救急車は有料です。-中国・北京市での料金設定は?
救急車は有料です。-中国・北京市での料金設定は?: ■要旨
■目次
1-日本では、救急出動件数、搬送者数とも過去最高を更新
2-中国・北京市の救急車は走行距離に応じて料金を徴収。ただし、重症者は一部保険適用。
3-北京市で救急車を呼ぶときは120番もしくは999番
4-北京市において、救急救命のための搬送は、急病が6割、ケガ・中毒が2割総務省の発表によると、平成29年(2017年)の救急出動件数(速報値)はおよそ634万件、搬送人数は574万人と過去最高を更新した(図表1)。
事故種別の搬送者とその構成比をみると、急病と一般負傷が増加する一方、交通事故の割合は減少している(図表2)。搬送者は高齢者が58.8%と最も多くを占めており、「社会の高齢化」に加えて、近年では「気候変化」(猛暑など)などを原因とする救急搬送の増加も考えられる1。搬送された人の傷病程度では、近年、入院診療が必要な中等症が増加しつつあるも(41.6%)、軽症の者が48.5%と最も多くを占めている2。
増加する出動件数・搬送者数、逼迫する医療財政を前に、2015年には救急車の出動について一部有料化の議論もあったが、以下では参考までに、現行制度において有料で運営している中国・北京市の例を紹介してみたい3。
1 〔参考文献〕東京消防庁「平成29年中の救急出場件数が過去最高を更新」(平成30年1月10日)
2 傷病程度の定義は、以下のとおりである。重症(長期入院)とは、傷病程度が3週間以上の入院加療を必要とするもの、中等症(入院診療)とは傷病程度が重症または軽症以外のもの、軽症(外来診療)とは傷病程度が入院加療を必要としないものである。(出所)総務省「平成29年中の救急出動件数等(速報値)」
3 〔参考文献〕 篠原哲也著「救急車が有料に?-救急搬送の現状と課題」(基礎研REPORT2016年9月)
2-中国・北京市の救急車は走行距離に応じて料金を徴収。
中国において、救急車の出動は有料であり、各市単位でその料金の基準を定めている。
例えば、北京市での救急車の利用料金は、「救急・救命費」、「救急車走行費」、「その他のサービス費用」の3つから構成されている。
救急・救命費は、救急車による搬送、また搬送中の治療にともなって発生する費用である(図表3)。北京市の場合、まず、出動1回につき40元(660円)がかかる4。加えて、同乗した医療従事者が治療などの診療行為を行った場合、患者は使用した薬、検査などの料金を別途支払う必要がある。なお、重症の患者については2016年以降、医療保険、労災の適用が可能となった。
救急車走行費は、患者を乗せ、病院まで搬送するまでの走行距離に対してかかる費用である。走行距離3km以内は50元(825円)、3kmを超えると1kmあたり7元(116円)が加算される仕組みだ。患者及びその家族が救急車を依頼し、その後キャンセルした場合でも50元を支払う必要がある。この救急車走行費は、労災(労災事故当日のみ)は適用されるが、基本的には実費払いとなる。その他のサービス費用としては、救急車の待機費用や、転院の際の搬送費用などがある。なお、「その他のサービス費用」については、後述の「3-北京市で救急車を呼ぶときは120番もしくは999番」にて記載する。
国は、救急車の出動にかかる料金について、項目毎に広く社会に公表するように求めている。医療機関が救急車を保有している場合も同様で、料金は各市が定めた基準を基に、それ以下の金額で設定し、公表する必要がある。
日本の救急車の状況を考えると、中国(北京市)の料金設定は結構ドライで、びっくりするかもしれない。しかし、北京市の現行の料金体系は2016年に(これでも)見直され、以前に比べてだいぶユーザーフレンドリーになったのだ。
具体的には、救急車のランクに基づく料金設定を廃止した。走行については、患者を乗せていない場合の料金の徴収も廃止し、救急車には走行距離を計るメーターの設置を義務づけた(以前は患者を迎えに行くまでの往復料金を徴収)。加えて、救命の緊急度が高く、患者の症状が重い場合は保険の適用を可能にしたなどが挙げられる。
