Brexitに向けての保険会社及びLloyd’sの対応について-欧州拠点移転等の状況はどうなっているのか-

Brexitに向けての保険会社及びLloyd’sの対応について-欧州拠点移転等の状況はどうなっているのか-: ■要旨



Brexit(英国のEU離脱)を巡る動向については、引き続き不透明な状況にあり、このままいけば、Hard Brexitの可能性がかなり高まり、No deal (合意なし)Brexitの可能性も否定できない状況になってきている。



こうした状況下でも、英国の各監督当局は、Brexitに備えた対応を着実に進めていくことが求められており、これについては基礎研レポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)(以下、「前々回のレポート」という)で報告した。



一方で、英国の保険会社及び英国にEU(欧州連合)の管理拠点を置いているEU以外の各国の保険会社((以下、「英国等の保険会社」という)も、パスポート権を失うことに備えて、所要の対応を実施ないしは検討してきている。以前に、Brexitが英国の保険会社に与える影響については、保険年金フォーカス「英国のEU離脱(Brexit)は英国の保険会社にどのような影響を与えるのか-財務面・監督規制への影響を中心に-」(2016.6.29)で報告し、さらに、Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについては、基礎研レポート「Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについて-英国のパスポート権の喪失を見据えた保険会社及び監督当局の対応-」(2017.5.22)(以下、これら2つのレポートを「以前のレポート」という)で報告したが、それから1年半以上が経過している。



今回のレポートでは、Brexitを残り4か月余りで迎える中での、英国等の保険会社及びLloyd’sの対応についての直近の状況を報告する。



■目次



1―はじめに

2―Brexitに伴い、英国等の保険会社が置かれる状況と求められる対応

  1|パスポート権の喪失

  2|国境を越えた(Cross-border)既存の保険契約への対応

3―英国等の保険会社の欧州拠点の移転等の対応状況

  1|英国等の保険会社に求められる対応

  2|英国等の保険会社の欧州拠点の移転を巡る状況

  3|英国等の保険会社及びLloyd'sの欧州拠点の実際の移転状況

  4|拠点国選定の考え方(再び)

  5|ロンドンの位置付けについて

4―Lloyd’s of Londonの対応

  1|ブリュッセルに新しい欧州保険会社を設立

  2|Hard Brexitに対処するためのPart VII移転

  3|ブリュッセルでのEU事業のための資金調達

5―国境を越えた保険契約の取扱等を巡る英国とEU等の動き

  1|国境を越えた保険契約に関して、新たにEIOPAが声明を発表

  2|EIOPAの声明に対するABI(英国保険会社協会)の反応

  3|英国政府の反応等

6―まとめ

  1|英国と英国以外のEU加盟国間の対立

  2|EU加盟国間の規制当局の対応の差異Brexit(英国のEU離脱)を巡る動向については、引き続き不透明な状況にあり、このままいけば、Hard Brexitの可能性がかなり高まり、No deal (合意なし)Brexitの可能性も否定できない状況になってきている。



こうした状況下でも、英国の各監督当局は、Brexitに備えた対応を着実に進めていくことが求められており、これについては基礎研レポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)(以下、「前々回のレポート」という)で報告した。



一方で、英国の保険会社及び英国にEU(欧州連合)の管理拠点を置いているEU以外の各国の保険会社((以下、「英国等の保険会社」という)も、パスポート権を失うことに備えて、所要の対応を実施ないしは検討してきている。以前に、Brexitが英国の保険会社に与える影響については、保険年金フォーカス「英国のEU離脱(Brexit)は英国の保険会社にどのような影響を与えるのか-財務面・監督規制への影響を中心に-」(2016.6.29)で報告し、さらに、Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについては、基礎研レポート「Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについて-英国のパスポート権の喪失を見据えた保険会社及び監督当局の対応-」(2017.5.22)(以下、これら2つのレポートを「以前のレポート」という)で報告したが、それから1年半以上が経過している。

 



2―Brexitに伴い、英国等の保険会社が置かれる状況と求められる対応

今回のレポートでは、Brexitを残り4か月余りで迎える中での、英国等の保険会社及びLloyd’sの対応についての直近の状況を報告する。

 Brexitに伴い、パスポート権を喪失することになり、現在英国にEUの管理拠点を置いている英国等の保険会社は、大きくは、今後の新契約の獲得及び既契約へのサービスの提供という2つの点での対応が求められてくることになる。



