リーマン・ショックから10年。その後の不動産収益率を振り返る~不動産の生み出すインカム収益がJ-REITの本源的価値~

リーマン・ショックから10年。その後の不動産収益率を振り返る~不動産の生み出すインカム収益がJ-REITの本源的価値~: ■要旨

 



  • リーマン・ショックから今年9月で10年が経過した。この間、東証REIT指数(配当込み)は一時70%近く下落したが現在は最高値を更新している。


     
  • 現在の市場環境について、前回ミニバブル期と比較すると、以下の特徴がある。


     
  • オフィス空室率は全国で大幅な改善が見られる一方で、オフィス賃料の回復は道半ばである。東京都心5区の募集賃料(18/10)はボトムから27%上昇したものの前回高値に対して10%程度下回っている。


     
  • 不動産の期待利回りは全てのアセットタイプで低下している。特に、「物流施設」と「ホテル」はこれまでにない新たな実需と不動産としての認知度向上が利回りを押し下げている。


     
  • 不動産価格が高値圏にあった時期に取得した不動産のその後の収益率は、キャピタル収益率が▲9%(年平均▲1.0%)、インカム収益率(NOI利回り)が年平均4.1%となった。リーマン・ショック後の厳しい環境下においても、保有不動産が生み出すインカム収益がキャピタル収益のマイナスを十分に補うことができている。


     
  • こうした賃貸借契約に基づいた賃料収入を源泉とする不動産のインカム収益はJ-REITの本源的価値そのものである。


     
  • J-REIT各社は、自らのポートフォリオに照らして許容される借入比率(LTV)の管理、並びに国内不動産市場が健全であることへの貢献が期待されている。


■目次



1――東証REIT指数(配当込み)は史上最高値を更新

2――現在の市場環境を前回ミニバブル期と比較する

3――前回高値圏でJ-REITが取得した不動産、その後の収益率を振り返る世界的な金融危機の引き金を引いたリーマン・ショックから今年9月で10年が経過した。この間、J-REIT(不動産投資信託)市場も厳しい不動産市況の悪化と信用収縮に見舞われるなか、東証REIT指数(配当込み)は2007年5月に付けた高値から一時▲70%近く下落した(図表―1)。



しかし、その後は中央銀行の金融緩和や政府の財政出動などに支えられて世界経済が危機を克服したことで東証REIT指数は上昇に転じ、2014年末には前回高値を回復した。2007年5月末から現在(11/29)までの騰落率(配当込み)は+17%(年率+1.4%)で1、前回のミニバブル期において高値掴みをしてしまった投資家も忍耐強く長期保有することで、投資が報われる結果となっている。このように、J-REIT市場の投資リターンが前回高値を超えて上昇するなか、不動産投資市場では間もなく市況がピークアウトするのではないかとの見方が増えている。日本不動産研究所の「不動産投資家調査(18年10月)」によると、不動産投資市場の現状認識について、「市場サイクルのなかでピークに達している」との回答が71.8%となった。一方で、今後1年間の不動産投資について、「新規投資を積極的に行う」との回答が90%を占めており、市場参加者は市況のピークアウトに警戒しながらも強気の投資姿勢を崩していないようだ。J-REITの投資行動をみても高水準の物件取得を継続すると同時に、現在の不動産価格の上昇を好機と捉えて、昨年から年間3,000億円を超える物件を売却している(図表―2)。また、国内銀行の不動産業向け貸出比率(2018年9月末)が15.6%に上昇し過去最高水準となるなか、金融機関の貸出態度DI(不動産大企業)が足もとで低下基調に転じるなど、不動産向け融資の潮目の変化を示唆する指標や報道2もみられる(図表―3)。今後の経済環境についても、来年の消費税率引き上げや米中貿易戦争の激化、FRBによる追加利上げなど景気の下押し要因となる懸念材料は多い。そこで、以下では、まず現在の市場環境について前回ミニバブル期と比較する。次に、不動産価格が高値圏にあった時期(2007年~2008年)にJ-REITが取得した物件を対象にその後の収益率を確認することで、いずれ訪れる市況悪化への備えや収益ボトムラインについて考えたい。



 




1 なお、東証REIT指数(配当除き)の騰落率は▲31%(年率▲3.2%)である。J-REIT投資における分配金利回り(年平均4.6%)の重要性を表わしている。
2 『日本経済新聞が全国の地方銀行に実施した調査によると、投資用不動産向け融資(アパート融資)について、今後、積極的に融資を伸ばす地銀はゼロだった。』(日本経済新聞朝刊、2018年11月16日)
 





