米中対立と習近平経済学(シーコノミクス)

米中対立と習近平経済学(シーコノミクス): ■要旨



1――習近平政権の誕生

習近平政権が誕生した2012-13年の中国経済は、改革開放後に始めた成長モデルの成功で世界第2位の経済大国になっていたものの、その成長モデルが限界に達し「中所得国の罠」に直面していた時期でもあり、“外需依存から内需(特に消費)主導への体質転換”、“製造大国から製造強国への高度化”、“製造業からサービス産業への高度化”という3つの構造改革の推進と、過剰設備・過剰債務問題の解消が課題だった。



2――習政権一期目のシーコノミクス

習近平政権一期目の経済運営を総括すると、習経済学(シーコノミクス)の真骨頂は「安定重視」だと言える。株価が急落した場面(チャイナショック)では、景気テコ入れ策を発動するなど、予め定めた成長率目標を死守する一方、景気が持ち直すと早々に痛みを伴う構造改革を推進したからである。なお、習近平政権一期目の構造改革は、緩やかながら着実に進んだと評価できるものの、過剰設備・過剰債務問題の改善は道半ばに留まった。



3――シーコノミクス二期目の注目点と課題

習近平政権二期目の注目点としては以下3点を挙げたい。第一に「三大堅塁攻略戦(重大リスクの防止・解消、的確な貧困対策、汚染対策)」を2020年までに達成できるか。第二に第14次5ヵ年計画(2021~25年)の成長率目標である。成長率目標を低めに設定できれば過剰設備・過剰債務問題は解消に向かうと見られる。第三に「インターネット・プラス」と「中国製造2025」を結び付けた新たな成長モデルの構築が順調に進むかである。



4――米中対立とシーコノミクス

習近平政権は「習近平一強」といわれる体制を整えてスタートしたが、経済政策の舵取りを誤れば政権基盤が揺らぐ恐れもある。かつて、中国の英雄だった毛沢東でも「大躍進政策」の失敗の責任を取って、国家主席を辞任するに至ったことがある。現在、その点で気になるのが米中対立だ。米中対立がさらに深刻化し、民間企業や学術機関などの交流にまで悪影響が及べば、芽生え始めた中国の新たな成長モデルが頓挫する恐れもあるからだ。習近平氏が中国の最高指導者になったのは2012年11月から13年3月にかけてのことだ。12年11月には第18回全国代表大会(18大)の直後に開催された第18期中央委員会第1回全体会議(第18期1中全会)で、中国共産党のトップである中央委員会総書記と軍のトップである中央軍事委員会主席に就任、翌13年3月に開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では国家主席にも就任し、共産党・軍・国家の三権を掌握することとなった。



まず、習近平政権が誕生する前の経済状況を確認しておきたい。習近平政権がその一期目(2012~17年)に実施した経済運営が良いのか悪いのかを正しく評価するためには、どのような経済状況下で習近平政権がスタートしたのかを把握しておくことが極めて重要だからである。



文化大革命を終えて1978年に改革開放に乗り出した中国は、まずは生産責任制で農業改革を軌道に乗せた後、外国資本の導入を積極化して工業生産を伸ばし、その輸出で外貨を稼ぐことに注力することとなった。稼いだ外貨は主に生産効率改善に資するインフラ整備に回され、中国は世界でも有数の生産環境を整えた。この優れた生産環境と安価で豊富な労働力を求めて、世界から工場が集まって中国は「世界の工場」と呼ばれるまでに発展した。



改革開放直後の世界経済を概観すると、米国のGDPシェアは25.8%、現在の欧州連合(EU)に当たる地域が34.2%、日本が9.8%と全体の約7割を占める中で、中国は2.7%とその存在感は極めて小さかったが、前述の成長モデルで成功した中国は次第にシェアを高め、習近平政権が誕生した12年にはGDPシェアが11.5%と日本を超えて米国に次ぐ世界第2位の経済大国になっていた(図表-1)。