1|パスポート権の喪失

以前のレポートで報告したように、EUにおける保険事業の展開という意味においては、パスポート権の喪失が最も大きな問題となる。



「パスポート権(passporting rights)」とは、EU加盟国における保険会社が、各個別の国のライセンスを取得しなくても、ブロック全体で、業務を実施し、サービスを提供することができる権利のことをいう。英国がEUを離脱すると、英国の保険会社は、パスポート権を失うことになり、EUで事業を行うためには、英国以外のEU加盟国に子会社を設立することが求められることになる。



この影響は、特にこれを広範囲に使用しているLloyd'sや損害保険会社にとって大きなものとなることが想定されている。パスポート権の喪失は、保険会社が、ビジネス拠点の再構築を余儀なくされることにつながる。新たな保険会社の設立と業務の移転に伴う一時的な費用だけでなく、こうした会社の継続的な運営経費も追加負担として加わってくることになる。



ただし、英国の保険会社が置かれている状況は、各社各様である。



さらには、この問題は、英国の保険会社に限定される話ではない。現在、米国や日本を含むアジアの保険会社は、英国に欧州本部を置いているケースや、英国を大陸欧州へのゲートウェイとして位置付けているケースが多い。この場合、これらの会社も本部を英国以外のEU加盟国に移転することを検討する必要がでてくることになる。



2|国境を越えた(Cross-border)既存の保険契約への対応

EUの拠点を英国以外のEU加盟国に移転した場合でも、それまでに獲得した既契約の取扱いが問題となってくる。以前の基礎研レポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)において報告したように、英国の監督当局は、No dealに備えて、現在英国にパスポート権で事業展開しているEEA(欧州経済地域)の保険会社のサービスにアクセスする英国ベースの顧客への対応の観点から、「暫定的許可制度」を設定して、これらの会社がBrexit後3年間まで、英国の顧客にこれらのサービスを提供し続けることを可能にする、としている。これにより、これらの会社が英国での営業を継続するための認可申請を行う時間を確保させている。これらの会社が現在提供しているサービスの全範囲をカバーする承認を受けた場合、以前と同じように英国においてサービスを提供し続けることができることになる。



これに対して、EEAに現在パスポート権で営業展開している英国等の保険会社のEEA顧客に対しては、EUの保険監督当局等は現段階において何らの措置も行っていないため、このままの状態では、英国等の保険会社はたとえ本部を英国以外のEUの加盟国に移転したとしても、それだけではEEAの既契約の保険契約者等に対するサービス(保険事故発生時の保険金支払い等)が行えなくなる可能性があることになる。



これに対して、英国の保険業界等は、EUの保険監督当局等に対して、英国と同様の所要の対応を行うことを要求してきているが、いまだEUからの具体的な行動が見られていない状況にある。



こうした中で、英国の保険会社は、2000年の金融サービス市場法第7部に規定されている保険契約移転スキームである「Part VIIの移転」の申請を行ってきている。



「Part VIIの移転」は、単一の市場、パスポート権、移行期間又は同等性評価を持たない「Hard Brexit」の場合に、EU顧客を有する英国の保険会社が契約を継続するための手段として使用されることになる。



(参考)Part VIIの移転

「Part VIIの移転」は、通常、合併又は買収の一部として、あるいは非効率性を排除するプログラムの一環として、保険会社が事業の再編を行うために使用される。ソルベンシーIIの下では別個のグループ会社の統合により、分散効果が考慮されること等により、ソルベンシー資本要件とリスクマージンを削減することが可能になり、資本効率が高くなる傾向がある。そのため、ソルベンシーIIの下での資本を最適化したいという要望から、「Part VIIの移転」が再編の大きなドライバーとして使用されてきた。



ただし、「Part VIIの移転」を行うためには、規制当局(PRAと金融行動規制機構(FCA))による審査や裁判所の認可などが要求されるため、これらを遂行するために保険会社には相当量のリソースが必要になってくる。移転のスキームを開発し、裁判所の文書を作成し、保険契約者への連絡を整理し、保険会社のアクチュアリーがスキームを報告し、独立した専門家が同様のチェックを行うため、必要とされる時間は、簡単な移転の場合でも、12ヶ月から15ヶ月が最も典型的である、と言われている。さらに、生命保険契約の移転は、一般的には損害保険よりも時間がかかる傾向がある、と言われている。



