分断進む米国社会ー中間選挙結果が映し出す米国
分断進む米国社会ー中間選挙結果が映し出す米国: 数年前に米国の大学に行ったときに、キャンパス内のお手洗いが全て男女共用だったので驚いた。男性用女性用の他に共用を作ったものの、共用を利用しなくてはならない人に対する差別だという批判の声が出て全部共用となったのだそうだ。寮は性別の区別なく学生が居住しており、シャワールームも共用だ。大学は大規模な寮だけではなく10人程度が住む一戸建ての家も多数保有していて、気心の知れた仲間の学生が同じ男女同居の家を希望して住んでいることが多いという。
2018年11月初めに行われた米国の中間選挙では、与党共和党が上院で多数となったものの、下院では野党民主党が多数となった。これまで上下両院で多数だった共和党のトランプ大統領は、今後は政策運営がより難しくなると見られる。しかし、マスメディアを通じて日本から米国の動きを見ている我々には、差別的発言を繰り返すトランプ大統領が、依然として多くの人から支持され続けていることには不思議な感じも受ける。
「政治的正しさ」(political correctness)という言葉を初めて聞いたのがいつのことだったか思い出せないが、米国では人前で本音を言ってはいけないことが山のようにある。日本は建前主義で、米国では本音で話をするというのは誤解で、文化や風俗習慣、思想などが異なる多様な人々が折り合っていくには、他人に対する配慮が不可欠だ。摩擦を避けて価値観を共有する人だけで集まるようになるということも起こる。「破綻するアメリカ」(会田弘継著)は、米国で起きているポピュリズムの興隆は文化的反動だという見方を紹介している*1。高学歴エリートが進歩的価値観に基づいて伝統的価値観を否定することに対する反発が大きくなっており、ジャーナリズムから厳しい批判を浴びていても言いたいことを堂々と述べる大統領に多くの人が共感を覚えている。2016年の選挙でトランプ大統領を誕生させた大きな要因は、伝統的に民主党支持だった白人労働者が共和党のトランプ氏を支持したことにある。J.D.ヴァンスの「ヒルビリー・エレジー」は、ヒルビリー(田舎者)などと呼ばれる白人労働者をアメリカで最も厭世的傾向にある社会集団と呼び、繁栄から取り残された白人の生活を紹介してベストセラーとなった*2。政策全体では民主党の政策の方が低所得者層に手厚いと判断されるが、この本で紹介されたような人達は、共和党の掲げた保護貿易主義や不法移民の取り締まり強化といった政策の方が自分達のためになると考えているようだ。
1993年に誕生したビル・クリントン大統領は中道的な政治スタンスをとったが、その後の民主党内では、2016年の大統領選挙のサンダース現象に見るように非常にリベラルな支持者の勢力が増した。ジャーナリストや知識層といった高学歴でリベラルな人達は、環境問題や人権や移民・難民問題に関心が強く、発展途上国の貧困や人権問題も解決しようとする。こうした理想主義的な考えから出てくる議論は、豊かな米国民に負担と自制を求めるものとなりがちで、直面している苦境の改善を求める「ヒルビリー」の共感を得られていない。海外製品の流入によって職を失ったり、賃金の低迷に苦しんだりしている人達には、社会的エリートは自分達を見捨てていると感じられてしまい、アメリカ第一主義を唱えるトランプ大統領ならば米国民である自分達を守ってくれるという期待を抱かせているのではないだろうか。米国社会の分断が進んでいる背景には、所得格差の拡大が進むと同時に、世代を超えて固定化していることがある。米国の政治学者パトナムは、かつて大きく所得が異なる人達が混ざり合って住んでいた故郷の町は、豊かな人が住む地域と貧しい人が住む地域に分かれてしまったと嘆いている。米国では20世紀後半に入ると同じような教育を受けた男女がより多く結婚するようになり、社会階層の固定化傾向が強まっているという*3。教育を通じて格差が世代を超えて伝わっていく現象は、日本でも既に起きているのではないだろうか。
工場閉鎖で衰退しているラストベルトと呼ばれる地域の複雑な家庭で育ちながら、なんとか「ごくふつうの生活」を手に入れることに成功したJ.D.ヴァンスは「アメリカン・ドリームを生きる幸運に恵まれた私たちは、つねに不安に追い立てられているのだということも知ってほしい」と述べている。これは日本でも自分の生活水準を中程度だと考えている人の多くが感じているものと同じなのではないかと考え込んでしまうのである。
*1 「破綻するアメリカ」会田弘継、(岩波書店、2017年)
*2 「ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち」、J.D.ヴァンス(関根光宏・山田文訳、光文社、2017年)