一方、中国の安価で豊富な労働力には陰りが出始めていた。長らく続いた一人っ子政策の影響で生産年齢人口(15~64歳)の増加が止まりつつあった。人口構成を見ても、将来の労働力である14歳以下の人口が少なく、近々労働力から外れてくる60歳前後の人口が多かったため、生産年齢人口が減少に転じるのは時間の問題だった。また、経済的な豊かさを示す一人当たりGDPを見ると、改革開放直後の中国は世界137ヵ国の中で、下から4番目と貧しい国だったが、習近平政権が誕生した2012年には世界190ヵ国の中で上から90番目とちょうど真ん中くらいの位置へと発展していた。しかし、この世界の真ん中という位置は「中所得国の罠」と呼ばれる経済成長プロセス上の壁でもあった。一人当たりGDPが増加したことは取りも直さず労働者の賃金が上昇したことを意味しており、安価で豊富な労働力を持つベトナムやインドなどの後発新興国へと工場が流出し始め「世界の工場」の地位を脅かすようになっていた。こうした経済状況下で、輸出競争力を維持する観点から賃金上昇を拒むような守りの姿勢に入れば、賃金上昇も止まるため個人消費の伸びが鈍って、一人当たりGDPの増加も止まり、「中所得国の罠」に陥るというのが一般的なバターンであり、「罠」といわれる所以でもある。



そこで、前政権にあたる胡錦濤政権は、中国よりも一人当たりGDPが高い日本や韓国など先進国との競争に打って出て、賃金水準を高めつつ先進国との競争に競り勝つ道を選択、構造改革に乗り出した。そのポイントは、“外需依存から内需(特に消費)主導への体質転換”、“製造大国から製造強国への高度化”、“製造業からサービス産業への高度化”の3点に要約できる。胡錦濤政権は第12次5ヵ年計画(2011~15年)で、最低賃金を年平均13%以上引き上げることを決め“外需依存から内需(特に消費)主導への体質転換”に動き出し、次世代情報技術や新エネルギー車など7分野を戦略的新興産業と定め“製造大国から製造強国への高度化”に取り組み、サービス産業を積極的に育成し始めた。



しかし、生産年齢人口が減少に転じ工場が後発新興国へと流出する中で、国内にある生産設備には過剰感が高まって設備稼働率は低下、貸借対照表(バランスシート)では債務が膨張した。こうして発生した過剰設備・過剰債務を処理しようとすれば、そこで働く労働者も過剰となり失業者が街に溢れて社会問題につながりかねないため、本来は淘汰されるべきだった企業を政府が支援して生き延びさせ「ゾンビ企業」となったため債務はさらに膨れ上がった。そして、非金融企業の債務残高(対GDP比)は習近平政権が誕生した2012年末で130.6%に達していた。以上のように、中国では胡錦濤政権時代から構造改革に乗り出してはいたものの、過剰設備・過剰債務の問題に歯止めを掛けることはできず、新たな成長モデルの構築も思うように進まない中で誕生したのが習近平政権だった。

 



2――習政権一期目のシーコノミクス

習近平政権一期目の中国経済を概観すると、その5年間の成長率は年平均7.1%とその前5年(2008~12年)の同9.4%を大きく下回る伸びに留まった(図表-2)。その背景には、習近平政権が「新常態(ニューエコノミー)」に移行し、安定成長へ舵を切ったことがある。習近平政権は2014年12月に開催された中央経済工作会議で、これまでのように無理に高速成長を目指すのではなく、持続可能な中高速成長を目指す方向性を示し、翌2015年3月に決定された第13次5ヵ年計画(2016~20年)では成長率目標を「年平均6.5%以上」へ引き下げた。そして、経済成長率は緩やかに低下していった。



しかし、習近平政権は景気動向を市場に委ねた訳ではなく、中国政府が定めた成長率目標を下回ることは許容しなかった。実際、2015年~16年初にかけて景気が失速しそうになり、株価が急落した場面(チャイナショック)では、景気テコ入れ策を発動している。したがって、習近平一期目を振り返って評価すると、習経済学(シーコノミクス)は予め定めた成長率目標を重視し、それを下回りそうになれば景気テコ入れに動くものの、それを上回るようならば将来に禍根を残さぬようリスク管理の強化に動くなど、安定を最も重視したスタンスで運営されたと総括することができるだろう。



また、構造改革の進捗状況を見ると、胡錦濤政権時代から積み残された過剰設備・過剰債務の問題に関しては、深刻化にこそ歯止めが掛かったものの目覚しく改善したとは言い難い状況にある。中国国家統計局が公表したデータによると、2017年の設備稼働率は77.0%と前年の73.3%から大きく改善したものの、習近平政権が誕生した2012年の77.5%をまだ下回っている。また、国際決済銀行(BIS)が公表したデータによると、中国の非金融企業の債務残高(対GDP比)は2017年9月末で162.5%と2016年6月末の166.9%をピークにやや低下したものの、習近平政権が誕生した2012年末の130.6%を大きく上回っている(図表-3)。一方、構造改革が進展したことを示すデータもある。