加えて、規制当局や裁判所がPart VIIの申請を審査するための法定のタイムスケールはないため、Brexitの期限までに完了させるためには、保険会社は早期の申請等が求められていた。



一方で、保険会社の観点からは、Brexitの内容の明確化、特に移行期間又は何らかのグランドファザーリングの取扱の可能性について期待していたという要素もあり、なかなか再編計画の実施に踏み切れなかった事情も見られていたようである。



監督当局は、以前から、EEAベースの保険会社への移転は、Hard Brexitの場合に契約上の確実性を保証する唯一の手段であるため、 Brexitへの立ち上げ時にPart VIIの申請が急増することを予期していた。

 



3―英国等の保険会社の欧州拠点の移転等の対応状況

英国等の保険会社の欧州拠点の移転等への対応状況は、以下の通りである。



1|英国等の保険会社に求められる対応

英国とEUの間の将来の取引協定の不確実性を考慮して、多くの保険会社は、Hard Brexitのためのコンティンジェンシー(緊急時対応)として、欧州大陸に拠点を設けることに決めてきている。いくつかの会社は新しいオフィスを設立しているが、他の会社は地元の支店を単に子会社に転換したりしている。



これらの対応により、2019年3月以降あるいは正式に合意された移行期間の後に、これらの子会社がEUにおいて保険契約を確実に引き受けることができることになる。



2|英国等の保険会社の欧州拠点の移転を巡る状況

格付会社のAM Bestは、8月に公表した報告書「保険会社は明瞭性の欠如の中でBrexit 計画を強化する(Insurers Step up Brexit Plans in Absence of Clarity)」1において、英国等の保険会社のBrexitへの対応としての欧州拠点の移転を巡る状況について報告している。



この報告書によれば、まずは、「本拠地の選択は、顧客との近接性、才能を引き出す能力、ローカルの税制を含む個々の保険会社の具体的な検討に基づいている」としている。さらには、「各国の規制当局のアプローチ、専門知識、アクセシビリティ等が重要だ。」としている。ただし、「主要な要素は、その場所に支店などの既存のオペレーションが存在するかどうかであった。」としている。



これに関連して、英国以外のEU各国の観点からは、「BrexitはEU加盟国が英国からのビジネス、特に金融サービスを獲得する際に互いに競争する機会」になっていると言われてきた。規制面での懸念から、単一市場を完全に調和した体制と見るのではなく、会社を個々の国に誘導する政治的圧力が特定の規制当局に及ぼされている可能性がある、とも言われてきた。



具体的には、英国等の保険会社がEUの子会社を設立することができる範囲を熟考する際に、実質的に英国の保険会社に再保険することを通じて、スタッフと意思決定者を殆ど必要としない、一般的に「真鍮のプラーク(brass plaque)」又は「レターボックス(letter box)」と呼ばれている会社、で対応することが好まれていた、と言われていた。



これは、EUにおける契約を100%既存の英国の会社に再保険することで、EU子会社を形式的なものとすることで、EU子会社の負担をできる限り軽減させることを意図している。



こうした動きに対して、EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2017年7月11日に「英国からの移転に対する監督アプローチに関する原則(Principles on Supervisory Approach to the Relocations from the United Kingdom)」を公表2しているが、その中で、「EU子会社は引き受けたリスクの少なくとも10%を保有する必要がある」旨の意見を述べている。EUの各国規制当局は、この意見に応じて「遵守又は説明する」ことが求められることになる。



ただし、この意見の位置付け等についての解釈は、監督当局等によって統一されておらず、例えば、英国保険会社協会(ABI)等は、これはあくまでも指標で、個々の監督当局に柔軟性があることを示唆している、と解釈しているようである。



一方で、ドイツの保険監督当局であるBaFinは、EIOPAの見解に従って、「EU子会社はリスクの10%を自社で保持しなければならない」とのルールを定めている。Brexitに関するQ&A3の中で、BaFinは、「ソルベンシーIIの要件は、第三国に拠点を置く親会社との再保険によって完全に満たされることができるのか?」との質問に対して、次のように答えている。



