中国大手プラットフォーマーBATJによる保険分野への進出【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(34)

中国大手プラットフォーマーBATJによる保険分野への進出【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(34): ■要旨

 



  • 中国では、大手プラットフォーマーであるBATJ(B:百度(バイドゥ)、A:阿里巴巴(アリババ)、T:騰訊(テンセント)、J:京東(ジンドン))を中心に、保険分野への進出が進んでいる。


     
  • アリババ、テンセントは傘下の金融子会社を中心に出資や買収を行い、生保・損保の両分野に加えて、代理店の許可も取得している。


     
  • 一方、苦戦しているのは百度である。設立の申請はしたものの、なかなか許可が下りないのが現状のようである。


     
  • その百度の動きを横目に、後発で追い上げているのが京東である。EC第2位の京東は、2018年4月に、独アリアンツの中国法人(損保)へ30%の出資を実現させ、第2位の株主となった。


     
  • 中国におけるプラットフォーマーは、全体的にみて、損保分野への進出や検討が進んでいる。現時点で、生保分野は信美人寿相互保険(アリババ)、和泰人寿(テンセント)の2社のみとなっている。


    本稿ではアリババ系の信美人寿相互保険の経営状況を取り上げて紹介する。


■目次



1-苦戦する百度、積極的なアリババ・テンセント、後発追い上げの京東

2-プラットフォーマー系生保元年、進むアリババ経済圏の顧客の囲い込み

3-保障コストの支払いはポイントで?子ども向け重大疾病保障で、1,000万人の加入者を獲得

4-2018年、業界を震撼させた「シャンフバオ」の現在の状況中国では、大手プラットフォーマーであるBATJ(B:百度(バイドゥ)、A:阿里巴巴(アリババ)、T:騰訊(テンセント)、J:京東(ジンドン))を中心に、保険分野への進出が進んでいる(図表1)。特に、2013年、アリババ(EC系)とテンセント(通信・SNS系)が事業の垣根を越えて衆安保険を設立以降、その勢いは加速している。アリババ、テンセントは傘下の金融子会社を中心に出資や買収を行い、生保・損保の両分野に加えて、代理店の許可も取得している。生保分野については、アリババ傘下のアントフィナンシャル、天弘ファンドなどが相互保険会社である信美人寿相互保険(以下、信美人寿)を設立している。アントフィナンシャルは損保分野において、ネット専業の衆安保険以外に、国泰財産保険にも出資している。テンセントは傘下のIT企業を通じて生命保険会社である和泰人寿に、損保は衆安保険に出資している。



一方、苦戦しているのは百度である。百度は2015年にアリアンツの中国法人とのネット専業損保の設立意向を表明したが、その後設立許可は発表されていない。また、2016年には中国太平洋財産保険と傘下の百度鵬寰資産管理(北京)で損害保険会社の設立意向を発表した。しかし、2018年10月には、両社の設立に向けた提携を終了する旨、発表している。設立の申請はしたものの、なかなか許可が下りないのが現状のようである。



その百度の動きを横目に、後発で追い上げているのが京東である。EC第2位の京東は、2018年4月に、独アリアンツの中国法人(損保)へ30%の出資を実現させ、第2位の株主となった。京東側は、アリアンツが長年蓄積した保険に関するノウハウを活用することができ、アリアンツ側は京東が保有する3億人のビッグデータを活用することも可能だ。



中国におけるプラットフォーマーは、全体的にみて、損保分野への進出や検討が進んでおり、現時点で、生保分野は信美人寿相互保険(アリババ)、和泰人寿(テンセント)の2社のみとなっている。



以下ではアリババ系の信美人寿の経営状況を取り上げて紹介する。

 



2-プラットフォーマー系生保元年、進むアリババ経済圏の顧客の囲い込み

2017年の中国生保市場における保険料収入は前年比20.0%増の2兆6,000億元に達した。同年、中国は保険料収入の規模で、世界第2位となっている。これは、中国生保市場が収入保険料の規模拡大を目標に、経済成長を上回るペースで成長してきた結果ともいえよう。販売商品は、年金、養老、医療といった伝統的な貯蓄性商品、保障性商品が中心となっている。既存の保険会社の販売は、銀行の窓口販売(銀行窓販)、保険代理人によるところが大きく、ネットを通じた販売はそれを補完するチャネルとなっている。



一方、ネット販売を中心としたプラットフォーマー系の相互保険会社である信美人寿は、初年度である2017年の収入保険料が4億7,404万元となった。生保84社のうち67位で、市場全体でみると1%にも満たない(0.02%)1。ただし、2017年5月に開業後わずか半年ほどであるということを考えると善戦していると言えよう。