2――現在の市場環境を前回ミニバブル期と比較する

アベノミクス景気」は戦後最長へ。経済成長率は消費が低調で前回を下回る

2012年12月にスタートした「アベノミクス景気」は、景気回復がこのまま続けば来年1月には前回の「戦後最長景気(2002年2月~2008年2月)」の73カ月を上回ることになる。今回の景気回復の特徴としては、2014年4月の消費税率引き上げの影響により経済成長率の伸びが前回より低いことが挙げられる。回復局面における実質GDP成長率は前回の年平均1.7%に対して今回は1.3%にとどまる(図表―4)。これは個人消費の低迷が主な要因であり、GDP統計の民間消費の伸び率は年平均0.5%と過去の景気回復局面のなかで最も低くなっている3。来年10月の消費税率引き上げのインパクトは、軽減税率の導入や各種の負担軽減策などから前回時より小さくなる見込みだが4、2度目のショックを乗り越えられるかどうか注視が必要であろう。

4斎藤太郎『2018~2020年度経済見通し(18年11月)』(ニッセイ基礎研究所、2018年11月15日)オフィス空室率は全国で前回ボトムを下回る。オフィス賃料の回復は道半ば

三鬼商事によると、2018年10月の東京都心5区オフィス空室率は2.20%となり前回ミニバブル期のボトムである2.49%(2007年11月)を下回る状況が続いている。(1)IT企業を中心としたオフィス拡張意欲の強さ、(2)人材確保や働き方改革を背景とした好立地の築浅・大規模ビルへの移転ニーズ、(3)コワーキングスペースといった新たな借り手の台頭などによりオフィス需要は想定以上に強く、2018年から2020年にかけての大量供給を受けて市況が悪化するとの懸念は後退しはじめている5



また、地方の主要都市でもオフィス需給が逼迫し空室率は低下している。水準自体は東京より高いものの前回ボトムとの比較では、札幌(▲5.6%)、仙台(▲3.4%)、横浜(▲1.4%)、名古屋(▲2.7%)、大阪(▲1.4%)、福岡(▲5.1%)と全ての都市で東京を上回る大幅な改善が見られる(図表―5)。これに対して、オフィス賃料の回復は道半ばだ。東京都心5区の平均募集賃料(2018/10)は58カ月連続で上昇し20,597円となった。この間の上昇率は27%に達するものの前回ミニバブル期に付けた高値に対して10%程度下回っている(図表―6)。地方都市についても、賃料の下落が比較的軽微で空室率の改善が著しい札幌や福岡は前回のピーク水準近くまで戻しているものの、横浜や大阪は東京と同じく全快には至っていない。ただし、もともと景気や空室率に遅れて動くオフィス賃料は足もと上昇ピッチが強まっており、今後ピーク水準に向けて上昇することが期待される。

不動産の期待利回りは前回ボトムを下回る。イールドスプレッドは高水準を維持

日本不動産研究所の「不動産投資家調査(18年10月)」によると、不動産に対する投資家の期待利回りは前回ミニバブル期を下回り過去最低水準を更新している。アセットタイプ別(東京)に現在と前回ボトム(2007年10月)の利回りを比較すると、「オフィスビル(丸の内、大手町)」が3.5%(前回ボトム対比▲0.3%)、「ワンルームマンション(城南)」が4.4%(▲0.6%)、「都市型商業施設(銀座)」が3.4%(▲0.6%)、「物流施設(江東区)」が4.5%(▲1.0%)、「ホテル」が4.5%(▲0.7%)となり、全てのアセットタイプで利回りの低下を確認することができる(図表―7)。なかでも、これまでオペレーショナルアセットとして相対的に利回りの高かった「物流施設」と「ホテル」の低下が目立つ。「物流施設」については電子商取引市場(EC市場)や3PL事業の成長、企業の物流効率化投資を背景に先進的物流施設への需要が拡大している。「ホテル」についても訪日外国人客数の増加により宿泊需要が拡大し、これまでなかった新たな実需が利回りを押し下げている。さらに、J-REITによる「物流施設」と「ホテル」の投資が増加し不動産としての認知度や透明性、流動性が高まったことで、リスクプレミアムの縮小が進んでいる(図表―8)。このように、不動産利回りが前回ミニバブル期を下回る一方で、10年国債利回りに対するイールドスプレッドは高い水準を確保している。前回ボトム(2007年10月)と比較した場合、現在のイールドスプレッドは全てのアセットタイプで上昇(+0.6%~+1.2%)している(図表―9)。



2007年10月当時は、前年に量的緩和及びゼロ金利政策が解除されて10年国債利回りは既に1%半ばまで上昇していた。これに対して、現在は日本銀行が異次元緩和を継続中で10年国債利回りは0.1%近傍で推移しており、10年国債利回りの低下が不動産利回りの低下を上回っている。不動産取引市場では過熱感が指摘されて久しいが、イールドスプレッドの厚い不動産はインカム収益を追求する投資家にとって依然として魅力の高い投資対象となっているようだ。続いて、前回ミニバブル期におけるJ-REITの投資行動とその結果について確認する。具体的には、不動産価格が高値圏にあった時期に取得した不動産を対象に、その後の収益率(インカム収益とキャピタル収益)を検証することで、将来の市況悪化への備えや収益ボトムラインについて考える。取得物件は606棟・約2.3兆円。「オフィスビル+住宅+商業施設」で全体の91%を占める