「原則として、BaFinは、EU外の登録拠点との別のグループ保険会社に対する実質的な再保険に反対しない。ただし、再保険提案は、特に管理面のリスクを考えると監督上の精査にかかる。しかし、監督当局は、ドイツの保険会社によって引き受けられたリスクの100%再保険が問題であるという見解を示している。したがって、原則として、ドイツの保険会社は、保険契約の有意な保持(原則として10%)を行うべきである。しかし、ここでも、詳細は可能な監督認可プロセスで明らかにする必要がある。」



また、アイルランドの保険監督当局であるアイルランド中央銀行(CBI)は、この問題に関して、「我々のキーは、アイルランドに設立された企業は実体のビジネスであることを保証していることである。実体を見ながら、ガバナンス、アウトソーシングや様々な問題と並んで、再保険が検討されている。」と述べた。さらに、CBIは、アイルランドにおける拠点が「実質的なプレゼンス」を有することを要求し、「EU子会社自体で決断を下さずに、ダブリンに真鍮のプラークを置くことはできない。」ということを明らかにしている。



3|英国等の保険会社及びLloyd'sの欧州拠点の実際の移転状況

こうした状況の中で、具体的に、2018年6月27日時点での各社の欧州拠点の移転状況については、先のAM Bestの報告書によれば、以下の図表の通りとなっている。(1)アイルランド

これによると、移転先としては、アイルランドが最も人気のある選択肢となっている。



アイルランドは英国と同様に英語が公用語の国であり、英国の保険会社にとっては地理的にも近い。Aspen、Equitable Life、North P&I Club、Royal London、The Standard Club及びXL Groupなどの保険会社は、既存のローカルの監督当局等との関係や強いローカルプレゼンスを主な理由としてアイルランドの首都ダブリンを選択した、としている。



この中で、例えばバミューダを拠点としているAspenは、ダブリンに子会社を設立し、EEA関連契約の大部分を英国からアイルランドに移転し、新会社は規制当局の認可を受けて2019年第1四半期に営業を開始する予定である、としている。なお、Brexitの影響を受けない既存の英国及び非EEAの契約は、引き続きAspen Insurance UK(AIUK)で引き受ける、と述べた。



また、Avivaは、アイルランドの支店を子会社に転換し、Part VIIに基づく移転を行うとしている。



(2) ルクセンブルグ

ルクセンブルグが、次に人気のある拠点国となっている。ルクセンブルグは、その監督当局であるCommissariat aux Assurances(CAA)が、欧州全体の他の規制当局と比べて、EU規則の執行機関としてはあまり厳格ではなく、「ライトタッチ(light-touch)」の監督当局であり、このために人気が高かったと言われていた。



ルクセンブルグを選択したAIG、Hiscox、RSA、Libertyは、ルクセンブルグが「経験豊富で尊敬される規制当局」であることを選択の理由に挙げていた。



この中で、AIG EuropeのCEOは、ルクセンブルグを指向している理由について、「EUの創設メンバーであるルクセンブルグは、我々の主要市場の多くに近い欧州大陸において、豊富な経験と尊敬される監督当局を有し、安定した経済で堅固なロケーションを提供している。」と述べた。これによりAIGが規制負担を軽減するためにルクセンブルグを選択したとの考え方を否定し、さらに「EUのリスクを100%ロンドンに再保険することはない。」と述べた。



また、RSAは、ルクセンブルグの子会社であるRSALは、Brexitの後に同社のEU本部の役目を果たし、欧州の全ての契約を網羅するとし、既存のEU支店の契約は、Part VIIの移転により、2019年1月1日からRSALに直接移管される予定である、と述べた。



なお、ルクセンブルグは、フランスとドイツという中核となる欧州市場に近く、欧州の中心にあり、将来的にもEUを離脱する可能性が低い、とみなされていることも理由に挙げられている。



この点に関して、AM Bestは「保険会社がEU内に既存契約を保有していない場合、ルクセンブルグは魅力的な所在地であることが証明されている。ローカルの規制当局であるCommissariat aux Assurances(CAA)は、ビジネスフレンドリーで効率的であり、ルクセンブルグは弁護士や会計士などの優れたサポートサービスのネットワークのホストである。」と述べている。