第一に、国内総生産(GDP)の需要構成を見ると、純輸出の比率は習近平政権が誕生した2012年末時点の2.7%から2017年には2.0%へと低下し、また投資(総固定資本形成)の比率も45.2%から42.7%へ低下した一方、個人消費の比率は36.7%から39.1%へと上昇しており、“外需依存から内需(特に消費)主導への体質転換”は緩やかながらも着実に進んでいることが分かる(図表-4)。第二に、同じく産業構成を見ると、第一次産業の比率は習近平政権が誕生した2012年末時点の9.4%から2017年には7.9%へと低下し、また第二次産業の比率も45.3%から40.5%へと低下した一方、卸小売業、金融業、不動産業、情報通信など第三次産業の比率は軒並み上昇しており、“製造業からサービス産業への高度化” も緩やかながら着実に進んでいることが分かる(図表-5)。第三に、新たな成長モデルが芽生え始めたことである。習近平政権一期目の2015年、中国政府は「中国製造2025」と「インターネット・プラス」という2つの新成長戦略を提示した。特にインターネット・プラスは中国にBAT(百度(バイドゥ)、阿里巴巴(アリババ)、騰訊(テンセント)を代表とするプラットフォーマーを育てることとなりネット経済は急拡大し、新たな消費需要を掘り起こす起爆剤ともなっている。そして、その流れは都市部に留まらず農村部にも波及しており、電子商取引(EC)の業務量は農村部の方が高い伸びを示すとともに、農村部の食品や伝統工芸品を都市部で販売する流れができつつある。また、中国製造2025にインターネット・プラスを結び付けて、“製造大国から製造強国への高度化”を図る取り組みも盛んになってきた。そして、習近平政権は二期目に入った。経済運営全般を主導するのは一期目の李克強首相に代わって劉鶴副首相が事実上の司令塔になると見られている。習近平政権一期目の経済運営は当初、李克強首相の名を取った「李克強経済学(リコノミクス)」と呼ばれる経済運営がなされていたが、中国共産党が国家機構への指導を強化する中で、2013年頃から中国共産党の中央財経領導小組へと主導権が移り、その組長を務める習近平氏の名を取って「習近平経済学(シーコノミクス)」と呼ばれるようになっていった。その中央財経領導小組で事務局トップを務め、経済ブレーンとしてシーコノミクスを取り仕切っていたのが劉鶴氏である。習近平氏とは幼なじみで経済秘書と呼ばれるほどの信頼を得ており、第19回党大会では政治局員に昇格、翌年3月の全人代では副首相に就任することとなった。したがって、習近平政権二期目は、習近平氏をトップとし、劉鶴副首相を司令塔とする経済運営になると見られている。



それでは、習近平政権二期目の中国経済はどうなるのだろうか、筆者は下記3点に注目している。第一の注目ポイントは、第19回党大会(2017年)のあと頻繁に登場するようになった「三大堅塁攻略戦」というキーワードである。第19回党大会で習近平氏は2020年に小康社会(少しゆとりのある社会)を全面的に完成させると表明した。それを背景に、翌2018年3月の全人代では質の高い経済発展を目指して「三大堅塁攻略戦」を断固戦い抜くと宣言し、「重大リスクの防止・解消」、「的確な貧困対策」、「汚染対策」の3つの“堅塁(守りが堅くて容易に攻め落とすことのできない陣地)”の攻略に乗り出した。習近平政権は「トラもハエも叩く」として、これまでの政権が二の足を踏んで進まなかった共産党内の腐敗汚職撲滅を徹底的に実行した。これを踏まえると、習近平政権にとって一期目の“堅塁”が腐敗汚職だったとすれば、二期目の“堅塁”はこの3つになるということだろう。金融面に焦点を当てた「重大リスクの防止・解消」に関しては、不法な資金集めや金融詐欺の取り締まり、シャドーバンキング、ネット金融、金融持ち株会社に対する監督管理、地方政府の債務リスク管理などが焦点となる。「的確な貧困対策」に関しては、農村貧困人口の削減、貧富格差の固定化を防ぐための不動産税(固定資産税)の立法、「インターネット+農業」に対する政策支援などが焦点となる。また、「汚染対策」に関しては、「美しい中国」を実現すべく大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、ゴミ処理問題への取り組みを加速することが焦点となる。