2007年から2008年の2年間にJ-REITが新たに取得した物件は全体で606棟・2.3兆円となっている。アセットタイプ別では、「オフィスビル52%」・「住宅24%」・「商業施設15%」・「物流施設4%」・「ホテル1%」・「その他4%」となり6、「オフィス+住宅+商業」の主要3資産で全体の91%を占める (図表―10)。また、エリア別では、「都心3区24%」・「都心2区14%」・「その他18区17%」・「東京都下3%」・「その他首都圏19%」・「地方23%」となり、「東京23区」で全体の55%を占めている。

 




6 「物流施設」と「ホテル」は構造変化が生じる前であり、物件属性(立地・スペック・利回り水準など)が最近の取得事例と異なる点に留意が必要である。
キャピタル収益率は全体で▲9%(年平均▲1.0%)。キャピタル収益率のボトムは▲18

まず、前述の取得物件を対象に取得価額に対する2017年末時点のキャピタル収益率(期中売却による売却損益を含む)を計算すると、物件全体で▲9%(年平均▲1%)となった(図表―11)。アセットタイプ別では、景気感応度の高い「オフィスビル(▲14%)」や「ホテル(▲24%)」7の収益率が大きく落ち込む一方で、不動産キャッシュフローの安定している「物流施設(+18%)」や「住宅(▲4%)」の収益率は全体平均を上回った。また、キャピタル収益率のボトムは全体で▲18%であった(2012年下期)。2013年以降の5年間で収益率はボトムから9%回復し半値戻しを達成したことになる。なお、J-REIT保有物件の鑑定価格は足もと年率2%のペースで上昇しており、このペースが持続すればキャピタル収益率は5年後にようやくプラス転換することになる。このように、リーマン・ショック後の不動産価格の下落はオフィスビルを中心に大変厳しいものであった。それでも継続保有する間に不動産価格が回復し、キャピタル収益率のマイナスは年平均でわずか1%に留まる。確かに、市場サイクルのなかで高値掴みを回避したい思いは誰もが抱く心理だが、その時期を正確に予測することは困難である。投資を見送ることで生じる機会損失にも十分に留意すべきであろう。ゴーイングコンサーンを前提に不動産を長期保有し、期間利益を内部留保できないJ-REITが回避すべきことは、不動産の高値掴みではなく、いざ市況が悪化した時に不動産を購入できずに投資タイミングの分散を図れないことだと思われる。そして、そのリスクへの対応が借入比率(LTV:Loan To Value)の管理である。



図表12は、リーマン・ショック以降のオフィスビルの価格下落を適用した時価LTVの推移を表わしている。通常、自己資本が厚く余裕があるはずのLTV50%(スタート時点)でも、価格が最も下落した時点でLTVは65%へ上昇してしまう。これでは、物件を取得するどころかLTVを引き下げるために物件売却を迫られることにもなりかねない。不動産価格が上昇する現在の局面において、J-REIT各社は自らのポートフォリオに照らして許容されるLTV水準をいま一度確認することが求められる。

 




7 なお、「ホテル」については途中売却し損失を確定した影響が大きい。
インカム収益率(NOI利回り)は全体で年平均+4.1%。キャピタル収益率のマイナスを十分に補う

次に、2009年から2017年における取得価額に対するインカム収益率(NOI利回り、NOI:賃貸事業純収益)を計算する。アセットタイプ毎に利回り水準が異なるものの(オフィス3.5%~物流施設5.4%)、全体では年平均+4.1%となった(図表―13)。リーマン・ショック後の厳しい環境下においても、保有不動産が毎年確実に生み出すインカム収益(年平均+4.1%)がキャピタル収益のマイナス(年平均▲1%)を十分に補い、全体でプラスの収益を確保できている。このように、賃貸借契約に基づいた賃料収入を源泉とするインカム収益はJ-REITの本源的価値そのものだと言える。証券投資としてJ-REITのリターンが前回高値を超えて上昇できた大きな要因は、安定したインカム収益を創出してくれる良質で優れた不動産ポートフォリオのおかげである。



前述した通り、J-REITが財務レバレッジに依存してはならないとすると、資本集約的なJ-REITが収益率(ROE、自己資本利益率)を高めるには、不動産キャッシュフローを持続的に大きくすることが必要になる。そのためには、国内の不動産市場が長期的に健全であることが大切だ。



最近、J-REIT各社(資産運用会社)は投資主価値向上の一環として、ESG「環境への配慮(E)、社会への貢献(S)、ガバナンスの強化(G)」への取り組みと情報開示を積極的に行っている8。J-REITがこうした取り組みを通じて社会との共生を深めることで、今後の国内不動産市場のさらなる健全性向上に貢献することを期待したい。



 




8 一例として、ジャパンリアルエステイト投資法人は、ESGを最優先課題の1つとして2018年4月にESG推進室を立ち上げて情報開示を積極的に行う方針である。
 



 







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