因みに、日本の損害保険会社グループ3社は、ルクセンブルグを選択している。



また、こうしたルクセンブルグへのEU子会社設立の動きにより、ルクセンブルグの財務長官は、Brexitは約2,000人の雇用をもたらす、と述べていた。



(3)その他

以上の2カ国以外では、ベルギーのブリュッセルがLloyd's、MS Amlin及びQBEによって選択されたが、AM Bestは「MS Amlin、QBEがブリュッセルを選択したのは、彼らがブリュッセルに既存のプレゼンスを有しているという事実によって大きく左右された。」と説明している。



また、オランダもThe UK P&I Club、Steamship Mutual及びChesnaraによって選択されているが、The UK P&I Clubは、オランダに子会社を設立する理由について、「オランダは、EU子会社にとって最適な管轄権を有している。主要市場、安定したビジネス環境、ビジネスのための英語の使用、私たちの運用モデルに最適な規制システムを提供している。」と述べた。



その他には、マルタ、ドイツ、フランス、スペインなどがAM Bestのリストに含まれている。4|拠点国選定の考え方(再び)

AM Bestの見解では、「企業が特定の市場で支店や重要な存在を築いているのは、通常、魅力的なビジネスにアクセスするのに役立つと考えているからである。さらに、彼らはすでに、その特定の場所に引受人員及びインフラストラクチャを配置しており、通常、地方の規制当局との関係を持つことになる。これらは、追加の子会社設立時に発生する運用コストと資本コストを考えると、重要な考慮事項である。」としている。さらに、「EU内で新たなリスクキャリアを構築することのコストの意義が重視されている。保険会社及び関連する営業及びリストラ費用は、彼らの収入に影響を与える。さらに、個別に資本化された追加の子会社は、保険グループ全体の資本性及び資本効率を低下させる可能性がある。増加した運営コストを相殺するために、A.M. Bestは、保険会社がEUでトップラインを伸ばすことを期待している。 一旦保険会社が欧州のインフラストラクチャに投資したら、コスト効率の観点から、より多くの契約を引き受けるためにそれを使用することは論理的である。既存の支店を資本化された子会社にすることは、特定の市場に対するコミットメントを実証する手段であり、結果的に、その市場における保険会社のポジションにはプラスとなる可能性がある。」と述べている。



なお、銀行の場合に人気の高いドイツのフランクフルトやフランスのパリ等は、保険会社の選択肢としては必ずしも高い地位になく、銀行と保険では様相を異にしている。



5|ロンドンの位置付けについて

AM Bestの報告書は、さらに「これらの選ばれた場所のそれぞれにおいて、A.M. Bestは子会社が保険会社の英国事業に比べて小さいと予想している。」と述べている。



加えて、「これまで、ルクセンブルグとアイルランドは新しいEU子会社にとって最も人気のある場所として浮上している。」と述べた後、「しかし、ロンドンの主要な(再)保険ハブとしての地位に挑戦する可能性が高い都市は1つもない。ロンドンは、引き受け能力と関連サービスへのアクセスのプールに支えられて、世界を主導する保険センターの1つとして残りそうである。」と述べている。

 



4―Lloyd’s of Londonの対応

Lloyd’s of London(以下、「Lloyd's」という)の対応状況は、以下の通りである。



1|ブリュッセルに新しい欧州保険会社を設立

以前のレポートで報告したように、Lloyd's は2017年3月30日の2016年の業績発表において、ブリュッセルに新しい欧州保険会社を設立すると発表した。Lloyd's のCEOのInga Beale氏は、ブリュッセルを選択した理由について、「ブリュッセルは欧州の中心に位置しており、堅固な規制枠組みを提供するという重要な要素を満たしており、Lloyd'sが顧客に専門家による保険引受専門知識を提供し続けることを可能にする。」と述べていた。



Lloyd's のブリュッセルの子会社Lloyd’s Brusselsは、2018年5月に、ベルギーの保険監督当局であるベルギー国立銀行(National Bank of Belgium)により、その設立の認可を受け、2019年1月1日以降、EEA事業から損害保険に関わる全てのリスクを引き受けることが認められた。



なお、2017年の新契約ベースでは、Lloyd'sの227億ドルの引受保険料のうち、約40億ドル(18%)がEU/EEA加盟国からのものだった。



2|Hard Brexitに対処するためのPart VII 移転

Lloyd’sは、10月9日に、Hard Brexitに備えるために、Part VII の移転によって、2020年末までに、全てのEEA契約をLloyd’s Brusselsに移転することを計画している、と公表4した。



