窮地に立つIntelと四面楚歌のARM、コモディティへ向かうAI専用チップとJapan Skip
窮地に立つIntelと四面楚歌のARM、コモディティへ向かうAI専用チップとJapan Skip:
先週はニューラルネットワークの国際学会であるNIPSあらためNeurIPSと、RISC-V Summitの両方に出席してきた。
NeurIPSはカナダのモントリオール、RISC-V Summitはカリフォルニア州サンタクララということで、場所は離れているがどちらもディープラーニングが焦点であるという類似性がある。
おそらく世界広しと言えど両方に参加したのは僕くらいのものだろう。
今年のNIPSはいい意味でも悪い意味でも驚きがなかった。
というのも、ほとんどの論文は事前にインターネットで発表されており、展示されている企業ブースもほとんど全てが求人のみを目的としており、デモの展示などは一切ない企業がほとんどだったからだ。
求人している企業の顔ぶれはむしろ面白い。
いわゆるGAFAMN(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft, Netflix)は全て出展しているのは予想通りだが、マッキンゼーのグループ会社や、JPモルガンといった、エスタブリッシュメント系の企業の求人が目立った。
驚いたのはむしろRISC-V Summitの方である。
RISC-Vという言葉は、まだ馴染みがない人も多いかもしれないが、CPUの新しい命令セットアーキテクチャ(ISA;Instruction Set Architecture)である。
ISAという言葉は聞きなれないかもしれないが、CPUが理解するマシン語の文法である。なぜこれが重要なのか。
極めて単純に言えば、同じISA向けに書かれたプログラムはCPUが変わっても同じように使うことができる。たとえばスマートフォンに搭載されているARMのISAならば、SAMSUNGのExynosだろうが、AppleのA12チップだろうが、Qualcommの
Snapdragonだろうが同じように動く(はずである)。実際にはCPU以外の部品の整合性の問題があるのでここまで単純ではないが、ざっくり言えばそういうことである。
その中で、なぜ急激にRISC-Vが注目されているかといえば、その背景は二つある。
ひとつは、Intelがここのところ新技術への移行に立て続けに失敗をし続けていること。IntelのCPUに頼っているAppleやMicrosoftにとって、Intelの進化の停滞は自社の主力製品の停滞をそのまま意味する。
もちろん、Intelと同じISAを持つAMDがあるので、Intelの衰退がすぐさまMicrosoftとAppleの衰退を意味するわけではないが、初期設計から半世紀近く拡張に拡張を重ねているIntelのISAに限界が来ているという見方もできる。
また、優秀な人材が次々とライバル企業に流出しているのもIntelの頭痛のタネであると言われる。
一方、スマートフォンや組み込み機器の分野では支配的なシェアを持つARMも、安泰と思いきや、各所で反発と怨嗟の声が聞こえる。ARMの場合、単純にライセンス料金がべらぼうに高いのだ。
そこで登場したのが、RISC-Vである。
RISC-Vの革命的なところは、完全に新設計されたモダンなISAでありながら完全に無料であるということだ。
彼らは「Linuxモデル」と呼んでいるが、まさしく無料かつ自由なオープンソースのOSとして登場したLinuxが、今や地球上で最も成功したOSになっているのと同じことをRISC-VはCPUのレベルで実現しようとしているのである。
RISC-VのISAだけではなく実装もオープンソースで公開されており、誰でもRISC-VのCPUを作ることができる。
もちろん実際に「製造」するとなるとそれなりに半導体のノウハウや投資が必要になるが、それ以前の世界に比べたらはるかに自由に、安価にしていくことができる。
スマートフォンの価格は年々高騰しているが、仮にRISC-Vでスマートフォンを作れるとすればARMへの支払いがゼロにできるので、半額とはいかないまでも、それなりに安くできるはずだ。
CPUの設計図が無料であるだけでは実はまだ不十分で真の値打ちは、RISC-Vをとりまくツールチェイン、すなわち、OS、コンパイラ、そのほか開発ツール一式が揃うことにある。
それらが全て無料で揃ってくることになるので、これは非常に大きな意義がある。
そして、RISC-V Summitのエキシビジョンでは、NeurIPSとは真逆に、デモ展示が中心であった。