例えば、救急車のランクに基づいた料金設定については、装備が行き届いた輸入救急車(ドイツ製、日本製)は、中国の国産の救急車より、料金が割り増しとなっていた。走行費は、国産救急車の場合、1km走行あたり2元であったが、最も高級なドイツ製の救急車の場合は1km走行あたり5元という相場だ。しかも、走行料金は往復分支払う。輸入救急車は、出動で40元(国産救急車は10元)、搬送中に検査、治療を受けた場合は、基準単価の5割増しの料金を支払う必要があった。
筆者は、2015年まで中国の北京市で5年ほど生活をしたが、救急車を見かけることはほぼ無かった。中国では救急車が有料であることは広く知られていたからであろう。
4 1元=16.5円(2018年9月30日付レート)で算出。出動一回の費用は、購買力平価で考えるとおよそ3,000円。なお、北京市の2017年の平均月給は8,467元(約14万円)である。北京市は特殊で、救急車を呼ぶ際には、120番と999番の2つの番号がある。
120番は、北京市の衛生・計画生育委員会(現 国家衛生健康委員会)が管轄している北京救急センターの番号である。1983年に中国とイタリアの政府間協力で設立され、1988年から運営が始まっている5。999番は、中国赤十字会に所属する北京市赤十字会が運営をしている緊急・救援センターの番号である。運営は2001年からである6。いずれも救急・救命においては正式な番号であり、ユーザー側が選んで電話をすることになる。なお、120番は全国統一の番号となっている。
利用料金における120と999の違いは、その他のサービス費用の料金設定が異なることであろう(図表4)。例えば、救急車の待機については、救急車が到着後、救急措置など何もしないまま待機した状態が30分以上続いた場合、200元が加算されることになる。中国の救急車は日本とは異なり、到着にまで時間がかかる場合がある。患者や家族は120、999と両方に電話をし、速く到着した方に乗車しようとすることもあり、呼出しの重複を避ける目的もあるようだ。料金体系は上掲のとおりであるが、では、救急搬送の状況はどのようになっているのであろうか。
北京市は、救急搬送に関して、救急救命の搬送者数と事故種別の搬送者数を公表している。
2017年、北京市における救急救命の搬送者総数は、前年比11.3%増の69万9,467名(のべ)で、過去最高となった(図表5)。
そのうち、重症者が13.4%を占めた。公表された統計では、重症者とそれ以外(一般傷病者)にしか分類されていないため、日本の統計にあるような中等症、軽症者数は判明しない。ただし、救急搬送の料金体系を見直した2016年以降は、搬送者の総数が増加する一方、それに占める重症者数の構成比が減少するなど、利用はむしろ重症者以外に広がりつつあると考えられる。
また、北京市によると、2017年の搬送者総数のうち、120(北京救急センター)による搬送が48.4%を占める34万人であった。更に、重症者となると、総数の61.1%を占めており、120は特に重症者の利用が多いことがわかった(999についてはデータの公表がされていないため不明)。120(北京救急センター)は、本部以外に、市中心部に10ヶ所・郊外に9ヶ所の支部センター、191ヶ所の救急ステーション、救急車輌512台をかかえている7。また、1日あたりの電話受付件数はおよそ4,000件、そのうち出動回数は900~1,000回にのぼっている8。北京市は、今後、救急ステーションを288ヶ所まで増やし、住民3万人に救急車1台となるよう、利便性を更に高める予定だ9。
緊急を要する重症者の利用が120に多いのは、もう一方の999(北京市赤十字会緊急・救援センター)は本部以外に、136の救急ステーション、救急車輌の保有台数が300台ほどと、救急車輌数、センター数も相対的に少ない点なく、到着までの時間や利便性の違いもあろう。
加えて、120は組織の傘下に病院を持っておらず、患者を一番近い救急救命受け入れの医療機関に搬送することになっている。一方、999は傘下に医療機関を持っている点からも、当医療機関への誘導や、それによる走行距離の増加からコストが膨らむといったケースも散見されるようである。なお、人民日報によると、2017年の120の1回の平均料金は180元(約3,000円)であった10。