また、英国が2020年以前に移行又は実施期間がなくEUを離脱する場合、Lloyd’sは、その引受人が有効な請求の支払を含む契約上の約束を引き続き尊重する、と述べた。



さらに、Lloyd’s は、EEA契約の移転戦略は、顧客を公正に扱うことになるので、欧州規制当局によって支持されることを想定しているが、欧州規制当局が協力的でない場合、移転が完了するまでの間に契約上の約束が完全に満たされることを確実にするために、引受人に指示し、又はその他の措置を取る、と述べた。



これらにより、Hard Brexitの場合でも、Lloyd’sは全ての有効な請求を支払うことを約束した。



なお、Lloyd’s のこのアプローチは英国の監督当局からは全面的に支持されている、と述べた。



さらに、Inga Beale氏は、Brexit後の保険契約の継続を確実にするよう英国政府にロビー活動を行っている、とし、Brexitの不確実性の中で、以前よりもNo deal Brexitに近づいているかもしれないので、Lloyd'sはブリュッセルの子会社計画を加速している、と述べた。



3|ブリュッセルでのEU事業のための資金調達

Lloyd’sは、ブリュッセルでのEU事業の資金を調達するために、シンジケート会員に中央基金への融資を求めることについて、英国の規制当局と話し合っている。



Lloyd's の会報によれば、Lloyd's はシンジケート会員に対して、元受収入保険料の0.33%の融資を求めており、これは2017年ベースでは112百万ポンドになる。貸付のクーポンは、5年国債の利回りで示されるリスクフリー金利に3%の信用リスクプレミアムをプラスしたものになる。シンジケートのための会員のローンが制限付きTier1の分類であることを確保するために、ローンは少なくとも5年間返済されない。この契約は、PRAの承認を条件として、2019年の会計年度からスタートすることが予定されている。基礎研レポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)において、「国境を越えた保険契約(Cross-border contracts)の取扱」を巡る動きについては、英国と(英国以外の)EUの間での認識や対応に差異が見られている、と報告した。



ここまで、述べてきたように、多くの英国等の保険会社は、この問題に対して、英国以外にEUの保険子会社を設立して、Part VII の移転を行うことで対応しようとしている。ところが、全ての保険会社がこのような対策を講じているわけではなく、引き続きこの問題は英国の保険業界がBrexitに伴う最も大きな課題の1つと考えるものとなっている。



これに関して、先の基礎研レポートの出稿後に新たな動きがあったので、ここで報告しておく。



1|国境を越えた保険契約に関して、新たにEIOPAが声明を発表

EIOPAは、2018年11月5日に、「EIOPAは、国境を越えた保険におけるサービスの継続性を確保するための即時行動を求めている(EIOPA calls for immediate action to ensure service continuity in cross-border insurance)」との声明5を発表した。なお、EIOPAは、2017年12月に、「保険会社は、EUからの英国の撤退に際し、サービスの継続性を確保するための十分かつタイムリーな準備を行うことを促される」として、「EUからの英国の離脱を踏まえた保険におけるサービス継続性に関する意見(Opinion on service continuity in insurance in light of the withdrawal of the United Kingdom from the European Union)」とする意見書6を公表していた。



この意見書の中で、EIOPAは、英国と英国が離脱した後の英国なしの欧州共同体(EEA30)間の国境を越えた保険契約の継続性を保証するために、保険会社に適切な時期に必要な措置を講じるように要請していた。



今回の声明の中で、EIOPAは、「保険会社、特にEEA30カ国7における国境を越えた契約を有する英国及びジブラルタルからの会社のコンティンジェンシー・プラン(緊急時対応計画)を綿密に監視している。」と述べた。EIOPAによれば、「EEA30カ国で大規模な国境を越えた契約を有する保険会社は、措置を講じ、緊急時対応策を実施している。しかし、現在まで、EEA30カ国の管轄区域で国境を越えた契約を有する英国とジブラルタルからの124の会社は、英国がEUとの間で合意なしで離脱した場合にサービスの継続性を確保するためのコンティンジェンシー・プランがないか不十分なままである。」と述べている。



