に下方修正された。物価上昇率はじわじわと下方修正され続けており、2020年度時点でも1.5%まで下がっている。2%目標との距離が開いてきており、物価目標達成への道筋は曖昧になっている。
会合後の総裁会見において黒田総裁は、物価見通し引き下げについて、「物価を巡る全体のピクチャー、状況が大きく変わったとは考えていない」と説明し、「賃金・物価を押し上げていくモメンタムははっきりと維持されている」と評価。その理由として、GDPギャップや労働市場の需給の引き締まりを挙げた。
一方、「世界経済は総じてみれば着実な成長を続けている」としつつも、一番注目している下振れリスクとして、最近の保護主義的な通商政策を挙げ、「世界経済全体に影響を及ぼす可能性がある」と指摘。この先も貿易摩擦が長期化した場合には「マインドや金融市場の不安定化という経路を通じた影響が拡がる可能性もある」と海外発の下振れリスクに対する警戒感を示した。仮にリスクが顕在化し、大きな影響が出てきたときには「金融政策の対応もありえる」と表明し、具体的な追加緩和策として、金利の引き下げ、マネタリーベースの拡大、資産買入れの拡大を挙げた。
金融政策修正から3ヵ月が経過したことを受けて、修正の市場機能改善効果について問われた場面では、「(国債の)取引が幾分活発化して、日々の値動きもある程度高まってきている」、「市場の機能度という点からは、(中略)一頃よりも改善してきている」と前向きに評価しつつも、「イールドカーブ・コントロールというものが、そもそも長短金利を低位に安定させることを通じて、経済活動を広く刺激することを目的としているので、市場機能に一定の負荷をかけ、金利変動を抑制する面がある」とその限界を指摘し、副作用の点検を続けていく姿勢を示した。
また、副作用に関して、低金利政策で圧迫されている地域金融機関の経営状況について問われた場面では、「低金利環境や金融機関間の厳しい競争環境が続くもとで、金融機関収益の下押しが長期化すると、金融仲介が停滞方向に向かうリスクや金融システムが不安定化するリスクがある」ことを改めて認め、「先行きの動向には注視していく必要がある」との姿勢を示すとともに、「地域の人口減少とか高齢化、更にもっと大きいのは企業数が減っているということがあるので、地域金融機関がそうしたことに合わせた体制を作ることも重要になってくる」と、金融機関側の努力を求めた。
金融政策のさらなる調整の可能性については、「今の時点で、半年後でも1 年後でも2 年後でも、特定の市場機能対策のようなものを考えて、そちらの方にいくとか、そういったことではない」と言及し、さらなる金利変動幅拡大観測を牽制した。
筆者は、副作用緩和のために、日銀は今後もさらなる金利変動幅の拡大(実質的な金利上昇許容幅の拡大)に踏み切らざるを得ないと見ているが、7月に導入されたフォワードガイダンスの内容を踏まえると、消費税率引き上げの影響が一巡するまでは新たな対応を見合わせると予想。次回の金利変動幅拡大は2020年春になると見込んでいる。(10年国債利回り)
10月の動き 月初0.1%台前半でスタートし、月末も0.1%台前半に。
月初、日銀による国債買入れ減額観測や米金利上昇を受けて上昇し、4日に0.15%の節目を突破、マイナス金利導入後の最高水準を付けた。その後、世界的に株価が急落したことで金利低下圧力がかかったが、米金利の先高感などからしばらく0.1%台半ば付近での推移が継続。下旬に入ると、世界的に株価がさらに下落し、米金利がやや低下したことを受けて、0.1%台前半に低下。月末にかけて0.1をやや上回る水準での推移となった。
当面の予想
今月に入り、株安は一服したものの、好調な国債入札結果を受けて上昇が抑えられ、足元も0.1%台前半で推移している。目先は株安への警戒感が残り、安全資産としての国債需要が金利の抑制に働くものの、次第に警戒感が薄れていくことで金利に持ち直しの余地が生まれてくる。引き続き日銀が国債買入れの減額を続ける姿勢を維持していることも金利上昇要因となるため、長期金利は0.1%台半ばから後半へと上昇していくことが見込まれる。(ドル円レート)
10月の動き 月初113円台後半でスタートし、月末は113円台前半に。
月初、好調な米経済指標を受けた米金利上昇によってドル高が進み、4日には114円台前半に達したが、米中摩擦や米為替報告書への警戒から9日には113円付近に下落。その後、米金利上昇や貿易摩擦への懸念から世界的に株価が下落、リスク回避の円買いが発生したことで、11日には112円台前半に。さらに、米財務長官が日米交渉で為替条項を要求するとの報道を受けて、16日には112円を割り込んだ。しかし、翌17日には株安の一服により112円台を回復。以降もリスク回避的な地合いが続いたものの、景気が好調な米国のドルも買われたことでドル円は膠着ぎみとなり、112円台での推移が継続。月末は好調な米指標や株高を受けて円安が進み、113円台前半で終了した。
当面の予想
今月に入り、低調な米経済指標や欧州通貨の持ち直しを受けてドルがやや下落したが、米中貿易摩擦緩和期待で持ち直し、足元は113円台前半で推移している。目先は米金利上昇などを通じた株安への警戒感が残るものの、米国の堅調なファンダメンタルズなどを背景に、次第に警戒感は後退するだろう。そうなれば、米金利上昇が素直にドル高に繋がりやすくなる。月末時点で114円前後への持ち直しを予想している。なお、米中間選挙で民主党が下院の過半数を獲得した場合は、政権の政策運営能力低下から一旦はドル安反応が予想されるが、概ね織り込み済みであることから、一時的な反応に留まるだろう。(ユーロドルレート)
10月の動き 月初1.16ドル台前半でスタートし、月末は1.13ドル台半ばに。
月初から、イタリア財政への懸念台頭や米金利上昇を受けてユーロ安ドル高が進み、9日に1.14ドル台前半を付ける。その後、米金利上昇の一服や英国のEU離脱交渉進展への期待で反転し、10日に1.15ドルを回復、しばらく1.15ドル台での推移が継続した。しかし、イタリア財政への懸念がさらに高まったことで19日に再び1.15ドルを割り込み、さらにユーロ圏経済指標の悪化を受けて、24日には1.13ドル台後半に下落。月終盤もメルケル独首相の与党党首辞任意向などから低迷が続き、月末は1.13ドル台前半で終了した。
当面の予想
今月に入り、低調な米経済指標の発表や英国のEU離脱交渉の合意期待の高まりによってユーロが買われ、足元は1.14ドル台前半に上昇している。ただし、イタリアの財政問題は解決のメドが立っておらず、今後もユーロの上値を抑える。堅調な米経済を背景とする米金利の上昇がドル高に働くこともユーロドルの重石となるだろう。当面のユーロドルはやや弱含みと予想している。なお、もし英国のEU離脱交渉が早期に合意に至れば一時的にユーロ買い材料となるが、ユーロを継続的に買う材料にはならず、賞味期限は短いと見ている。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
ここに注目!ドル円相場~円とドルのパワーバランスの行方
世界株安でも円高が進まないワケ~マーケット・カルテ11月号
円安の進行を阻むハードルは?~マーケット・カルテ10月号
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