また、参考までに、2017年の東京都の救急車の出動状況をみると、搬送者総数は69万8,861名であった11。ざっくりとではあるが、2017年は東京都ではおよそ20人に1人が利用したことになり、北京市では31人に1人が利用した計算になる。東京都と北京市では、高齢化の進捗度合い(高齢化率は東京都が23.3%、北京市が10.9%)、救急車の配備状況や有料かどうかなどの問題もあるため簡単には比較できないが、搬送者数自体については、ほぼ同じ規模になってきているであろう。
5 北京救急センターのウェブサイト
6 北京市赤十字会緊急・救援センターのウェブサイト
7 2017年3月31日付、人民日報「北京市院前医療急救服務条例実施一個月説好的担架員配上了嗎」
8 注7と同一
9 (出所)「北京市院前医療救急機構設置規画指導意見」
なお、120の救急車の保有台数(512台)を北京市の常住人口(2,171万人)で単純に除した場合、人口3万人あたりの救急車の台数の現状は0.7台である。
10 注7と同一、なお、救急車1回の出動にかかるコストは1,500元としている。
11 2017年の東京都の人口は1,375万人、救急車の保有台数は253台(東京消防庁のみ)。一方、北京市の常住人口は2,171万人、120・999を合計した救急車の保有台数は810台超(120が512台、999が300台超を保有)。(出所)東京都ウェブサイト、全国消防長会ウェブサイト、北京市2017年国民経済社会発展統計公報他
4-北京市において、救急救命のための搬送は、急病が6割、ケガ・中毒が2割
次に、2017年の北京市における救急救命の事故種別の搬送者数の状況をみると、急病(疾病)が55.8%を占め、最も多かった(図表6)。次いでケガ・中毒が23.6%となった。交通事故については、項目が設定されていないため判明しないが、その他に含まれている可能性が高い。2011年以降2017年までの推移を見ると、急病(疾病)による搬送は6割ほどとなっている。その一方で、ケガ(外傷・骨折中心)・中毒による搬送の構成比は2017年に減少したものの、およそ3割ほどで推移している。急病(疾病)の中身については、虚血性心臓病、脳血管疾患、高血圧を中心とした循環器系疾患が増加する一方、呼吸系疾患、神経系疾患などによる搬送は減少傾向にある。年齢区分別の搬送者数は公表されていないが、高齢化が急速に進展する中で、高齢者が罹患しやすい循環器系疾患での搬送が増えてきている点は、留意する必要があろう。
中国の公的医療保険制度は、広く、浅くカバーすることを第一義とし、一定以上のサービスを受けるには、自助をより強く求める制度となっている。その反面、医療サービスや検査、薬などの価格をウェブサイト上で公表しており、ユーザーは、症状、費用、価格に見合ったサービスを自身で選択することになる。ユーザー側の医療サービスに対するコスト意識は自然と高くなる。
翻って、日本において、今後も医療保険制度の持続性を確保するには、財政を健全化し、必要以上の支出を見直す必要がある。健全化までの道のりは長いとしても、その過程において、単価を可視化し、ユーザー側のコスト意識をしっかりと醸成する必要もあろう。救急車を適正に利用する上でも、自身が享受している医療サービスは何にどれくらいのコストがかかっているのかを明示するのも一案である。
また、諸外国の救急車要請費用の状況をみると、有料が一般的である。例えば、日本と同様にG7のメンバーであるアメリカ、カナダ、フランスなどでは有料である。出動に際しての基本料金と、それに走行距離に応じた費用が加算されるというスタイルは中国と同様である。ドイツやイタリアなどは傷病程度や運営が官・民いずれかを選択するかによって有料にもなり得る。日本のように無料なのは寧ろ少数派といえいよう。ただし、無料とはいえ、救急車を含む医療サービスは保険料や税金でまかなわれており、決して「タダ」ではないのだ。
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中国の公的医療保険制度について(2018)-老いる中国、14億人の医療保険制度はどうなっているのか。
- 中国において、救急車の出動は有料である。また、諸外国の状況をみても、有料が一般的である。例えば、日本と同様にG7のメンバーであるアメリカ、カナダ、フランスなどでは有料である。出動に際しての基本料金と、それに走行距離に応じた費用が加算されるというスタイルは中国と同様である。無料である日本は寧ろ少数派といえいよう。