*3 ""Our Kids: The American Dream in Crisis"",Robert D. Putnam,(Simon & Schuster, 2015)"【関連レポート】
保護主義色を強める米国-新たな国際経済体制が必要
始動したトランプ政権
教育格差を考える-親心と格差の悩ましい関係
2018年11月初めに行われた米国の中間選挙では、与党共和党が上院で多数となったものの、下院では野党民主党が多数となった。これまで上下両院で多数だった共和党のトランプ大統領は、今後は政策運営がより難しくなると見られる。しかし、マスメディアを通じて日本から米国の動きを見ている我々には、差別的発言を繰り返すトランプ大統領が、依然として多くの人から支持され続けていることには不思議な感じも受ける。
「政治的正しさ」(political correctness)という言葉を初めて聞いたのがいつのことだったか思い出せないが、米国では人前で本音を言ってはいけないことが山のようにある。日本は建前主義で、米国では本音で話をするというのは誤解で、文化や風俗習慣、思想などが異なる多様な人々が折り合っていくには、他人に対する配慮が不可欠だ。摩擦を避けて価値観を共有する人だけで集まるようになるということも起こる。「破綻するアメリカ」(会田弘継著)は、米国で起きているポピュリズムの興隆は文化的反動だという見方を紹介している*1。高学歴エリートが進歩的価値観に基づいて伝統的価値観を否定することに対する反発が大きくなっており、ジャーナリズムから厳しい批判を浴びていても言いたいことを堂々と述べる大統領に多くの人が共感を覚えている。2016年の選挙でトランプ大統領を誕生させた大きな要因は、伝統的に民主党支持だった白人労働者が共和党のトランプ氏を支持したことにある。J.D.ヴァンスの「ヒルビリー・エレジー」は、ヒルビリー(田舎者)などと呼ばれる白人労働者をアメリカで最も厭世的傾向にある社会集団と呼び、繁栄から取り残された白人の生活を紹介してベストセラーとなった*2。政策全体では民主党の政策の方が低所得者層に手厚いと判断されるが、この本で紹介されたような人達は、共和党の掲げた保護貿易主義や不法移民の取り締まり強化といった政策の方が自分達のためになると考えているようだ。
1993年に誕生したビル・クリントン大統領は中道的な政治スタンスをとったが、その後の民主党内では、2016年の大統領選挙のサンダース現象に見るように非常にリベラルな支持者の勢力が増した。ジャーナリストや知識層といった高学歴でリベラルな人達は、環境問題や人権や移民・難民問題に関心が強く、発展途上国の貧困や人権問題も解決しようとする。こうした理想主義的な考えから出てくる議論は、豊かな米国民に負担と自制を求めるものとなりがちで、直面している苦境の改善を求める「ヒルビリー」の共感を得られていない。海外製品の流入によって職を失ったり、賃金の低迷に苦しんだりしている人達には、社会的エリートは自分達を見捨てていると感じられてしまい、アメリカ第一主義を唱えるトランプ大統領ならば米国民である自分達を守ってくれるという期待を抱かせているのではないだろうか。米国社会の分断が進んでいる背景には、所得格差の拡大が進むと同時に、世代を超えて固定化していることがある。米国の政治学者パトナムは、かつて大きく所得が異なる人達が混ざり合って住んでいた故郷の町は、豊かな人が住む地域と貧しい人が住む地域に分かれてしまったと嘆いている。米国では20世紀後半に入ると同じような教育を受けた男女がより多く結婚するようになり、社会階層の固定化傾向が強まっているという*3。教育を通じて格差が世代を超えて伝わっていく現象は、日本でも既に起きているのではないだろうか。
工場閉鎖で衰退しているラストベルトと呼ばれる地域の複雑な家庭で育ちながら、なんとか「ごくふつうの生活」を手に入れることに成功したJ.D.ヴァンスは「アメリカン・ドリームを生きる幸運に恵まれた私たちは、つねに不安に追い立てられているのだということも知ってほしい」と述べている。これは日本でも自分の生活水準を中程度だと考えている人の多くが感じているものと同じなのではないかと考え込んでしまうのである。
*1 「破綻するアメリカ」会田弘継、(岩波書店、2017年)
*2 「ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち」、J.D.ヴァンス(関根光宏・山田文訳、光文社、2017年)
*3 ""Our Kids: The American Dream in Crisis"",Robert D. Putnam,(Simon & Schuster, 2015)"
保護主義色を強める米国-新たな国際経済体制が必要
始動したトランプ政権
教育格差を考える-親心と格差の悩ましい関係
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