さらに、「合意なしの離脱の場合、910万人のEEA30カ国の保険契約者は不確実性に直面し、支払いを受け取るのが遅れる可能性がある。これは、国境を越えた契約を結んでいる合計3800万人のEEA30カ国の保険契約者からは大幅に少ない数値であり、国境を越えた大規模な契約を有する英国保険会社の措置の程度を示している。関係する残りの国境を越える契約は、74億ユーロの保険負債を有している。十分なコンティンジェンシー・プランがない英国及びジブラルタルからの保険会社の残りの契約は、(保険負債に関して)EEA30カ国における保険契約全体のわずか0.16%に過ぎない。」と述べている。



加えて、「(保険負債54億ユーロの)大部分の契約は、英国の保険会社のほんの一握りに関連している。残りの契約は、主に価値の低い負債と短期借入債務を有している。全体として、関連する契約の75%は年間平均保険料が100ユーロ未満のポートフォリオに属している。平均して、契約の76%の負債残存期間は2年未満である。契約の大部分は損害保険会社との契約である。潜在的に影響を受ける保険契約者の3%のみが生命保険会社と契約している。」としている。



EIOPAは、残りの契約に対するリスクに対処するために各国の管轄当局と協力しているが、保険会社や保険契約者に対しては、以下のように述べて、行動等を促している。



「法律では、保険会社は、コンティンジェンシー・プランの策定を含む、活動の継続性と規則性を確保する必要がある。監督当局はそれぞれコンプライアンスを確保しなければならない。サービスの継続性の中断を避けるためには、会社及び監督当局からの即時かつ強化された措置が必要となる。消費者を損なう可能性がある不十分なコンティンジェンシー・プランは、ガバナンスの重大な失敗である。



英国及びジブラルタルからの会社との国境を越えた保険契約の保険契約者は、保険会社が取っている関連する緊急時対応策及び契約上の関係及びサービスへの影響について、通知を受けるべきである。さらに質問がある場合、顧客は保険会社に連絡することもできる。保険契約及びサービスの離脱の影響に関する一般的な情報については、保険契約者は、各国の監督当局又は英国又はジブラルタルの監督当局に連絡することができる。」



2|EIOPAの声明に対するABI(英国保険会社協会)の反応

ABI(英国保険会社協会)は、11月5日に、このEIOPAの声明に対する反応8を発表している。



これによれば、「欧州委員会は、No Deal Brexitのシナリオで国境を越えた契約の継続性の問題を改善する措置を講じることを拒否し続けているようである。EIOPAが発行したプレス声明では、彼らは、政策立案者や規制当局ではなく、個々の保険会社や年金会社の責任であると主張し続けている。」と批判している。



さらに、「これは、2017年12月に、英国の財務省と規制当局がEUの会社が英国の顧客に対する契約にサービスを提供し続けることを可能にする『no deal』シナリオにおける「暫定的許可」制度を設定すると発表した英国のアプローチとは著しい対照をなしている。」として、英国の監督当局とは対照的にEIOPAが具体的な行動を起こしていない、と述べている。



英国保険会社の規制担当ディレクターであるHugh Savill氏は、「EIOPAがいまだ英国の業界にNo Dealシナリオで国境を越えた契約の継続性の問題を解決することを盲目的に求めているのをみるのは信念を無力化する。英国の保険会社はすでに可能な行動をとっている。」と述べた。さらに、「我々は何回も述べてきた。単純な解決策がある。英国当局はそれにコミットしている。全てのEU当局は相互的に対応するしかない。全くもって、なぜ彼らが何百万人のEUの保険契約者にこの心の安らぎを提供しようとしないのか、そのことを推測するのは難しい。」と付け加えた。



このように、ABIは、EIOPAの声明に対して、怒りのコメントを発表している。



3|英国政府の反応等 

今回のEIOPAの声明に対して、英国のPRAは特段のコメントを述べていない。



一方で、英国の金融行動規制機構(FCA)の国際担当理事であるNausica Delfas氏は、11月5日にロンドンで行われた「第3回英国金融サービスBrexit Summit」のイベント「City and Financial」のスピーチ9で、「2019年3月に英国がEUを離脱するとき、スムーズな移行を確保するために英国は取り組んでいるが、一部の崖っぷちのリスクは残っている。」と述べた。さらに、「英国とEUの間の個人データの転送がより制限的になることに関連したリスクを例として挙げ、サービスにアクセスし管轄地域間で契約を継続する能力に影響を与えるとして、英国とEUの両当局による行動が必要とされている。」と述べた。さらに、「英国政府は、No dealのシナリオでは、英国からEUへのデータの転送を促進するEU体制が適切であると判断している。我々は緊急に、EUのカウンターパートナーからの同様な行動を必要としている。」と述べた。