第二の注目ポイントは、第14次5ヵ年計画(2021~25年)の成長率目標をどのような水準に設定するかである。2012年の第18回党大会では「所得倍増計画」を打ち出し、その後の第13次5ヵ年計画(2016~20年)では「年平均6.5%以上」という高めの成長率目標を設定したため、経済成長にマイナスの影響を及ぼす過剰設備・過剰債務の問題を解消することは至難の技だった。一方、2017年の第19回党大会では「量から質」へ転換する方針を示したため、今後検討が進む第14次5ヵ年計画では前回よりも成長率目標を引き下げることが可能となった。成長率目標を5%前後に設定することで共産党内をまとめることができれば、過剰設備・過剰債務の問題は一気に解消に向かうと見られる。



第三の注目ポイントは、芽生え始めた新しい成長モデルを、このまま順調に育てることができるかである。前述のように「インターネット・プラス」と「中国製造2025」を結び付けて、新たな成長モデルを構築する動きが盛んになっている。しかし、第19回党大会では「全活動に対する党の領導の堅持」を強調し、情報統制も強めており、こうした統制強化が新しい成長モデルの障害となる恐れもある。習近平政権一期目に芽生えた新しい成長モデルが二期目にどんな発展を見せるのか、今後の展開が注目されるところである。

 



4――米中対立とシーコノミクス

第19回党大会で習近平氏は、自らの名前を冠した「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を中国共産党章程(党規約)に入れるなど権威を高め、また自らに近い人材を権力の中枢に据えるなど政権基盤を強固にして、習近平一強ともいわれる体制で二期目をスタートした。



しかし、習近平一強体制だとはいえ、政策の舵取りを誤れば磐石に見える政権基盤も揺らぐ可能性はある。中国共産党の歴史上、最も深刻な政策の失敗を挙げるとすれば、それは毛沢東氏が行なった「大躍進政策」だと言えるだろう。1960年前後に中国共産党が推進した「大躍進政策」では、農業生産を増やすため四害(ハエ、カ、ネズミ、スズメ)を駆除する四害駆除運動が行なわれた。しかし、スズメを駆除した結果、イナゴやウンカなど害虫が大量発生して農業生産はむしろ大きく落ち込む結果となった。さらに、鉄鋼の増産を目指した「大製鉄・製鋼運動」では、専門家不在の中で農民が作った鉄鋼は粗悪品が過半を占め、農民が駆り出されたために農地は荒れ果て、目標達成のために農具まで供出することになったため農業生産は大打撃を受けることとなった。さらに、燃料には木炭が必要だったため、樹木の大規模な伐採が行なわれた結果、洪水が頻発、数千万人とされる餓死者を出す大失敗だった。そして、毛沢東氏は共産党内や国民の信認を失い国家主席を辞任、その後は劉少奇氏に政権を譲ることとなった。



このように政策の失敗は取り返しのつかない事態を招きかねない。現在、その点で気になるのが米中対立の行方である。米国は中国の台頭を脅威と感じ、中国を封じ込めようとする動きを見せている。米国の攻勢を受けて中国では、習近平国家主席が「先進的でカギとなる技術を手に入れるのはますます難しくなっている」として、「自力更生」という言葉を頻繁に使うようになった。「自力更生」とは、他国の力に頼らず、自国の力で社会主義革命を行なうという意味だが、これは1960年前後に中国が旧ソ連と対立し、旧ソ連が技術協力を打ち切った時に、毛沢東氏がよく用いた表現で、前述の大躍進政策でもスローガンの一つだった。米中がともに自国の利益を第一に考える姿勢を崩さず、双方が受け入れ可能な解決策を見いだす努力を怠れば、米中対立はいずれ民間企業や学術機関などの交流にも悪影響を及ぼすだろう。そうなれば、中国が「自力更生」でいくら努力してもイノベーション(創新)の勢いは鈍り、世界第2位に巨大化した中国経済が停滞すれば、米国経済もただでは済まないだろう。そして、世界経済全体の発展が止まる恐れもある。



毛沢東時代とは比べようもなく大きくなり、世界経済への影響も甚大になった中国だけに、日本はその成り行きを第三者的に注視しているだけでは済まされず、同盟関係にある米国と隣国で歴史的・経済的に結び付きの強い中国が共存の道を歩めるよう、橋渡し役を果たすべき局面がいずれ訪れるのではないかと考えている。 



 







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