- 例えば中国・北京市の場合、基本料金(出動1回につき40元(660円))に加えて、走行距離に応じた料金(3km以内は50元(825円)、3kmを超えると1kmあたり7元(116円))が加算される。同乗した医療従事者が治療などの診療行為を行った場合、患者は使用した薬、検査などの料金を別途支払う必要がある。
- 2017年、北京市における救急救命の搬送者総数は、前年比11.3%増の69万9,467名で、過去最高となった。そのうち、重症者が13.4%を占めた。救急搬送の料金体系を見直した2016年以降は、利用はむしろ重症者以外に広がりつつある。
■目次
1-日本では、救急出動件数、搬送者数とも過去最高を更新
2-中国・北京市の救急車は走行距離に応じて料金を徴収。ただし、重症者は一部保険適用。
3-北京市で救急車を呼ぶときは120番もしくは999番
4-北京市において、救急救命のための搬送は、急病が6割、ケガ・中毒が2割総務省の発表によると、平成29年(2017年)の救急出動件数(速報値)はおよそ634万件、搬送人数は574万人と過去最高を更新した(図表1)。
事故種別の搬送者とその構成比をみると、急病と一般負傷が増加する一方、交通事故の割合は減少している(図表2)。搬送者は高齢者が58.8%と最も多くを占めており、「社会の高齢化」に加えて、近年では「気候変化」(猛暑など)などを原因とする救急搬送の増加も考えられる1。搬送された人の傷病程度では、近年、入院診療が必要な中等症が増加しつつあるも(41.6%)、軽症の者が48.5%と最も多くを占めている2。
増加する出動件数・搬送者数、逼迫する医療財政を前に、2015年には救急車の出動について一部有料化の議論もあったが、以下では参考までに、現行制度において有料で運営している中国・北京市の例を紹介してみたい3。
1 〔参考文献〕東京消防庁「平成29年中の救急出場件数が過去最高を更新」(平成30年1月10日)
2 傷病程度の定義は、以下のとおりである。重症(長期入院)とは、傷病程度が3週間以上の入院加療を必要とするもの、中等症(入院診療)とは傷病程度が重症または軽症以外のもの、軽症(外来診療)とは傷病程度が入院加療を必要としないものである。(出所)総務省「平成29年中の救急出動件数等(速報値)」
3 〔参考文献〕 篠原哲也著「救急車が有料に?-救急搬送の現状と課題」(基礎研REPORT2016年9月)
2-中国・北京市の救急車は走行距離に応じて料金を徴収。
中国において、救急車の出動は有料であり、各市単位でその料金の基準を定めている。
例えば、北京市での救急車の利用料金は、「救急・救命費」、「救急車走行費」、「その他のサービス費用」の3つから構成されている。
救急・救命費は、救急車による搬送、また搬送中の治療にともなって発生する費用である(図表3)。北京市の場合、まず、出動1回につき40元(660円)がかかる4。加えて、同乗した医療従事者が治療などの診療行為を行った場合、患者は使用した薬、検査などの料金を別途支払う必要がある。なお、重症の患者については2016年以降、医療保険、労災の適用が可能となった。
救急車走行費は、患者を乗せ、病院まで搬送するまでの走行距離に対してかかる費用である。走行距離3km以内は50元(825円)、3kmを超えると1kmあたり7元(116円)が加算される仕組みだ。患者及びその家族が救急車を依頼し、その後キャンセルした場合でも50元を支払う必要がある。この救急車走行費は、労災(労災事故当日のみ)は適用されるが、基本的には実費払いとなる。その他のサービス費用としては、救急車の待機費用や、転院の際の搬送費用などがある。なお、「その他のサービス費用」については、後述の「3-北京市で救急車を呼ぶときは120番もしくは999番」にて記載する。
国は、救急車の出動にかかる料金について、項目毎に広く社会に公表するように求めている。医療機関が救急車を保有している場合も同様で、料金は各市が定めた基準を基に、それ以下の金額で設定し、公表する必要がある。
日本の救急車の状況を考えると、中国(北京市)の料金設定は結構ドライで、びっくりするかもしれない。しかし、北京市の現行の料金体系は2016年に(これでも)見直され、以前に比べてだいぶユーザーフレンドリーになったのだ。