RISC-Vの特徴として、独自の命令セットを追加しやすいというものがある。
各社がしのぎを削っているのは、ニューラルネットワークチップだ。
すでにRISC-V Summitの会場でも、少なくとも数十種のニューラルネットワークチップが発表され、デモ展示されていた。
驚くべきはその処理速度で、非常に複雑な演算であっても、ほとんどリアルタイムでできる。
これは普段からNVIDIAの半導体を扱っている身としてはそれなりにショッキングだった。
今はインファレンス(推論)用途が中心だが、そう時を待たずして学習用の専用チップも出てくることが予想される。
これまでも我が国にも、スパコンで使われていたPEZYシリーズをはじめとして、先日発表されたPFNのMN-Coreなどがあるが、問題はツールチェインにあった。
新しいプロセッサを作ることそのものは、今はプログラミングの延長上にあり、資金さえあればそれほど難易度が高いことではないが、ツールチェインをまるごと用意するというのは並大抵のことではない。
そんなことが独力でできているのは、今は地球上にはMicrosoft一社になってしまった。
IBMもAppleもGoogleも、ツールチェインは既存のオープンソースソフトウェアの流用であり、独力でそれを作ることが大変非効率であることはもはや常識である。
既存のツールチェインが流用できるからこそ、ARMのIP(知的財産)ライセンスは暴利を貪れていたのだ。
ところがRISC-Vはツールチェインを含む全てがオープンソースになるたるめ、半導体の製造費用さえなんとかしてしまえば、独自の拡張機能を持ったコンピュータを簡単に作れてしまうことになる。
我が国では、VDECという仕組みがあるため、学生か大学の身分があれば安価(数十万円から数百万円程度/通常の半導体試作に必要な費用は10〜100億と言われる)に半導体の試作をすることができる。
今こそ我が国でもAIを前提とした次世代CPUの設計者を育成しなければならない。これは非常に良いタイミングであり、国としてもそうした人材の育成や支援に乗り出そうとしているところである。
たとえば先日スタートしたAIエッジコンテストはまさしくそうした人材の育成と産業実装を目的として開催されている。
すでに各社がスタートを切っているが、これは時代的にいえば1970年代のCPU勃興期に近く、まだどの会社も覇権を握ることができていない、いわば産業のフロンティア領域である。
これまではツールチェインの問題から、新しいCPUの設計というのはなかなか本気で取り組むには重すぎる問題だったのだが、RISC-VというISAが共通化し、ISAに対してツールチェインが整理されていることで、従来に比べて格段にやりやすくなった。
経産省は今年からAI橋渡しクラウド基盤(ABCI)を稼働させ、ソニーはABCI上で構築した独自開発の深層学習フレームワークnnablaでImageNetの学習の世界最速記録を叩き出した。それまで全くこの手のレースで存在感のなかった日本企業が初めて世界を驚かせた瞬間である。
このように官民一体となって産業に打って出ていけることが実は我が国の強みである。アメリカでこれをやろうとするとどうしても米軍や国防高等研究計画局(DARPA)が出て来てしまい、産業に真っ直ぐ向かうことは却って難しい。
ところが日本では東大をはじめとする旧帝大では原則として軍事研究は禁止されており、逆に言えば、ダイレクトに産業の要求に応える研究につながりやすい。
この強みを生かして、官民一体となって日本のAI研究と社会実装を急ピッチで進めて行くべきだろう。
実は日本はCPUからOS、ツールチェイン、サードパーティまでをも巻き込んだプラットフォームを構築した経験のある会社が世界で最もたくさんある国である。
つまり、ゲーム機がそうであり、コンピュータがそうである。
ソニーのプレイステーションも、任天堂のファミコンも、セガのサターンやドリームキャストも、NTTドコモのiモードも、全てそういう成り立ちである。そのほか、コンピュータシステムを作る主要なメーカーは全てその経験がある。
それを警戒してか知らずか、RISC-V Summitの会場では面白い単語を聞いた。
とある中国メーカーが作っているAIチップを、「どこで買えるの?」と聞くと「日本以外で買えるようになる」というのだ。
「なぜ?」と聞くと、「Japan Skip」という答えが帰って来た。
日本をとばして出荷する。国内の特許を踏んでるか、それともなにか別の意味があるのか不明だが、日本を飛ばして中国国内とアメリカ・ヨーロッパに先に出荷してしまおうという発想があることに驚いた。