Delfas氏は、覚書(MOU)や他の実務上の取決めが可能な限り早急に締結される必要がある、と付け加えて、「我々は、このような協力協定に同意する用意がある。これは共同で市場を監督する能力をサポートし、英国だけでなくEUのカウンターパートにとっても重要である。金融市場がこれを基にして計画できることが重要だ。」、さらには、「この技術的な監督当局と監督当局の連携は、no dealの状況における混乱を最小限に抑えるために不可欠である。私たちの見解では、MOUを準備する作業はすぐに始められるべきである。」と述べた。



このように、英国サイドは、EUとの協力関係の中で、かなり積極的に具体的な対応策が取られていくことを望んでいる。



 





6―まとめ

ここまで、Brexitを残り4か月余りで迎える中での、英国の保険会社及びLloyd’sのEU拠点の移転対応の状況及び国境を越えた保険契約の取扱を巡る最近の動きについて、報告してきた。



1|英国と英国以外のEU加盟国間の対立

今回のレポートで報告したように、これまで英国に置かれていたEU拠点の英国以外のEU加盟国への移転問題については、Brexitまで残り5か月を切ってきている中で、大規模な保険会社を中心に多くの保険会社においては、ほぼ何らかの形での対応がなされてきている状況のようである。



一方で、こうした移転等を行っていない保険会社等では、いまだに国境を越えた保険契約の取扱が大きな課題として残っている状況にある。いまだ対応ができていないのは、EIOPAの調査によれば、「一握りの保険会社」で、その殆どが損害保険契約であり、小規模の契約で、残存保険期間も短いものとなっているとのことである。これらの契約に対する対応が今後なされていくことが望まれることになる。



今回のBrexitを機に、「英国と英国以外のEU加盟国間の対立」が、国境を越えた保険契約の取扱という保険契約者保護に関係する重要な問題に関しても、表面化した形になっているが、今後両者の溝がどうやって埋められていくことになるのかは大変気になるところである。



2|EU加盟国間の規制当局の対応の差異

さらには、今回の移転問題に関係して、「EU加盟国間の規制当局の対応の差異」という問題が、改めて焦点を浴びて、今後とも大きな議論になる問題となってきている。



これについては、実際に、EUに設定されたEU子会社の詳細な体制等の状況が判明してくれば、一部のEU加盟国の政府や規制当局が他の国々よりも魅力的な取引を提供していたがどうかが明らかになってくるものと思われる。各会社が新たなEU子会社をどのように位置付けているのかは、例えば、何名のスタッフを新たなEU子会社に配置しているのか、彼らがどのような決定を下す権限が与えられているのか、そして、どの程度の規模の再保険が元々の英国におけるEU拠点等に対して行われているのか、等に基づいて、差異の有無の判断がなされていくことになるものと思われる。



こうした実態において、各国で設定されたEU子会社間で差異が見られるとするならば、まさに「EU加盟国間の規制当局の対応の差異」を示しているものと言えることにもなるだろう。



その意味において、今回の英国からのEU子会社誘致に関する問題は、EU加盟国間の規制のコンバージェンスがどの程度なのかを示す1つのテストケースといえるかもしれない。実際にBaFinのFrank Grund氏は「原則として、我々は公平な競争条件の確保に取り組んでいるが、現時点では完全に調和しているとは言い切れない。」と述べている。特にルクセンブルグが本当に「ライトタッチ(light-touch)」な監督当局であり、他の監督当局とは異なる、より柔軟で緩やかな要件を認めているのか、そうだとした場合にそれがどの程度のものなのか、そしてそれは監督規制上本来的に問題がないものなのか等ということは、大変興味深い点であると思われる。



いずれにしても、今後Brexitの交渉がどのように進展していくのか、その結果として今回のBrexitに伴う英国等の保険会社のEU拠点の移転問題等の実態がどのような結果になっているのか、さらには国境を越えた保険契約の取扱がどうなっていくのか、については、関係者の間でも極めて関心の高い事項であることから、今後の動向についても、引き続き注視していくこととしたい。





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