具体的には、救急車のランクに基づく料金設定を廃止した。走行については、患者を乗せていない場合の料金の徴収も廃止し、救急車には走行距離を計るメーターの設置を義務づけた(以前は患者を迎えに行くまでの往復料金を徴収)。加えて、救命の緊急度が高く、患者の症状が重い場合は保険の適用を可能にしたなどが挙げられる。
例えば、救急車のランクに基づいた料金設定については、装備が行き届いた輸入救急車(ドイツ製、日本製)は、中国の国産の救急車より、料金が割り増しとなっていた。走行費は、国産救急車の場合、1km走行あたり2元であったが、最も高級なドイツ製の救急車の場合は1km走行あたり5元という相場だ。しかも、走行料金は往復分支払う。輸入救急車は、出動で40元(国産救急車は10元)、搬送中に検査、治療を受けた場合は、基準単価の5割増しの料金を支払う必要があった。
筆者は、2015年まで中国の北京市で5年ほど生活をしたが、救急車を見かけることはほぼ無かった。中国では救急車が有料であることは広く知られていたからであろう。
4 1元=16.5円(2018年9月30日付レート)で算出。出動一回の費用は、購買力平価で考えるとおよそ3,000円。なお、北京市の2017年の平均月給は8,467元(約14万円)である。
120番は、北京市の衛生・計画生育委員会(現 国家衛生健康委員会)が管轄している北京救急センターの番号である。1983年に中国とイタリアの政府間協力で設立され、1988年から運営が始まっている5。999番は、中国赤十字会に所属する北京市赤十字会が運営をしている緊急・救援センターの番号である。運営は2001年からである6。いずれも救急・救命においては正式な番号であり、ユーザー側が選んで電話をすることになる。なお、120番は全国統一の番号となっている。
利用料金における120と999の違いは、その他のサービス費用の料金設定が異なることであろう(図表4)。例えば、救急車の待機については、救急車が到着後、救急措置など何もしないまま待機した状態が30分以上続いた場合、200元が加算されることになる。中国の救急車は日本とは異なり、到着にまで時間がかかる場合がある。患者や家族は120、999と両方に電話をし、速く到着した方に乗車しようとすることもあり、呼出しの重複を避ける目的もあるようだ。料金体系は上掲のとおりであるが、では、救急搬送の状況はどのようになっているのであろうか。
北京市は、救急搬送に関して、救急救命の搬送者数と事故種別の搬送者数を公表している。
2017年、北京市における救急救命の搬送者総数は、前年比11.3%増の69万9,467名(のべ)で、過去最高となった(図表5)。
そのうち、重症者が13.4%を占めた。公表された統計では、重症者とそれ以外(一般傷病者)にしか分類されていないため、日本の統計にあるような中等症、軽症者数は判明しない。ただし、救急搬送の料金体系を見直した2016年以降は、搬送者の総数が増加する一方、それに占める重症者数の構成比が減少するなど、利用はむしろ重症者以外に広がりつつあると考えられる。
また、北京市によると、2017年の搬送者総数のうち、120(北京救急センター)による搬送が48.4%を占める34万人であった。更に、重症者となると、総数の61.1%を占めており、120は特に重症者の利用が多いことがわかった(999についてはデータの公表がされていないため不明)。120(北京救急センター)は、本部以外に、市中心部に10ヶ所・郊外に9ヶ所の支部センター、191ヶ所の救急ステーション、救急車輌512台をかかえている7。また、1日あたりの電話受付件数はおよそ4,000件、そのうち出動回数は900~1,000回にのぼっている8。北京市は、今後、救急ステーションを288ヶ所まで増やし、住民3万人に救急車1台となるよう、利便性を更に高める予定だ9。
緊急を要する重症者の利用が120に多いのは、もう一方の999(北京市赤十字会緊急・救援センター)は本部以外に、136の救急ステーション、救急車輌の保有台数が300台ほどと、救急車輌数、センター数も相対的に少ない点なく、到着までの時間や利便性の違いもあろう。