日本の底力がこれから試されることになるだろう。
先週はニューラルネットワークの国際学会であるNIPSあらためNeurIPSと、RISC-V Summitの両方に出席してきた。
NeurIPSはカナダのモントリオール、RISC-V Summitはカリフォルニア州サンタクララということで、場所は離れているがどちらもディープラーニングが焦点であるという類似性がある。
おそらく世界広しと言えど両方に参加したのは僕くらいのものだろう。
今年のNIPSはいい意味でも悪い意味でも驚きがなかった。
というのも、ほとんどの論文は事前にインターネットで発表されており、展示されている企業ブースもほとんど全てが求人のみを目的としており、デモの展示などは一切ない企業がほとんどだったからだ。
求人している企業の顔ぶれはむしろ面白い。
いわゆるGAFAMN(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft, Netflix)は全て出展しているのは予想通りだが、マッキンゼーのグループ会社や、JPモルガンといった、エスタブリッシュメント系の企業の求人が目立った。
驚いたのはむしろRISC-V Summitの方である。
RISC-Vという言葉は、まだ馴染みがない人も多いかもしれないが、CPUの新しい命令セットアーキテクチャ(ISA;Instruction Set Architecture)である。
ISAという言葉は聞きなれないかもしれないが、CPUが理解するマシン語の文法である。なぜこれが重要なのか。
極めて単純に言えば、同じISA向けに書かれたプログラムはCPUが変わっても同じように使うことができる。たとえばスマートフォンに搭載されているARMのISAならば、SAMSUNGのExynosだろうが、AppleのA12チップだろうが、Qualcommの
Snapdragonだろうが同じように動く(はずである)。実際にはCPU以外の部品の整合性の問題があるのでここまで単純ではないが、ざっくり言えばそういうことである。
その中で、なぜ急激にRISC-Vが注目されているかといえば、その背景は二つある。
ひとつは、Intelがここのところ新技術への移行に立て続けに失敗をし続けていること。IntelのCPUに頼っているAppleやMicrosoftにとって、Intelの進化の停滞は自社の主力製品の停滞をそのまま意味する。
もちろん、Intelと同じISAを持つAMDがあるので、Intelの衰退がすぐさまMicrosoftとAppleの衰退を意味するわけではないが、初期設計から半世紀近く拡張に拡張を重ねているIntelのISAに限界が来ているという見方もできる。
また、優秀な人材が次々とライバル企業に流出しているのもIntelの頭痛のタネであると言われる。
一方、スマートフォンや組み込み機器の分野では支配的なシェアを持つARMも、安泰と思いきや、各所で反発と怨嗟の声が聞こえる。ARMの場合、単純にライセンス料金がべらぼうに高いのだ。
そこで登場したのが、RISC-Vである。
RISC-Vの革命的なところは、完全に新設計されたモダンなISAでありながら完全に無料であるということだ。
彼らは「Linuxモデル」と呼んでいるが、まさしく無料かつ自由なオープンソースのOSとして登場したLinuxが、今や地球上で最も成功したOSになっているのと同じことをRISC-VはCPUのレベルで実現しようとしているのである。
RISC-VのISAだけではなく実装もオープンソースで公開されており、誰でもRISC-VのCPUを作ることができる。
もちろん実際に「製造」するとなるとそれなりに半導体のノウハウや投資が必要になるが、それ以前の世界に比べたらはるかに自由に、安価にしていくことができる。
スマートフォンの価格は年々高騰しているが、仮にRISC-Vでスマートフォンを作れるとすればARMへの支払いがゼロにできるので、半額とはいかないまでも、それなりに安くできるはずだ。
CPUの設計図が無料であるだけでは実はまだ不十分で真の値打ちは、RISC-Vをとりまくツールチェイン、すなわち、OS、コンパイラ、そのほか開発ツール一式が揃うことにある。
それらが全て無料で揃ってくることになるので、これは非常に大きな意義がある。
そして、RISC-V Summitのエキシビジョンでは、NeurIPSとは真逆に、デモ展示が中心であった。
RISC-Vの特徴として、独自の命令セットを追加しやすいというものがある。
各社がしのぎを削っているのは、ニューラルネットワークチップだ。