信美人寿は、発起会員会社であるアントフィナンシャルとの連携を強めている。アリペイなどネット決済を活用し、手続きがスマホで簡単にできる相互保険商品を提供している。団体保険という形をとりながら、発起会員会社やその従業員・親族など、対象を特定した上での保障提供を行っている2



信美人寿の2017年の経営状況を降り返ってみると、営業収入の総額は5億618万元で、そのうち保険料収入が93.7%を占めた(図表2)。運用収益は4,482万元であったが、売却可能金融資産の売却収益及び資本保証金の利息収入によるものである。運用は主に、発起会員の1社である天弘ファンド管理会社の資産運用商品にて運用されている。2017年の営業支出は6億7,481億元で、そのうち責任準備金が64.0%、事業費が35.7%を占めた。最終的な純利益は1億6,893億元のマイナスとなっている。



2017年に販売された64商品のうち、重大疾病などを含む健康保険が45商品、生命保険が12商品、ケガなどの傷害保険が7商品と、健康や医療に関する保険の取り揃えが多い。一方、売筋商品をみると、上位3商品は団体養老保険、年金保険、団体年金保険と貯蓄性保険が中心となっており、当該3商品で保険料収入の94%を占めた。



保険経営における販売チャネル、運用、決済に至るまで、アリババ経済圏が保有するツールを活用し、顧客を経済圏内に囲い込んでいることがわかる。

 




1 生保84社には、年金、医療保険専門の保険会社も含む。
2 拙著「IT×保険で、相互保険を再定義-中国初の生保相互保険会社の誕生」(保険年金フォーカス・中国保険市場の最新動向(30)、2018年2月20日発行)
信美人寿は、上掲のような相互保険商品を堅調に販売する一方、「保障プラン」として新たな取り組みを打ち出している。例えば2017年の年末に話題となったのが、アリババ会員向けの「こども重大疾病保障プラン」である。



このプランは、アリババ会員向けに限定し、当会員がアリババ経済圏のサービスや決済を利用したことでためたポイント(点数)を保障コスト(保険料に相当)として利用できる3。つまり、現金での支払いがいらないという特徴がある。1ヶ月あたり399ポイントで、0歳(生後30日)から17歳を対象に、白血病などの重大疾病12種に対して、10万元が給付されるというものである4。加入に際しては、1年以内に健康に異常をきたして入院していないこと、これまでまたは現在において指定した症状が発生していないこと、3歳以下の児童に対しては出生時の体重や情況についての確認を経て、待機期間は0日(翌日の0時から)で発効する。



このような取組みは、デジタルネイティブの若いパパやママ世代の加入ハードルを大きく下げるであろう。高額な保険料の重大疾病保険への加入は二の足を踏んでしまうからだ。普段スマホを使ってためたポイントで支払えるためお徳感があり、高額な保険料を支払ったという感覚はまずないであろう。このような新しい手法で、募集開始後8ヶ月で加入者は1,000万人を突破した。



また、保険会社が給付金の支払い対象外と判断した場合で、加入者(契約者)が納得できない場合、第三者に委託して再度審査を行う「再審査制度」についても特徴がある。



例えば、信美人寿側が支払い対象外の結果を出した場合、同社は加入者に、「再審査チーム」に再度の審査を希望するかを聞くことになっている。審査員は社外の医師や有識者ではなく、当該プランの加入者自身が立候補し、試験に合格した者がその資格を得ている。審査員の募集においては12万人が集まり、最終的に2万人がその資格を得ている。再審査の内容は公開され、審査員が多数決で加入者を支持した場合は、給付されることになる5



これまで既存の医療・傷害保険や重大疾病保険などは、給付金の支払に際して審査が厳しく、スムーズに支払いが行われないといった不満が多かった。再審査を公開で行うことは、申請した加入者にとっても透明性が高く、例え結果が給付とならなくても加入者が感じる不満を一定程度和らげることができるであろう。また、このような手法は加入者同士の相互監視にもなる。



信美人寿は、こども重大疾病保障プランについて、保険料といった形では1元も手にすることはできない。しかし、上掲のように、同社の商品や仕組みがよりユーザーの立場に立ったものであることを証明し、重大疾病保障に対するユーザーエクスペリエンス(UX)を大きく引き上げることに成功している。