加えて、120は組織の傘下に病院を持っておらず、患者を一番近い救急救命受け入れの医療機関に搬送することになっている。一方、999は傘下に医療機関を持っている点からも、当医療機関への誘導や、それによる走行距離の増加からコストが膨らむといったケースも散見されるようである。なお、人民日報によると、2017年の120の1回の平均料金は180元(約3,000円)であった10。
また、参考までに、2017年の東京都の救急車の出動状況をみると、搬送者総数は69万8,861名であった11。ざっくりとではあるが、2017年は東京都ではおよそ20人に1人が利用したことになり、北京市では31人に1人が利用した計算になる。東京都と北京市では、高齢化の進捗度合い(高齢化率は東京都が23.3%、北京市が10.9%)、救急車の配備状況や有料かどうかなどの問題もあるため簡単には比較できないが、搬送者数自体については、ほぼ同じ規模になってきているであろう。
5 北京救急センターのウェブサイト
6 北京市赤十字会緊急・救援センターのウェブサイト
7 2017年3月31日付、人民日報「北京市院前医療急救服務条例実施一個月説好的担架員配上了嗎」
8 注7と同一
9 (出所)「北京市院前医療救急機構設置規画指導意見」
なお、120の救急車の保有台数(512台)を北京市の常住人口(2,171万人)で単純に除した場合、人口3万人あたりの救急車の台数の現状は0.7台である。
10 注7と同一、なお、救急車1回の出動にかかるコストは1,500元としている。
11 2017年の東京都の人口は1,375万人、救急車の保有台数は253台(東京消防庁のみ)。一方、北京市の常住人口は2,171万人、120・999を合計した救急車の保有台数は810台超(120が512台、999が300台超を保有)。(出所)東京都ウェブサイト、全国消防長会ウェブサイト、北京市2017年国民経済社会発展統計公報他
4-北京市において、救急救命のための搬送は、急病が6割、ケガ・中毒が2割
次に、2017年の北京市における救急救命の事故種別の搬送者数の状況をみると、急病(疾病)が55.8%を占め、最も多かった(図表6)。次いでケガ・中毒が23.6%となった。交通事故については、項目が設定されていないため判明しないが、その他に含まれている可能性が高い。2011年以降2017年までの推移を見ると、急病(疾病)による搬送は6割ほどとなっている。その一方で、ケガ(外傷・骨折中心)・中毒による搬送の構成比は2017年に減少したものの、およそ3割ほどで推移している。急病(疾病)の中身については、虚血性心臓病、脳血管疾患、高血圧を中心とした循環器系疾患が増加する一方、呼吸系疾患、神経系疾患などによる搬送は減少傾向にある。年齢区分別の搬送者数は公表されていないが、高齢化が急速に進展する中で、高齢者が罹患しやすい循環器系疾患での搬送が増えてきている点は、留意する必要があろう。
中国の公的医療保険制度は、広く、浅くカバーすることを第一義とし、一定以上のサービスを受けるには、自助をより強く求める制度となっている。その反面、医療サービスや検査、薬などの価格をウェブサイト上で公表しており、ユーザーは、症状、費用、価格に見合ったサービスを自身で選択することになる。ユーザー側の医療サービスに対するコスト意識は自然と高くなる。
翻って、日本において、今後も医療保険制度の持続性を確保するには、財政を健全化し、必要以上の支出を見直す必要がある。健全化までの道のりは長いとしても、その過程において、単価を可視化し、ユーザー側のコスト意識をしっかりと醸成する必要もあろう。救急車を適正に利用する上でも、自身が享受している医療サービスは何にどれくらいのコストがかかっているのかを明示するのも一案である。
また、諸外国の救急車要請費用の状況をみると、有料が一般的である。例えば、日本と同様にG7のメンバーであるアメリカ、カナダ、フランスなどでは有料である。出動に際しての基本料金と、それに走行距離に応じた費用が加算されるというスタイルは中国と同様である。ドイツやイタリアなどは傷病程度や運営が官・民いずれかを選択するかによって有料にもなり得る。日本のように無料なのは寧ろ少数派といえいよう。ただし、無料とはいえ、救急車を含む医療サービスは保険料や税金でまかなわれており、決して「タダ」ではないのだ。
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