すでにRISC-V Summitの会場でも、少なくとも数十種のニューラルネットワークチップが発表され、デモ展示されていた。
驚くべきはその処理速度で、非常に複雑な演算であっても、ほとんどリアルタイムでできる。
これは普段からNVIDIAの半導体を扱っている身としてはそれなりにショッキングだった。
今はインファレンス(推論)用途が中心だが、そう時を待たずして学習用の専用チップも出てくることが予想される。
これまでも我が国にも、スパコンで使われていたPEZYシリーズをはじめとして、先日発表されたPFNのMN-Coreなどがあるが、問題はツールチェインにあった。
新しいプロセッサを作ることそのものは、今はプログラミングの延長上にあり、資金さえあればそれほど難易度が高いことではないが、ツールチェインをまるごと用意するというのは並大抵のことではない。
そんなことが独力でできているのは、今は地球上にはMicrosoft一社になってしまった。
IBMもAppleもGoogleも、ツールチェインは既存のオープンソースソフトウェアの流用であり、独力でそれを作ることが大変非効率であることはもはや常識である。
既存のツールチェインが流用できるからこそ、ARMのIP(知的財産)ライセンスは暴利を貪れていたのだ。
ところがRISC-Vはツールチェインを含む全てがオープンソースになるたるめ、半導体の製造費用さえなんとかしてしまえば、独自の拡張機能を持ったコンピュータを簡単に作れてしまうことになる。
我が国では、VDECという仕組みがあるため、学生か大学の身分があれば安価(数十万円から数百万円程度/通常の半導体試作に必要な費用は10〜100億と言われる)に半導体の試作をすることができる。
今こそ我が国でもAIを前提とした次世代CPUの設計者を育成しなければならない。これは非常に良いタイミングであり、国としてもそうした人材の育成や支援に乗り出そうとしているところである。
たとえば先日スタートしたAIエッジコンテストはまさしくそうした人材の育成と産業実装を目的として開催されている。
すでに各社がスタートを切っているが、これは時代的にいえば1970年代のCPU勃興期に近く、まだどの会社も覇権を握ることができていない、いわば産業のフロンティア領域である。
これまではツールチェインの問題から、新しいCPUの設計というのはなかなか本気で取り組むには重すぎる問題だったのだが、RISC-VというISAが共通化し、ISAに対してツールチェインが整理されていることで、従来に比べて格段にやりやすくなった。
経産省は今年からAI橋渡しクラウド基盤(ABCI)を稼働させ、ソニーはABCI上で構築した独自開発の深層学習フレームワークnnablaでImageNetの学習の世界最速記録を叩き出した。それまで全くこの手のレースで存在感のなかった日本企業が初めて世界を驚かせた瞬間である。
このように官民一体となって産業に打って出ていけることが実は我が国の強みである。アメリカでこれをやろうとするとどうしても米軍や国防高等研究計画局(DARPA)が出て来てしまい、産業に真っ直ぐ向かうことは却って難しい。
ところが日本では東大をはじめとする旧帝大では原則として軍事研究は禁止されており、逆に言えば、ダイレクトに産業の要求に応える研究につながりやすい。
この強みを生かして、官民一体となって日本のAI研究と社会実装を急ピッチで進めて行くべきだろう。
実は日本はCPUからOS、ツールチェイン、サードパーティまでをも巻き込んだプラットフォームを構築した経験のある会社が世界で最もたくさんある国である。
つまり、ゲーム機がそうであり、コンピュータがそうである。
ソニーのプレイステーションも、任天堂のファミコンも、セガのサターンやドリームキャストも、NTTドコモのiモードも、全てそういう成り立ちである。そのほか、コンピュータシステムを作る主要なメーカーは全てその経験がある。
それを警戒してか知らずか、RISC-V Summitの会場では面白い単語を聞いた。
とある中国メーカーが作っているAIチップを、「どこで買えるの?」と聞くと「日本以外で買えるようになる」というのだ。
「なぜ?」と聞くと、「Japan Skip」という答えが帰って来た。
日本をとばして出荷する。国内の特許を踏んでるか、それともなにか別の意味があるのか不明だが、日本を飛ばして中国国内とアメリカ・ヨーロッパに先に出荷してしまおうという発想があることに驚いた。
日本の底力がこれから試されることになるだろう。
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