加えて、今回取り込んだ若いユーザー層は、今後、保険商品を販売していく上でも有力な潜在顧客にもなり得る。ここで集められたビッグデータは、別の保険商品の開発や、オンライン診療アプリ、医薬品のネット販売などその他の分野で活用され、収益化することも可能である。保険料収入、資産規模などといった既存の保険会社の評価軸のみでは計れない、UXという新たな指標が同社の最大の武器と言えよう。



 




3 拙著「加入者が1日100万人?アリババ会員向け重大疾病保障とは?」(基礎研レター、2018年11月12日発行)
4 2級以上の公立病院で初めて診断された場合に給付。対象となる重大疾病には、白血病、中枢神経系の悪性腫瘍、心臓弁膜手術、重度の喘息、川崎病、重度の手足口病など12種が対象。
5 加入者側の希望により再審査となったとしても、加入者側の告知義務違反などに起因したケースが多く見られる様である。
 





4-2018年、業界を震撼させた「シャンフバオ」の現在の状況

2017年のこども重大疾病保障プランの取組みを活かして、2018年10月に発表されたのが新たな重大疾病保障(通称、相互保(シャンフバオ))である。募集開始後、わずか1ヶ月で加入者が2,000万人に達するなど、大きく注目された。



今回の重大疾病保障は、加入時に保険料に相当する保障コストがかからず、将来時点で発生する給付の多寡に応じて後払いをするというものである6。加入から保障コストの支払い、給付金の受け取りに至るまで、全てアリババグループ内で提供されるネットサービスで完結する。給付内容として、対象となる重大疾病は100種、期間は1年間である。給付金は生後30日~39歳の場合は30万元、40~59歳の場合は10万元となっている。



加入の条件は、アリ会員であることに加えて、ゴマスコアが650点以上であること、年齢が18~59歳であること、健康状態が要件を満たしていること、である。給付事案は1ヶ月に2回公表され、給付金額に受給者数を掛けた金額と、管理費(給付金総額の10%)を加えた総額が公表される。加入者の異議がない場合、年齢や性別にかかわらず加入者全員で除して、等しく負担するという仕組みとなっている。算出された保障コストは、毎月2回アリペイから引き落とされる。



このような新たな保障のあり方について、当初、中国国内では、「相互保」(シャンフバオ)と呼ばれていた。信美人寿が重大疾病の団体相互保険として当局に届け出ていたこともあり、新しい相互保険として注目されたからである。



しかし、今回、加入者がわずか1ヶ月で2,000万人も集まり、中国EC第2位の京東が1ヵ月後に追随の「相互保」を発表する(その後数日で募集を停止)などの事態が発生したため、当局も指導を強めることとなった。信美人寿は、当局と話し合いの結果、11月末に以下の是正内容を公表している(図表3)。それによると、当局は、「相互保」について、信美人寿が当局に届け出た重大疾病団体相互保険の約款など内容が異なること、販売におけるミスリーディングといった点などを懸念しているようだ。是正内容では、「相互保」という上掲の相互保険を連想させる商品名をやめ、名称を「相互宝」に変更するとしている。商品名の最後を「宝」にするのは、これまでのオンラインMMFの商品の「余額宝」もあり、アリババ傘下の金融商品としては馴染みがあるからであろう。また、「保」と「宝」の中国語の発音はいずれもbaoと同一である点も考えられる。ただし、相互宝は、分類上、(相互)保険商品にはあたらず、保険法による保護の範疇から外れることになった。

 

後払いで毎回確定していなかった保険料については、2019年は年間188元までという上限を設けた。消費者の権益保護といった観点からも上限を超えた場合はアントフィナンシャルが補填し、会員数が330万人を下回っても1年間は継続するとした。



また、今般の事態の責任をとって、2018年12月31日までの「相互宝」への加入者、これまでの「相互保」の加入者の2019年1月31日までの保障コストについては、アントフィナンシャルが負担するとした。収益にあたる管理費についても、10%から8%に引き下げた。



従来のように保険料を事前に徴収してプールし、給付に備えるというスキームをとらない、今般のこども重大疾病保障プランは、当局、業界にも大きなインパクトを与えた。プラットフォーマーによる、逆転の発想に基いた商品の開発、ネット上の信用スコアを活用した引受け、ネット決済機能を活用した爆発的な販売・普及といった手法は、数年前にネット決済、オンライン金融商品が爆発的に普及し、銀行のあり方が問われた事態とオーバーラップする。保険業界は、同じ轍を踏まないためにも、既存の保険会社における保障提供のあり方を改めて問いなおす事態となっている。



 




6 商品や給付までの仕組みなど詳細な内容は脚注3を参照
【関連レポート】

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